Text by 門脇 綱生
編集・山口隆弘(OTOTSU編集部)、渡部未央(diskunion)
Joseph Shabasonのアンビエント・ジャズの息吹に、Sakanaの異能の歌、フランク・シナトラの時代への幻想、アルゼンチン音響派にも通じる越境的エクスペリメンタリズムまでもが重なり合う、極めて秀逸なサイケデリック・アンビエント・ソウル・アルバムであり、ニューエイジ・リバイバルやオブスキュアといった新時代的な審美眼を通過した若い聴衆たちにも力強く推薦する。
Calmの3rdアルバム『Ancient Future』にもボーカルとして参加し、同氏に「現在もっとも素晴らしい声の持ち主」と言わしめたヴォーカリストであり、一聴して女声かと思わされるハスキーで中性的な歌声を聞かせる Fuminosuke(文乃助)【注1】を中心として、「Soundworm」としての変名も知られる電子変調演奏家/エンジニアの庄司広光(attc、Maher Shalal Hash Baz、pagtas)、アンプリファイド・サックスによるパフォーマンスも名高いテナー・サックス奏者、伊藤匠(Ryusenkei-Body)、コントラバス奏者でありながら、セネガル人サバール奏者Wagane Ndiaye Roseに師事するという異色の経歴も持つ守屋拓之(Ghost、Acoustic Dub Messengers)といった実にユニークな面々が参加。1997年に結成された越境的な音楽集団である「Tsuki No Wa」。
民族音楽からアシッド・フォーク、ソウル、ブルース、ジャズ、ダブなどを溶け合わせた、幻想的かつ詩情豊かな彼らのサウンドは「日本酒フォーク」と称されたこともある。
虹釜太郎氏主宰の〈360° Records〉、湯川潮音やNathalie Wiseも作品を残す〈Think!Pop Records〉、今は亡き名店〈Cisco Records〉傘下の〈Soundscape〉より、『Ninth Elegy』(2000年)、『真昼顔』(2001年)、『Moon Beams』(2003年)と計3枚のフル・アルバムをそれぞれ発表。
2000年6月に〈360° Records〉【注2】から発表された1stアルバムであり、今も多くの聴衆を惹き付け続けるこの『Ninth Elegy』(ナインス・エレジー)は、音楽的滋養豊かな持ち味の無国籍なジャズ・サウンドと前衛的かつ謎めいた音響を同居させた『真昼顔』、以前にはさほど重視していなかったよりダンサブルな要素や、エレクトロニカ、音響派以降の趣向を凝らし、Utah Kawasakiや大友良英といった豪華ゲストらと共に挑んだ初めてのセルフ・プロデュース作品にしてラスト・アルバムの『Moon Beams』と、後の作品にも地続きな彼らの「生音」の音世界の原点となった初のフル・アルバムだ。
このアルバムは、一旦廃盤となったのち、2ndアルバム『真昼顔』をリリースしている〈Think!Pop Records〉より、リマスタリング仕様にて2001年に再発されていたが、この度ついにデジタル配信リリースが実現した。
本作『Ninth Elegy』のプロデュースを担当したのは、〈360° Records〉での彼らのレーベルメイトにして、「辺境音楽」と「音響」の奇想天外なミッシング・リンクと呼ぶべき録音家、プロデューサーのAmephone(アメフォン)。
Fuminosuke(vo,guitar)、伊藤匠(tenor sax)、守屋拓之(bass)という編成に、アレンジャーとして孤高のインプロヴァイザー/ギタリスト、秋山徹次も参加。Amephoneの変名Simpoh Yanagawaがミックス、ノー・インプット・ミキシング・ボード奏者こと中村としまるがマスタリングを担当。守屋も参加した世界的サイケ・フォーク・バンド=Ghost繋がりの杉本拓と立岩潤三、長沼大介ら同バンドのメンバー、そして、アヤコレットら豪華面々がサポートした。
実に特異な作品であり、自信を持って「マスターピース」と呼べる一枚と言いたい。『Ninth Elegy』=「9番目の哀歌」という表題を冠しているだけあり、私自身Jon Hassell、Viola Renea、Pale Cocoon、もしくは原マスミやSakanaといった「あちら側」の音楽を色々と聴いてきたつもりだが、これほどまで、計り知れない味わいを感じた作品はそうたくさんは無い。しかしながら、初めて出会った作品とも思えない妙な懐かしさがある。
まず一聴してみて自然と浮かび上がってきたのは、知りもしないはずの遥かな記憶に、彼岸や幻想、この世ではないどこか「遠く」の景色であり、それらへの力強いまなざしや追憶。私の提唱する「遠泳音楽」(≒ Angelic Post-Shoegaze)とも似た、分け隔てられた遠くにこそ見る、触れられぬが故の奥行きが幻想的かつ耽美な美しさを叙景する。
「あのままの輝きで
君を抱きしめる
なつかしの眠りで
夢を見よう」
(Going Home)
「バラ色の夢さめて
遠く」
「今はただ
モルヒネの町で
静かに眠りたい」
(青い月)
朧気にして亡霊のようでもありながら、艶やかにして清らかなFuminosukeの孤高なる歌声は、まるで、壊れたはずの蓄音機が突然奏で出した、色褪せることのない遠くの日々の記憶や思い出のような、ここではないどこか「あちら側」のムードや霊能的な魅力を醸す。また、それらの影と情緒を取り込んで広がっていく独特のノクターナルかつ曇った音響もこの上なく稀有な魅力を醸している。
これは、決して届くことがない場所に対して抱く、果たされることの無い深く甘美な夢。彼岸から聴こえる音楽そのものであり、もし私の最期に一枚好きな作品を聴くことができるとしたら、この『Ninth Elegy』を選びたいと思うこともあるかもしれない。実際に私がこの目で見たり、思い描いたりできるものでは無いと確信するほどには──理想化された、存在しなかった、あるいは失われた記憶であったとしても──あまりにも美しく眩しい音景色だ。
(注1)Fuminosukeと庄司は、シタールとシャンソンとエレクトロニクスという組み合わせによる独自の演奏を披露する音楽デュオ「棗-なつめ-」(フェルナンド・カブサッキやファナ・モリーナなど、アルゼンチン音響派の重要なアクトとも仕事を共にしている)としても1999年より活動していた仲である。
(注2)〈360° Records〉は、90年代初頭の渋谷で特殊レコード屋〈パリペキン・レコード〉を運営していた日本の音響シーンの重鎮・虹釜太郎氏が自身のレーベル〈不知火〉傘下に展開していた97年設立の実験的レーベル。
ここには、孤高の電子音楽鬼才、故・Woodman(1967-2016)が残した珠玉の名作『Alaska』、2021年に〈Slow Editions〉から20年振りに初のカセット再発がなされたMiroqueの1stアルバムにして、近年再評価される国産アンビエントの隠れた傑作『Botanical Sunset』、「未来の水族館」をテーマにしたイメージ・アルバム的コンピレーション作品『A Certain Aquarium』など、数々の興味深い作品が残されている。
少し前まで、度々デッドストック品が出回っていたものの、近年には既に入手困難となっているタイトルも多く、90年代後半~00年代アンダーグラウンド最後の秘境の一角と言える。
門脇 綱生
Release Information
【門脇綱生】
かどわき・つなき
1993年生まれ。鳥取県米子市在住。京都のレコード・ショップ〈Meditations〉のスタッフ/バイヤー。
DU BOOKSより監修/編集書籍『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』を出版。TOKION、ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズなどに寄稿。22年よりディスクユニオンで〈Sad Disco〉レーベルを運営し、現在10作品を発売/アナウンス。Spotify公式「New Age Music」を始めとして、世界各地のアンビエントや日本の地下音楽、シティ・ポップ、ノイズ・ミュージックなど様々なジャンルに着目したプレイリストも多数編集。
Twitter: @telepath_yukari
Spotify:https://open.spotify.com/user/0come_toshplus