今年2月、惜しまれながらも解散したYuckの元フロントマン、マックス・ブルーム。世界的なパンデミックで停滞する社会の中にあって、そんなマックスから昨年のソロデビューアルバム『パフューム』に続く2ndアルバム『ペデストリアン』が届けられた。1stアルバムから1年ほどというハイペースでのリリースながら、シンガーソングライターとしてのさらなる深化を聴かせる傑作に仕上がったことは間違いない。アルバムのコンセプト、コロナ禍での制作環境、そして間違いなく10年代のUKインディーを代表するバンドであったYuck解散の裏側などを語ってもらった。
インタビュー:小野肇久 (DREAMWAVES)
翻訳・構成:上野雅浩 (DIW PRODUCTS/OTOTSU)
– 現在はハックニーにホームスタジオを作って住んでいるそうですが、なぜハックニーを選んだのですか?
実はハックニーにはもう10年以上住んでいるんだ。最初に引っ越してきたときは19歳くらいで、ちょうどYuckを始めたばかりのころだったよ。ただ、そのころ住んでいた部屋は大きな音が出せなかったから録音をするときはいつもノースロンドンにある実家に帰らなきゃならなかった。だから僕の音楽のほとんどは実家で録音されているんだ。
今はガールフレンドとベッドルームが2つあるアパートに住んでいて、その1つをスタジオに改装したんだ。住んでいるところにスタジオがあるのは本当に便利だよ、インスピレーションが湧いたらいつでも音楽を作れるということだからね。
– 今作のコンセプトやテーマがあるとすれば、それは何でしょうか?
これまでは、例えば『Glow & Behold』(Yuckの2ndアルバム。マックスとともにバンドの中心人物であったダニエル・ブランバーグが脱退してから初めてのアルバムとなった)みたいに一つのコンセプトやテーマに沿ってアルバムを作らなきゃいけないと思っていたけど、今回のアルバムではその時に思いついたことを書きたいと考えたんだ。あとは自分の外にある周囲の世界に目を向けるように意識したかな。ロックダウンの間に毎日のランニングを始めたんだけど、それが自分の音楽にも良い影響を与えていたと思う。精神的にスッキリするだけじゃなくて、走っているときは周りの世界をふだんとは違った角度から捉えられる気がしてね。それもあって、アルバムの曲は自分の感情を見つめるというよりも自分の外側の物事を観察するような視点の曲になったと思う。
– 音楽制作(作詞や作曲)の面において新型コロナからの影響はありましたか?
新型コロナのパンデミックがなかったら、このアルバムも間違いなく違ったものになっていただろうね。まずパンデミックが起こる前は毎日がずっと忙しかった。週に4日は働いていたし、外にも出かけていたし、音楽にかけられるのはごく限られた時間しかなかった。だからロックダウンが起きたときは1日が6時間くらい増えたような感じがしたよ。曲作りでいろいろ実験できる時間がたくさん生まれてとても自由な気分になったし、その間にたくさんの曲を書いたんだ。50曲以上は書いたと思う、そのほとんどはおそらく世に出ないだろうけど(笑)。でもその試行錯誤のプロセスがあったからこそ、ふだんどおりの曲作りや手癖から抜け出そうという気持ちになれたんだと思う。外出しなくなって浮いたお金で新しい機材を買えたのも制作にはプラスになったね。
歌詞のテーマに関してはパンデミックを直接テーマにしているとは言えないけど、パンデミックがなければ書けなかった曲はたくさんあるよ。1曲目の「Pedestrian」がその良い例だね。ロックダウンになって、みんなが今までの生活と打って変わって全く何もせずに同じように同じ時間を過ごす状況が生まれたけど、考えてみるとすごいことだと思ったんだ。特にロンドンのような大都市であっても「何もせずに閉じこもっていよう」という団結や相互作用がみんなに生まれていることに感銘を受けたよ。それで、こうやって大災害なんかが起こってみんなが団結するまでは、僕たちは誰もがそれぞれに一人で歩いている「Pedestrian」(歩行者)なんだという考えに至ったんだ。
– Yuck解散の決意は、新型コロナにまつわる生活習慣の変化、ニューノーマルなどにも関係していますか?
実は正式に発表するよりもかなり前にYuckの解散は決めていたんだ。3rdアルバムのツアーを終えたら全員が燃え尽きてしまってメンバーの関係もギスギスしていて…。お互いにいったん距離を取って一息つく必要があったし、少し時間を置いてから気持ちを確認しようと思ったんだけど、みんなもうYuckに戻りたいという思いは薄れていたんじゃないかな。それで最後に中国ツアーと東京公演をやって正式に活動を終えることにしたんだ。バンドとしての最後の公演が東京だったことは、個人的にもとても特別で深い意味のあることだったな。僕は日本が大好きだし、大切な場所だからね。何年も一緒に音楽をやってきたLuby Sparksとの共演だったこともあってさらに格別なものになったよ。人生ではいつ物事を手放すのかタイミングを見極めることが重要なんだ、手遅れになる前にね。
– 前作では「あえて手法を変えて、ピアノで作曲したりした」と語っていましたが、今作はどのような作曲方法を取りましたか?
曲によってはピアノで、曲によってはアコースティックギターで作ったかな。最新のテクノロジーには頼りすぎないで、できる限りシンプルな曲作りの方法にこだわりたかったんだ。最高の曲はいつもアコースティック楽器から生まれると思っているからね。
– 今作のシンセからは、YMOからの影響をとても感じます。ランニングのお供にYMOをよく聞いていたそうですが、それと関係していますか?
YMOは本当に大好きだよ。北京のレコードショップでアルバム『Solid State Survivor』を初めて見つけて、それから彼らの音楽に夢中になったんだ。YMOの音楽には強烈なエネルギーがあるからランニング中に聴くのがピッタリだけど、それだけじゃなくて彼らが作り出すサウンドスケープは素晴らしいし、ほとんどの曲はインストなのにポップソングとしても本当にキャッチーだと思う。
– 他に、音作りに関してインスピレーションを受けたミュージシャンや作品(アルバム、楽曲など)があれば教えてください。
このアルバムを作っているときによく聴いていたのは、Spoonの『Hot Thoughts』、Beckの『Colours』、Grizzly Bearの『Painted Ruins』だね。
– 「Palindromes」はHeavy Heartのアンナ・ヴィンセントからインスピレーションを得たと語っていますが、彼女のどのようなところからインスピレーションを得たのでしょうか?
「Palindromes」はアンナと僕の馴れ初めについての曲なんだ。彼女とは何年も親友で、僕がHeavy Heartでちょっとだけベースを弾いたこともあったんだけど、彼女がボーイフレンドと別れた後になって急接近したんだ。お互い予想外の展開だったし、そのときはまるで明晰夢でも見ているようだったな。何か記念になればと思ってそのすぐ後に書いたのがこの曲なんだ。彼女もこの出来事について何曲も書いているね。
– 今作の歌詞について様々なインスピレーションがあったかと思いますが、一番伝えたいことが書けた曲はありますか?
「Cat On Your Lap」は自分にとって本当に大切な曲だね。僕はウィスキーとミシャという2匹の猫を飼っているんだけど、猫は無邪気で、天真爛漫で、屈託がなくて、猫から教わることはたくさんあると思う。ロックダウンの間はじっくりウィスキーとミシャを観察できたよ。みんながもっと猫を見習えば世界はより良い場所になるんじゃないかな。
– 新しいレーベルUltimate Blendsを始めたそうですが、今後は自身以外のアーティストやバンドのリリースも考えられますか?
Ultimate Blendsは僕がプロデューサーとして、もしくは自分自身の音楽として取り組んでいるすべてのプロジェクトの本拠地にしようと計画しているんだ。幸運なことに僕がプロデュースをさせてもらってアンナが素晴らしいアルバムを作りあげたところだから、たぶんそれが次のリリースになるかな。それ以外については、これからのお楽しみということで…(笑)。
Max Bloom マックス・ブルーム『Pedestrian』
日本盤のみボーナストラック収録
リリース日:2021年06月23日
フォーマット:CD / DIGITAL
品番:KRSE29
レーベル : Kerosene Records