ベースの須川崇志が、ピアノの林正樹、ドラムの石若駿と結成したバンクシア・トリオ。日本のジャズのみならず、音楽シーンを牽引する精鋭ミュージシャンたちの集まりは、最新アルバム『MASKS』で、この上なく自由で豊かなアンサンブルを紡ぎ出した。アルバムのデジタル配信もスタートし、秋には『MASKS』のアナログ盤(厳選した7曲を収録)のリリースも決定している。
バンクシア・トリオを率いる須川崇志に、『MASKS』の全曲解説と、トリオと自身の背景にあるストーリーをじっくりと伺った。『MASKS』のオープニングは2015年に亡くなったピアニスト、菊地雅章の「Drizzling Rain」からスタートする。ニューヨーク時代に菊地と交流を持ち、深い影響を受けてきた話は曲解説の域を超えるが、音楽について大切なことを語っている。多くのリスナー、そしてミュージシャンにもぜひとも読んでもらいたいインタビューだ。
Banksia Trio Takashi Sugawa Interview
Banksia Trio 須川崇志 インタビュー
インタビュー・構成:原 雅明 – Masaaki Hara
編集:三河 真一朗 – Shinichiro Mikawa(OTOTSU)

Artist : Banksia Trio
(バンクシア・トリオ)
Title : Masks
(マスクス)
Release :
2023/06/21(CD)
2023/08/23(DIGITAL)
2023/11/03(LP)
レーベル : rings / TSGW Records
品番:RINR14(LP) / TSGW001(CD)

アタックがあって減衰していくところでアンサンブルを作る
—— 1曲目は、菊地雅章さんの「Drizzling Rain」ですね。
須川崇志(Takashi Sugawa from Banksia Trio)ー この曲だけライヴのレパートリーじゃないんです。レコーディングのときに初めて持っていった曲だったんですね。それはちょっと意図もあったんですけど、ライヴでのレパートリーはもう、みんな良くも悪くもやり方がわかってるし、アンサンブルもいい感じになってるっていうのはわかってたんで、一つ耳を立てる必要があるような曲をやりたいなと思って。もちろんプーさん(菊地雅章)のこともあるんですけど、この「Drizzling Rain」ってルバートじゃないですか。ルバートの演奏で、お互いに耳を立てて、うまくスペースを取って、かつ推進力がずっとある状態っていうのを1回バンドとして作りたくて。バンクシアってそういうサウンドができるなっていうのは思ってはいたんです。スタジオに僕がこの曲持っていって、1曲目に録ったんです。
—— 演奏するのに、指示は出したのですか?
(石若)駿くんと林(正樹)さんには、それぞれ自分のパルスで進めて、あんまり寄り添うようなことなく、パルスが三つある状態でずっとやってみたいと言いました。音のディケイ、立ち上がってから消えていくまで、アタックがあって減衰していくところでアンサンブルを作る音楽をちょっとやりませんか、みたいな話をしてトライしたんですよ。ファーストテイクが一番面白くて、他の曲にもすごくいい相乗効果になりました。今までの通りにやるぞっていうよりは、バンドとして新しいものを作るっていう、そういう耳にできたかなと思いましたね。
—— 須川さんはこれまで「Drizzling Rain」を演奏したことはあったのですか?
ありますね。でも、ちょっと特殊な機会で、プーさんが亡くなった後にピットインでトリビュート・ライヴをやったんですけど、僕はそのときにこの曲を初めて演奏して、そのときはツーベースで杉本(智和)さんもベース、あと(本田)珠也さんと、峰(厚介)さんと日野(皓正)さんと、ピアノは(佐藤)允彦さんでした。
—— すごいメンバーですね。
ええ。それでこの曲をインテンポでやったんですけど、もう引力がすごくて(笑)、最初のベースラインがものすごい後ろなんですよ。その上で、日野さんと峰さんがすごい勢いでユニゾンしてきて、それが衝撃的でしたね。
—— 菊地さんと出会ったのはニューヨーク時代ですよね。
はい。2007年の1月。僕は2006年12月でバークリーを卒業して、すぐにニューヨークに引っ越しました。ヴィレッジ・ヴァンガードにポール・モチアンのバンドを見に行ったら、プーさんがピアノ弾いてて、それが一番最初に見たプーさんだったんです。衝撃的なライヴだったんで、プーさんに声かけて、そこからですね、プーさんの家に通うようになったのは。

—— それから、一緒に演奏したり、教わったわけですか?
教わるという感じもあったんですが、まだバークリー出たばっかりの若造だったんで、調子に乗ってるわけですよ(笑)。リスペクトがありながらも、平気でしょっちゅう顔出してた。プーさんの家の3ブロックぐらい先のイタリアン・レストランで週2回ぐらい演奏してたんです。そのついでに寄ってたんで、楽器は持っていたんですけど、なんか恐れ多くて、一緒に演奏しましょうよとは言えなかったんです。だから、一緒に音楽聴いたり、一緒にご飯食べたりとかはしてたんですけど、ふた月ぐらい経ってプーさんから突然「お前は楽器毎日持ってくるのに、なんで俺と一緒に演奏しないんだ」って言われて(笑)、「やろうよ」って言うんで、そのときに初めて一緒に演奏したんです。そのときの録音が今でも残ってて、プーさんがDATで録ってくれたんですが、僕がケースを開けて準備してる間に、もう勝手にプーさんは始まっちゃって。
—— なるほど(笑)。
一緒に演奏してみてわかったことはたくさんあって、そのうちの一つで、その頃、プーさんはフリーばっかりやってて、テンポのないルバートのフリーなんですけど、聴いてる側としてはとても緩やかに聴こえたんですが、一緒に演奏したらものすごい速かったんですよ。一緒に入った瞬間に置いてかれた感じがして、全然スピード感が違う。こっちが三輪車で、向こうがバイクで行っちゃうみたいな。で、演奏が終わったらすぐに聴くんです。反省会みたいに。最初の僕がケース開けて、チューニングしてる音も入ってたんです。プーさんそれを聴いて、「チューニングしてる音がなんかトランペットみたいで面白いな」と、あとは何も言わない。それが一番最初に演奏したときのコメントだったんですけど、意味わかんなかった。でも、日本に帰ってきてから珠也さんにその話をしたら、「それはさ、お前が何も意図してなかったから面白かったんじゃないの」って言われたんです。それでプーさん目線で聴くと、そのチューニングしてる音に(音を)付けてるんですよ。音楽に聴こえたと思った。っていうのがもう何年も経ってからブーメランみたいに返ってきて、これは話し出すとすごい長いんですけど(笑)。
—— 1997年頃に、僕は菊地さんにインタビューする機会がありました。ゲイリー・ピーコック、ポール・モチアンとテザード・ムーンをやっている一方で、吉田達也、菊地雅晃とスラッシュ・トリオも始めてました。そのインタビューで印象に残っていることの一つが、綺麗なピアノの倍音が必要じゃない演奏にもオープンなことでした。意図してない音に反応するのもそうですし、フリーの捉え方も独特だと感じました。
独特なんですよね。これもちょっとマニアックになってしまうんですけど、結局プーさんところに行って勝手に教わったと思ってる一番大きな要素って、ダイナミクスの測り方なんですよ。いろんなダイナミクスがあって、それを把握しながら音楽を進めていく推進力っていうのをずっと維持していく。それをキャッチしようとして、エンディングもちゃんとキャッチして、突然すっと終わる。そのダイナミクスの測り方がすごいなと思ってて、それをどういうふうにやるのかがわかんないとこなんですけど、プーさんはそれを「感覚」って言い切るんですよね。「そんなの感覚であって、感覚を磨く練習はできるだろう、そういう練習をしなきゃ駄目だ」って言ってましたね。それは一生のテーマです。

この不完全さはキープしたい
—— 2曲目のアルバム・タイトル曲「MASKS」ですが、リズミカルでダイナミックなところと、アブストラクトな展開とが混じり合っていて、いま伺った菊地さんの話がこの曲の根底にもあるように感じました。
そうですね。「Drizzling Rain」は3人がテンポを共有しないで、パルスだけでやってますけど、この曲はちょっとテンポは共有して、フォームも共有してるんですけど、お互いの距離感の掴み方が、ライヴで回数を重ねていって成長してきたなっていう感じがする曲なんです。
—— バンクシア・トリオのこれまでの2枚のアルバム(『Time Remembered』,『Ancient Blue』)は、整合性が取れた部分や叙情性もありつつ、アブストラクトなところもありました。でも、本作にはこれまでと大きな違いがあると特にこの曲に感じました。
そうですね、だいぶ違いますね。僕もこの曲を作ったときは、現代クラシックのやり方も参考にしたんで、全然縦軸の合わないリズム、ベースラインとメロディがあったりしたんですけど、多分、現代クラシックの演奏でそういう曲をやろうとするとめちゃ練習すると思います。タイミングを確認し合って、メトロノーム流してタイムを直しながら練習するのを、初めは想定してたんですよ。バンドでそういう練習をしてばっちり合ったら、絶対かっこいいだろうなと思って。で、やってみたら合わないんですけど、ばっちり合わなくかっこいいんですよ(笑)。この不完全さはキープしたいなっていう気持ちがちょっと出てきたんです。
—— 厳密なところからのズレが表れていたのですね。
例えば、駿くんには大きいツービートでやってもらって、その中でメロディとベースラインが動くんですけど、ちょっと半端な拍が聞こえたら、その引力もあるから、駿くんがばっちりやってくれていながらもちょっと伸び縮みして、それでこっちも伸び縮みする。お互いにそれを感じ合いながら、でも、最終的に結実するポイントっていうのはあって、みんなそこに向かおうとするんですけど、そこで集合できたり、できなかったりで、それがライヴで面白くて。最初は、だから結構シビアに練習して、ばっちり合わせたいっていう気持ちがありながら、実際ライヴでやったら、そんなのどうでもよくなっちゃっていう曲ですね(笑)。だから、人によってはなんかタイムがめちゃくちゃに聴こえると思うんですよ。でも、そんなことはわかってて、そこじゃなくて、その関係性の中で残されるものに面白味を感じているんです。

—— 即興のパートはどうなっているのですか?
コードも何もなくて、ベースラインだけ共有してて、その周りで遊びましょうっていうので、グルグルしてますね。そうなると、もうコードのことをあまり考えなくなるし、ハーモニーも指定してないし、林さんが出してくるハーモニーの方がもっと全然面白いことになりますし、断然重要度が高かったんですね。
ポール・モチアンとカオティックなニューヨーク
—— 次は、3曲目の「Abacus」。ポール・モチアンの曲です。モチアンの演奏ではもっと長い曲ですが、この演奏は短いですね。
短くしようとか何も言ってないんですけど、終わっちゃった(笑)。林さんがメロディを取っていて、多分林さんは終わるつもりはなかったと思うんですけど、僕がトニックの音をバーンって弾いたときに林さんが何かそこに引力で持ってかれて、あのメロディを引き出してそのまま終わったっていう展開だったんですよ。
—— 2分台で終わるので、原曲とまた違った独特の抜けがあって面白かったのですが、ちゃんと構成されていると思ってました。
全然、ちゃんとしてないです(笑)。っていうか、普通の構成で、メロディがあってオープンなパートがあって、もう一回メロディが出てきたら終わるという。
—— 菊地さんにインタビューしたときに、モチアンについて、「やってほしいことと全然関係ないことやってくるけど、説得力がある」と言ってました。「こっちを説得させるだけの重さ、そういう質感のあるミュージシャンが少ない」とも。
僕が初めてプーさんを見たヴィレッジ・ヴァンガードでのモチアンのバンドが、もうめちゃくちゃだったんすよ。好き勝手やってる感じで、プーさんは怒ってて、耳に痛いコードをバンバン弾いて何かソリストの邪魔しようとしてるみたいで、フロントは好き勝手吹いているし、その後ろでモチアンは笑いながらデカい音で叩いてる。そのカオティックな状況が、ニューヨークの全部の縮図みたいで、すごいかっこよくて。だから、説得力っていうのは確かにわかります。質感もそうです。よく、質感、ティンブレってプーさんは言ってましたね。
—— 今は、そういうライヴにはなかなか出会うことはないですよね。皆分別があるというか。
いい意味での緊張があって、でも、こけると本当にひどいことになる。だから、しないですよね。でも、そうあってもいいと思うんです。一回、バンクシアでもトライしてみたいです。
—— では、4曲目の「Bird Flew By」。これはニック・ドレイクのカヴァーですが、原曲は未発表曲集『Time Of No Reply』に収められていた曲ですね。
そうですね。ニック・ドレイクは「Cello Song」が好きで、ああいう曲をバンクシアでやってみたいなって思っていて見つけたんですけど、まずループにできそうだって思ったんです。あと、この曲を聴いたときに、林さんがピアノで弾いたらすごい良さそうだなって思ったんです。
—— ニック・ドレイクは、ブラッド・メルドーもカヴァーしてますが、ジャズ・ミュージシャンはどこに魅力を感じるのでしょうか?
とてもシンプルで、「River Man」とかは構成がちょっと変わってて、そこに面白味はあるかもしれないです。小節をまたいでいくようなメロディが結構出てくるんですけど、「Bird Flew By」に関してはそこまでじゃないと思います。シンプルに小節のフレーズでまとめられてるんですけど、そこでちゃんと完結してるものって、なかなか書こうとしても書けないですよね。
—— カヴァーだから、こういう演奏ができるっていうのもありますよね。オリジナルでこういう演奏をすると何か違うニュアンスになるというか。
そうなんですよ。なんか多分嫌らしくなると思うんですよ。バンクシアでやるときは途中で転調してるんですけど、そのアイディアもライヴ中に出てきて、ちょっとキーを変えてみようって、みんなで切り替わった瞬間に「おお!」ってなって、演奏してる側はそれが面白いんです。BAROOMでやったときはキーの順番を逆にしようという話になって、いつもCからAに行くんですけど、Aから始めてCに行くって、まだやったことないからどんなふうになるかよくわかってないんですが、それをせーので鳴らしたときは、みんなで「ほお」ってなったんですよ(笑)。
—— ライヴでは、割とそういうことをしているのですか?
してます。こういう曲って重ねていくと、どうしてもシンプルゆえに同じ展開になりがちなんですよね。何か常に新鮮なものを吹き込んで、生きてる音が持続するようにしたいっていうのはありますね。
林正樹と菊地雅章
—— 次が林さんの曲「Doppio Movimento」で、これはすごくリズミカルですね。
はい。これはバンクシアの最初の頃からずっとやってる曲なんですけど、かっこいい曲だなと思ってて、だた、中身がフリーじゃないですか。
—— 途中でいきなり展開が変わるからちょっと驚きますね。
1枚目も2枚目のときも、この曲はレコーディングしてるんですが、採用されなくて、3度目の正直なんです。やっと入れられた曲です。この曲はもう林さんのいたずら心全開で、林さんがきっかけを出して終わりのメロディが出て来るんですけど、林さんが出すタイミングがすごく面白くて、「あ、そこ」みたいなタイミングで結構早く出してくるんですけど、林さんは多分すごく新鮮な状態のまま、パッと終わりたいんだと思うんで、よくわかるんです。
—— ピアニストとして、林さんをどう評価されてますか?
やっぱり、林さんの音色です。聴いて林正樹ってわかるじゃないですか。もちろん、上手いですけど、そういうところじゃなくて音が生きてる感じがして、一緒に演奏して楽しいんですよ。音色をすごく追求してるっていうところを尊敬しますし、僕もそういうふうになりたいなと思います。これ、別に重ねるわけじゃないんですけど、ニューヨークでプーさんのピアノを聴いたときに、こんなに綺麗な音を出す人はいないなって思って、ピアノトリオでやるならやっぱりプーさんのところでアンサンブルを聴いているんで、ああいう音色で音楽の展開をやりたいなってずっと頭にはあったんです。林さんの音色の良さとか、ピアノに対するアプローチは、全然プーさんと違いますけど、僕の中では、一番近いというのも変ですけど、音楽的な捉え方とか、深みに入る入り方とかすごくしっくりきて、そういうところが好きです。

—— ピアノトリオはずっとやりたかったのですか?
プーさんのこともあったんですが、ピアノトリオはずっとが好きで、一番最初にバークリーで始めたバンドもピアノトリオで、いまバークリーで先生をやっているヴァディム・ネセロフスキーというウクライナ人のピアニストと、アヴィ・バラックというイスラエル人のドラマーとでトリオをやってたんですけど、その頃からピアノトリオに取り憑かれたじゃないですけど、面白いなっていう意識がずっとあったんですね。
—— 具体的にピアノトリオの何に惹かれたのですか?
ピアノって音域が広いじゃないですか。音も減衰していく。例えばサックスのトリオとか、コードレスなのはあれはあれでスカスカ感とか面白味はありますよね。だけど、サックスって息が続く限り音が出ちゃう。ピアノは減衰していく。ベースもそうなんですけど、そういうレイヤーの面白さっていうのがずっと好きなんだと思うんですよ。
——『MASKS』の解説で須川さんが、「音が消えてゆくまでのディケイ」と説明されていたことに通じますね。では、次の須川さんの曲「Stefano」について訊かせてください。
これは変な曲なんですよ。メロディが12音技法で書いてあるんです。書き始めたらこれはリピートしてないって気がついて、12音技法でできるなと思って途中でそういうふうにしたんです。
—— クラシックや現代音楽の作曲を学ばれたことは?
ないですね。ただ、バークリーで演奏しまくっててあっという間に腱鞘炎になって、1年2ヶ月ぐらいベースを弾いてない時期があったんです。そのときに書きもののクラスをいっぱい取って作曲の勉強はしたんですけど、でも、クラシックのちゃんとしたセオリーとか勉強したことはないです。
—— ただ、「Stefano」もそうですが、バックグラウンドにそうした音楽の影響を感じます。
(アルバン・)ベルクとか(アルノルト・)シェーンベルクとか、あの辺の音楽家はすごく好きですね。プーさんもその辺が好きで、最初に会ったときにCD-Rを20枚ぐらい、これ聴けって渡されたんですが、現代クラシックからアフリカの民族音楽まで入ってて、その中に、例えばベルクのピアノソナタとか、クセナキスとかもあって、そういうのをそのときに初めて聴いたんです。

アンサンブルを作ってどれだけすごい音色や質感が出せるか
—— では、次は2曲「Siciliano」と「Messe 1」、両方、石若さんの曲ですね。
「Siciliano」は、ライヴではやってない、駿くんがレコーディングのために書いてきてくれた新曲です。
—— アルバムのために、各々に曲を書いて来てもらったのですか?
みんな結構忙しいので、本当にレコーディング前日とか、当日の朝とかに、書いてくるんです(笑)。それで、とりあえずやってみるんですけど、やっぱり面白いんですよ。そういう曲の一つですね。
—— 2曲ともとてもメロディアスですね。
駿くんらしいですよね。「Messe 1」は『Songbook 5』 で角銅(真実)さんの歌でやってますけど、メロディが好きで、ライヴでももう何回もやってるんで、レパートリーになってますね。
—— 石若さんと最初に演奏した時の印象は覚えてますか?
(ピアニスト/ビートメーカーの)アーロン・チューライと一緒にセッションした時に呼んだんですけど、まだ高校生、10代なのに年の差も感じないし、よくニューヨークでやってたような感覚、一緒に人の家に行ってセッションしていた感覚が、駿くんとやったときにふっと戻ってきて面白いと思って、こういうドラマーが日本にもいるんだなとすごい印象的でしたね。でも、そのときはドラマーとしての石若駿を知っただけで、その後一緒にいろいろなことをやるうちに、彼は(東京)藝大に入って、作曲もたくさんしだした。駿くんの曲が、いい意味でハーモニーの使い方とかアーロンの影響が強くて、アーロンはアーロンで、メルボルンの(ピアニストの)ポール・グラボウスキーの影響がめっちゃ強いんですよ。なんか不思議な流れで、グラボウスキーが石若駿に辿り着いている。駿くんはそれを藝大で学んだクラシックの要素と、自分たちの周りの仲間、あの辺の世代のミュージシャンと一緒にやることから、だんだん独自のメロディの世界ができている。とにかく歌心がすごくあるし、そういうところが好きですね。

—— バンクシア・トリオを始めるときから、ドラムは石若さんでと決めていたわけですか?
そうです。バンクシアって名前が付く前から、ドラムは駿くんに頼むともう決めていて、須川崇志トリオで最初の作品(『Time Remembered』)を作ったんですよ。
—— その前にも、須川崇志トリオの『Outgrowing』のリリースがありますね。とてもフリーに寄ったアルバムでした。
あれは、レオ(・ジェノ ベーゼ)とトム(・レイニー)の2人とフリーを演奏したかった。その一途な思いだけで作ったんです。
—— 同じピアノトリオではありますが、バンクシア・トリオとは違います。その間に須川さんに何か変化があったのでしょうか?
自分の中ではそんなに大きく変わったことっていうのはないかな。ただ、どフリーのすごい勢いのライヴをやって、自分でもかなり面白くて、だけど、あのメンバーでそんなしょっちゅうはできない。国内で自分が思うベストなミュージシャンと一緒にピアノトリオやりたいと思って作ったのが、バンクシアなんです。で、3人で音を出した時に、みんな自然とアンサンブルを成立させるというか、音楽を成立させようとする動きがある。その前にやってたレオとトムは、もちろんアンサンブルを聴いてはいるんですけど、本当にインプロなんで、始まった瞬間からとにかく可能な限り広げようとする。そういうスタンスの違いは明白だったんで、逆方向っていうか、アンサンブルを作ってピアノトリオとしての曲をどこまで面白く演奏できるかとか、どれだけすごい音色や質感が出せるかとか、そういうところに林さんと駿くんとはフォーカスしたかったんだと思います。

「自分のハーモニーがなかったら駄目だろう」
—— 9曲目の「I Should Care」は正統派のピアノトリオもカヴァーする曲ですけど、これは参照した演奏はあったのでしょうか?
あります。これもやっぱりプーさんの影があって、プーさんが書いたハーモニーを参考にしてるんです。プーさんは、ヴァンガードでライヴがあるとき話題の曲とかもいつもピアノで練習して自分でハーモニーを考えて書いていって、既存のスタンダード曲もハーモニーの展開をすごい熟慮するんです。「ピアニストは自分のハーモニーがなかったら駄目だろう」っていうのを見てたので、日本に帰ってきて、ライヴとかセッションで演奏するときに、みんなが同じハーモニーを毎コーラス弾くのにすごいイライラして、なんで考えないのと思いましたね。リアルブックどおり、黒本どおりじゃなくて、全然違うハーモニーを入れてもいいのに。で、プーさんが書いた「I Should Care」の譜面を僕は持ってたんですけど、それを元にしてやったやつです。
—— それを知った上でこの曲を聴くと、更に感じ入るものがありますね。
そういう曲なんです。
—— そして、ラストの「Wonderful One」はまたポール・モチアンの曲ですが、レコーディングされてない曲でしょうか?
ポール本人によるレコーディングは多分ないんでしょうね。『Paul Motian Songbook』の中で見つけたんです。彼の死後にボリューム1、2と二つ出た曲集に入ってるんです。キャッチーなメロディで、ブロードウェイみたいな曲です。これをチェロで弾きたいなと思ったんです。チェロのピチカートの演奏をするときに、バリトンギターへの憧れみたいなのがあって、そういうアプローチで演奏したいと思ったんです。林さんがすごいいいイントロを弾いてくれて、質感といい、このイントロ大好きなんですよ。
—— 今回の録音はStudio Dedeでアナログテープを使っていたり、音像や質感にも拘ったものになっていますが、特に留意したことは何ですか?
やっぱり質感を大事にしたいっていうのもありました。アナログテープを使いましょうっていうのは僕じゃなくて、(Dedeの)吉川(昭仁)さんの提案だったんですよ。もう全部使ってみようかって。やっぱり録音作品として残すからにはライヴとは違う、録音でしか表現できないものにしたいというのはありました。
—— 理想とする録音はあったのでしょうか? 例えばルディ・ヴァン・ゲルダーのような、とか。
ヴァン・ゲルダーのまさにドラムのサウンドとか、すごい近い音で、めちゃめちゃディテイルが聞こえるっていう状況は好みで、吉川さんもその路線なので、そこは一致してました。思いのほかベースがデカかったってのはありますけど(笑)。僕が多分普通にミックスをお願いしたり、自分でやったとしたら、絶対ベース下けるんです。ピアノトリオでそこまで出しゃばるものじゃないって思ってますし。でも吉川さんはシンプルに、「ベースがリーダーのバンドでベースがデカくなかったら駄目だ」と(笑)。そういうことを言ってくれる人がいての音なんです。

ニューヨークから戻った理由、バンクシア・トリオの今後

—— その独特のバランスゆえに耳を惹き付けるものがあったし、レコードでも聴きたいと感じました。今日、いろいろ伺った話が、『MASKS』を聴く良いガイドになればと思います。最後に、もう一つだけ質問させてください。須川さんがニューヨークから戻ってこられた理由を伺ってもよろしいですか?
やっぱりプーさんのところにいて、彼の生活を本当に間近で見てたから、シンプルに、ニューヨークで成功するにはどれだけ時間がかかるのか、状況もわかってきます。全部音楽に注ぎ込んじゃってるプーさんの大変さを知ると、ニューヨークでこの先も生活するっていうことは全然想像できなくなっちゃったんです。自分の音楽を作らなきゃいけないってことをプーさんからすごく教わったんです。僕は大学のジャズ研から直接バークリーに行ったので、日本のジャズのことを全然知らないで来てしまった。日本のことを知るために一回リセットしなきゃいけないなと思って帰ってきたんです。
—— 菊地さんともし出会わなかったら、まだニューヨークで活動していたかもしれないですか?
未だにイタリアンレストランで演奏していた可能性もなきにしもあらずです。だから、それは本当にラッキーでした。最初にプーさんという、最後のロフト世代みたいなミュージシャンと出会い、すごい絵描きの友達もプーさんの周りにはいたんで、そういう人の生活も知りました。ニューヨークのど真ん中で何十年もレントコントロールで安い賃料で広いロフトに住んで絵ばかり描いている。その突き詰める方とかすごい世界で、プーさんもそうですけど、ちゃんと仕事は来るのに全然受けなかったり。
—— 須川さんは、いきなり究極のところに入り込んでしまったわけですね。
そのときは全然気づいてないんですけど、今から考えたらそういう世界でしたね。本当にオン・ザ・エッジなところで生活してました。
—— 今日は長い時間、ありがとうございました。最後にバンクシア・トリオの今後についても一言お願いします。
やりたいことはあって、とにかくライヴはしたいんですよ。だけど、3人のスケジュールが全然合わないんです。だから、「バンクシア・トリオは3人が集まるときに集まって演奏する、以上」みたいな話になっていて。『MASKS』もそうだったんです。録れるときに録ろうと。
—— でも、そういうタイミングを逃さず記録していくのは素晴らしいと思います。
そうですね。だから、去年ぐらいからライヴを全部録ってるんですよ。お蔵入りにせずに、出していくことも考えたいんです。

RELEASE INFORMATION

Artist : Banksia Trio
(バンクシア・トリオ)
Title : Masks
(マスクス)
Release :
2023/06/21(CD)
2023/08/23(DIGITAL)
2023/11/03(LP)
レーベル : rings / TSGW Records
品番:RINR14(LP) / TSGW001(CD)