現在の上海ジャズ・シーンを代表する若手ジャズ・ヴォーカリスト、ヴォイジョン・シー (Voision Xi/喜辰晨)がとうとう自身名義でのデビュー作『欲言又止 Lost for Words』を発表した。ロバート・グラスパーやグレッチェン・パーラト以降のジャズとして欧米に全く劣らないクオリティの現代ジャズ作品ながら、メンバーはほとんど全て中国のトッププレイヤーで構成されており、その高い技術力やセンスには驚きを禁じ得ない。また、この作品はジャズのみならず、R&Bやヒップホップ、インディーといったジャンルを横断して制作されており、彼女のリスナーとしての幅広さも感じさせてくれた。同時に彼女は、ジャズ・シーンのみならず、R&Bやヒップホップのシーンでも盛んにフィーチャーされるシンガーでもある。アルバムの日本盤CDには吉本秀純氏による詳細なライナーノーツが収録されており、同氏によるインタビュー記事もOTOTSUにて公開される予定だが、ここでは多ジャンルに渡るコラボレーションを振り返ることで、彼女のこれまでの活動の一部をご紹介したい。選曲、執筆は、『アジア都市音楽ディスクガイド』の監修者であり、自身のグループSAMOEDOを率いる音楽家、菅原慎一氏にお願いした。彼女を起点に、現行の中国シーンの活況さを知っていただければ幸いだ。
イントロダクション:宮本剛志
選曲・解説:菅原慎一


『アジア都市音楽ディスクガイド』
監修:菅原慎一+パンス
DU BOOKS
2022年1月28日発売

Little Happiness Group – Cause We’ve Ended As Lovers
Little Happiness Groupは、Voisionが2015年に組んだ彼女の最初のバンド。良質な都市音楽のカタログを多数持つレーベル<Eating Music>から2018年にリリースされた『DEBUT』は、誰もが口ずさめるような世界的名曲を集めたカヴァー集で、こちらはスティーヴィー・ワンダーのペンによる「哀しみの恋人達」。Xiao Jun(シャオ・ジュン)によるギター・アレンジが、Voisionの声に含まれる哀愁成分をよく引き出している。

李世海 – 一樣的微笑 feat.喜辰晨
中国のジャズサックス奏者、李世海(リー・シーハイ)が2020年に発表したソロアルバム収録のナンバー。ゴージャスなストリングス・アレンジに乗るVoisionの声は、実にアダルトでスムース。ちなみに李世海は『欲言又止 Lost for Words』収録の「催眠師 Hypnotist」でサックスのみならずシンセ・ベースも担当しており、Voisionにとって身近で頼りになる存在といえるだろう。

包峻睿 – MeiDai 玫黛
1991年生まれの若きサックスプレイヤー包峻睿 Reny Bao(レニー・バオ)のソロアルバム『立春』から。30歳になったばかりとは思えない、円熟味のあるレニーとVoisionによるデュエットを聴くと、見たことのないはずの大陸と大きな河を想像し、なぜか懐かしい気持ちになる。歌詞も2名による共作で、ギターをプレイするのは『欲言又止 Lost for Words』の主要演奏メンバー、张雄关 Zhang Xiongguanだ。

Lu1 – 很可爱的歌 (feat. 喜辰晨) [Swing Version]
英語と中国語を織り交ぜた知的なラップスタイルが人気の上海出身のラッパー、Lu1こと路壹(ルー・イ―)が2019年に2CDでリリースしたアルバムから。ディスク1にオリジナルバージョンが、そしてディスク2のラストに「Swing Version」として今曲が収録されている。北京のBlue NoteでもライブをするLu1の、Voisionへのジャズ・ボーカリストとしての信頼度が高いことがわかる。

喜辰晨,Feinix & Farragol – Delay, She-fly
ヴェイパーウェイヴの総本山、香港の<Neoncity Records>からリリースしたビート・アルバム『Ultra.Love』で一躍有名になった台湾のトラックメイカー、Farragolらと組んでリリースされたシティ・ポップなチューン。Farragolが得意とする強力にコンプされたトラックの歪みが印象的な楽曲。リリース元はやはり、上海の<Eating Music>。アジアの数多なる境界線をこえて、意欲的に活動するVoisionとその仲間たちに賛辞を。

Leo1Bee – The World feat.Voision Xi & 周士爵
日本のThe fin.とのコラボレーションでも話題の、北京のアーティストBowAsWellと親交のあるらしい、中国のインディR&Bシンガー、Leo1Bee。今作は最新EP『4LUV89(Collection3)』の冒頭曲にしてハイライト。ささやかなトラップ風味のハイハットが差し込まれた現代流のグラウンドビートだ。Voisionのディーヴァとしての存在感はこの界隈で定着している模様で、共にフィーチャーされているラッパー、周士爵とタッグを組む楽曲は他にもいくつかリリースされている。

Sdewdent – Sandclock
筆者監修の『アジア都市音楽ディスクガイド』掲載曲。アルバム『欲言又止 Lost for Words』のタイトル曲にしてリード曲、「欲言又止 Lost for Words」でVoisionと共に作曲・編曲・プロデュースも手掛けたSdewdent。彼のボーカル・ディレクションは素晴らしく、Voisionの歌声のポテンシャルが最大限引き出されている。最新の中国音楽シーンにおける傑出した才能の持ち主だ。

BlurryCloud, Voision Xi & 彭喜悦 – 冬日囍睡
ラッパーの彭喜悦(TingTing)がVoisionをフィーチャーした真冬のシングル。こちらもリリース元は<Eating Music>で、プロデュースはBlurryCloud、ミックスはSdewdentという、この記事を読んだ方にはお馴染みの上海ドリームチーム。彭喜悦は自身のソロアルバム『宠儿(CHONG ER)』で強く鋭いラップを披露しているが、今曲ではまろやかなフロウのマイキングをリスナーに届けている。

Cocoonics, Voision Xi & 彭喜悦 – 山的那头(The Other Side)
ラップとスポークン・ワードのあいだのようなVoisionのパフォーマンスが聴ける楽曲。上記で紹介した彭喜悦とのフィーチャリングで、<Eating Music>の「Eating Music Campilation」第二弾に収録されている。Cocoonicsは電子音楽家/プロデューサーで、このコンピに3つの楽曲を提供。

Eddie Beatz / 周士爵 – 珍重 feat.喜辰晨 Voision Xi
中国のビートメイカーEddie Beatz(也是福)とラッパー周士爵による共演3部作シリーズ【母語】の第二弾。90sのJラップを彷彿とさせるような、優しく包み込むような大きなナンバー。Voisionの歌は慈愛にあふれ、しかし何かを諭すような説得力をもつ。”平凡から抜け出すために毒を使う人もいれば、痛みを止めるために毒を使いたがる人もいる”というラインに涙。