SSWらしい柔らかで優しい質感と、ローファイ・ヒップホップのチルアウトなフィーリングの融合。Taiyo Kyの1stフルアルバム『Hope You Notice』を最初に聞いた時に感じたのは、宅録SSWとビートメイカーの要素が絡み合った心地良さだった。Taiyo Kyは、横浜出身、現在クアラルンプールを拠点に活動するSSW/トラックメイカー。別名義「Mr. Shirai」としても活動しており、現在両プロフィールのSpotify再生回数は1000万回越え、また日本・海外アーティストとのコラボレーションや企業への楽曲提供なども行うアーティストだ。その幅広い活動に対し、まだインタビューなどの露出は少なく、結果的に中々謎めいた人物であったのだが、今回日本盤CDのライナーノーツのため、メールインタビューを実施。プロフィールや音楽を始めたきっかけから、アルバム『Hope You Notice』の制作について、さらには豪華過ぎるボーナストラックである初の日本語詞によるEP『好きなら好きと』についてなど、非常に多くの質問に答えてもらうことが出来た。回答の内容はもちろん、楽曲の心地良さと繋がるような人柄の良さも伝われば幸いだ。
Interview&Text:高橋アフィ
Edit:宮本剛志

タイヨー・カイ『ホープ・ユー・ノーティス』
2022年10月19日発売
Paraphernalia Records
PAPH-1
CD
ライナーノーツ: 高橋アフィ
――「Taiyo Ky」の名前の由来を教えてください。
Taiyo Ky(タイヨー・カイ)– Taiyo Kyはそのまま自分の名前とミドルネームになります!「Ky」ケイワイ(空気読めない)が一時流行っていたころは勘違いされましたが発音が「カイ」です。
――「Taiyo Ky」だけでなく、「Mr.Shirai」としても精力的に活動しています。SSWとビートメイカーという作家性が異なる作品をリリースしていますが、それぞれの活動について教えてください。
元々楽曲全てを「Taiyo Ky」でリリースしていましたが、歌物がビート楽曲に埋れて行く気がしてしまい、またどちらも完全に振り切った方が良いと思い、ボーカルなしのビート楽曲をMr.Shirai名義に移行しました。アーティスト名を変えたことによって自分の中では歌とビート、それぞれの音楽により集中して楽曲制作に取り組めるようになりました。
―― 音楽に興味を持ったエピソード、音楽を演奏しようと思ったきっかけを教えてください。
家族が音楽好きで、幼い頃から様々な洋楽・ワールドミュージックなどに囲まれた環境に育ちました。学校でサックスを習ったりしていましたが、高校に入るあたりに知り合いがバンドを作り、仲間に入りたく先生からギターを借りてボーカルも歌うことになりました。学校のホームカミングパーティーでそのバンドと人前で演奏し、ステージから降りた後に女の子に声をかけられて、音楽の力を初めて実感しました(笑)!
―― どんなアーティストや作品、楽曲に影響を受けましたか。
元々音楽好きでしたが方向性はあまりなく、ただただ色々と音楽を聴く時間が⻑かったです。高校の頃はビートルズやプリンス、レッチリをよく聞いていましたが、2016年に自分で曲を作り始めたあたりからヒップホップやネオソウルにはまりました。海外ではよくある話ですがディアンジェロやJ・ディラと言ったアーティストの影響は大きかったですね。特にケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』はアルバムごと何回も通して聞きました。ヒップホップでありながらジャズの要素も多く入っており、アルバムを通してのメッセージ性、製作からミキシングまで全てが完璧に作り込まれてる作品で衝撃的でした。
―― ヒップホップとの出会いと、さらにそこからローファイ・ヒップホップを制作するようになった経緯を教えてください。
2015〜2016年ごろにアルバイトで貯めたお金でベルリンの音楽の短大に行った時、数ヶ月ホステルに泊まっていましたが、クリスマス時期の値段が高くお金が足りなかったのでBlue Wednesdayと言う当時同じ学校に通っていたビートメーカーのアパートに泊まりました。その間にJ・ディラやヒップホップのビートについてより詳しく話をしてくれて、「まずは8小節でもいいから200個のビートを作れば方向性が見えてくる」と言われました。当時まだ制作を始めたばかりで200個は無理だと思っていましたが、やっていくうちにどんどんヒップホップが好きになっていき、今でもSSWとして作る楽曲の中にもやはり影響は大きいです。
―― YouTubeを見たところ、ボーカル、ギター、鍵盤の他、サンプラーや更にはサックスも演奏していました。またクレジットを見て、レコーディングからミックス、マスタリングも自身で行っていることに驚きました。そのように多数の楽器を使えるようになった経緯を教えてください。
ピアノは幼い頃にレッスンに通っていました。中学あたりからサックスを学校ではじめ、その後高校のバンドに参加するためギターを学びボーカルも歌うことになりました。マレーシアの音楽の短大は一年間サックス専攻で通い、ベルリンは音楽制作の短大で一年、その後シドニーの大学院に通いながら音楽制作により本格的に取り組みました。元々楽器の練習が嫌いで、セッション・ミュージシャンになりたいなどといった願望はなかったです(笑)。
日本で英会話・翻訳の仕事を数年間していた時期に通勤時間が往復3時間以上の日が多く、その際に毎日音楽ばかりを聴いていました。横浜から東京に入って行く通勤が毎朝嫌いでしたが、音楽の世界に入り込むことで通勤もあっという間に感じ、徐々に同じアルバムのベースラインやピアノパート、音色など全ての部分が頭の中に残るようになりました。今思い返すとその通勤時間の際に集中して音楽ばかり聴いていたことで今の音楽のセンス・演奏スタイル・ミキシング・作曲を一番学べたかと思っています。今でも空いてる時間は音楽ばかり聴いていることが多いです!
―― Mr.Shiraiでは2020年にAL『Bi-ToTe-Pu』をリリースしていますが(また本作リリース後にAL『Bye Bye Jpn』もリリース)、Taiyo Kyは今までEPとシングルのみのリリースでした。本作が初のフルアルバムとなりますが、『Hope You Notice』はどのようなきっかけで制作を始めましたか。
元々コロナであまり外出できない際に、アパートにこもってアコギと歌で主に楽曲を書いていった形です。当時は翻訳の仕事もしていましたがコロナの影響で依頼が減って、仕事もなかなか見つからなく曲を書く時間がいっぱいありました(笑)。

―― アルバム制作中で印象に残ったエピソードがあれば教えて下さい。
このアルバムはシドニー・横浜・クアラルンプールの3ヶ所で制作したアルバムです。シドニーには彼女と住んでいましたがコロナをきっかけに仕事も減り、やむを得ず横浜の親戚の家に数ヶ月泊まり遠距離恋愛をすることになったり、その後彼女と共に音楽制作会社を始めるためにマレーシアに引っ越したり、このアルバムが完成するまでの1年半ほどのアップダウンが激しかったです。エピソードというよりは色々と変化が多くアルバムも無事に完成しただけ幸いです!
―― 本作では一部の楽曲でJoe Bae、Emily Grangerといったプレイヤーが参加し、また“Creative guidance and mentorship”としてDr. Mark Oliveiro、他にもKHE CHIN UPやBenniが関わっています。それぞれについて簡単に教えてください。
Joe Baeは以前から共に楽曲を作っている音楽家で、Dr. Mark Oliveiroはシドニーの大学院の僕の教師でEmily Grangerはその知り合いのハープ演奏者、BenniはEffortless Audioレーベルの創業の方。KHE CHIN UPは実は僕の彼女(今では婚約者)でプロの作曲家として働いています。

―― アルバムのタイトル『Hope You Notice』にはどんな意味が込められていますか。
今回のアルバムは卑屈で情けない男性(おそらく自分)の恋愛事情などを語った作品が多く入っております。「Hope You Notice」はタイトルトラックの名前ですが、こちらも女性と別れてアパートに引きこもった主人公の心境を歌った曲です。別れた今も女性が彼のアパートの外を通った際に「今僕がどれだけダメになっているのか気づいて欲しい」、何よりも「気づいて欲しい」と必死に訴えてる意味合いです(笑)。
―― ビートと歌について、どちらが先に(あるいは同時に)出来ますか。また歌詞はどのタイミングで出来ますか。
今までの楽曲はビートが先にできた楽曲が多かったですが、今回のアルバムはなるべく家で弾き語りで演奏した際に気持ちよく歌えるものを作りたく、曲としての構成を先に作るように心がけました。ピアノ・ギターを弾きながらメロディーを歌うことが多く、その際にキーワードが思いついたらそれをメモしておき、そこから曲にしていくことが多かったです。アルバムとは逆で『好きなら好きと』EPなどは主にビートを作ってからメロディーなどを加えていく形で作りました。
―― 個人的に楽曲から優しく包み込むようなフィーリング、癒されるチルアウトな雰囲気を感じました。録音やミックスなどについてのこだわりを教えてください。また音楽制作で大事にしている事はなんですか。
録音は現在宅録でしているため深いこだわりなどはなかったのですが、外のノイズが大きい日はブランケットの下から録音したり、布団を立てたりして対処はしました。冬は問題なかったのですが夏の録音は常に苦痛でした(笑)。またミックスの際はなるべくアナログ感が出せるよう機材エミュレーターのプラグインや楽曲に合いそうなノイズを加えたりしました。ボーカルなどもあまり磨きがかかった雰囲気よりは少し暗めでDIY感が出るように心がけました。音楽制作の際は楽器のパートやボーカルにはなるべくタイミングの修正などはかけないようにしています。ドラムの音などもなるべく自分で探したドラム音を調整して再利用するヒップホップらしいことは、ほぼ全曲に使用しました。
―― 本作『Hope You Notice』の制作環境と機材を教えてください。
今回のプロジェクトは主にヘッドホン(BeyerdynamicDT770250ohm)とイヤホン(Apple純正の携帯などと付属でついてくる物)でレコーディング・ミックス・マスタリングした物になります。⻑期的なワークスペースがなかったためちゃんとしたスピーカー環境が作れなかったのですが割と今回のアルバムの音は満足しています!
キーボードはM-Audio、ギターはフジゲンのテレキャスター、ベースはメルカリで五千円で買ったFresherのプレジションベースでしたがアルバム製作が終わった頃にネックの寿命が尽きてしまいました(笑)。マイクはRodeNT1-Aで録りましたが、ちょっと『s』音がしつこく感じ、リボンマイクなども近いうちに使ってみたいと思っています。

――『好きなら好きと』は初の日本語詞のEPとなっています。日本の音楽で好きなアーティストはいますか。
日本の音楽は高校の頃は宇多田ヒカルの1stアルバムやスピッツ、久石譲などを聴いていました。『好きなら好きと』のアルバムの制作時期は、山下達郎や笠井紀美子の『TOKYO SPECIAL』、YMOなどを聴いていました。
―― 様々なアーティストとコラボし楽曲を制作しています。今後新たにコラボレーションしてみたいアーティストがいれば教えてください。
音も割と似ているかと思いますが、つい最近ベニー・シングスのことを知り、いつかコラボレーションできたらうれしいです!その他はラッキー・デイみたいなR&Bや日本のKojoeの様なラップの方の楽曲提供もしたいと思っています。
―― 日本、ベルリン、ボストン、シドニーなど様々な国で旅と移住をしてきたと聞いています。現在マレーシアを拠点にしているとのことですが、マレーシアの魅力を教えてください。
マレーシアは日本と比べるとペースが少し遅く、すごく暮らしやすく人々も暖かく話しやすい文化になります。食べ物も種類が多くとても美味しく、物価も安くて済みやすいです!個人的な意見ですが、新しいことを始めたい方にはこれからの可能性が大きい国かと思います。
―― ライブ活動の予定はありますか。またその場合、どのような形態で行う予定ですか(是非日本でのライブが見たいです)。
制作などほとんど自分でやっているためバンドメンバーなどなく、現在はライブの予定はないですが、近いうちに日本でライブしたいと思っております!
最後に別件になりますがマレーシアで音楽制作ハウスを始めました!

タイヨー・カイ『ホープ・ユー・ノーティス』
2022年10月19日発売
Paraphernalia Records
PAPH-1
CD
ライナーノーツ: 高橋アフィ