2026年にシンガーソングライターとしてCDデビュー10周年の節目を迎える岡山健二の、新連載シリーズ。
2025年7月上旬より不定期更新。
文:岡山健二
編集:清水千聖 (OTOTSU編集部)
「ヨレヨレのCBGB」
「そのTシャツはいつから着てるの?」
はすっぱな声で、角南なぎさは言った。
「うーん、大人になってから買い直したから、五、六年目かな」
浅草治郎は言った。猫背気味のこの青年は、ろくに人の顔も見ずに中空を捉えながら、話す癖がある。
「買い直したの?」
「そうだよ」
治郎は、なぎさのほうに、ようやく目を向けた。
「最初に買ったのは、十四歳の時だった」
「へぇ」
「パンクの好きな先輩たちとつるんでたら、自分もそのうちかぶれちゃって、それで、そのうち、先輩たちが大阪にパンクバンドのライブを見に行くというから、俺も連れて行ってもらって」
治郎は、足を組みかえながら、話しを続けた。
「とても、うす暗いライブハウスだったなぁ。野球チームみたいな名前の店で。俺たちが観に行ったのは、『空母』というバンドなんだけど、なんでも、そのバンドのリハーサル、あ、本番ではなくて、会場がオープンする前に、バンドが音出ししたりするやつね」
「うん、わかるよ」
「空母のリハーサルを観たら、しばかれるという話を聞いてたからさ」
「いくらなんでも、そんなひどい話はないでしょ」
なぎさの飲んでいるグラスの氷が揺れた。
「いやぁ、でも、ずいぶん古い時代の話だし、バンドって今より、ずっとこわい存在だったんだよね」
「そんなライブ、絶対行きたくない」
低く唸るような換気扇の音が続いている。
「まあ、そう思うよな。でも、当時って、そういう感じでも、怖いものみたさで観に行ったりしていたんだよ」
「そっか、それで、そこの物販で買ったりしたってわけね」
「あ、Tシャツの話だったね」
「そうだよ」
「このTシャツは、その店や、バンドとは全然関係なくて、まあ、でも、ライブハウスという点で言えば同じか。このCBGBと書かれているTシャツは、実はニューヨークにあったライブハウスの名前で」
「あったってことはもうないんだ」
「そうなんだよ」
二人は、町外れの、しなびた中華料理屋の、四人がけテーブルに向かい合って、会話していた。
店の名前は『味神岸』といって、この地域一帯に、何軒かのチェーン展開しているのだが「MISHINGAN」と、ローマ字表記で書かれている看板の一つ目の「I」の部分に、誰かがいたずらに太いマジックペンで、斜め四十五度くらいの線を一本引き、さらに、それらをつなぐように、間にもう一本線を付け足し、無理矢理「A」と改良した結果「MASHINGAN」となり、本来なら「ミシンガン」と読むところを「マシンガン」となってしまっているのだった。
しかし、初老の中国人店主は、そんなことを気にする素振りなど、一切見せずに、そのまま何年も放置している様子だった。
「それで、ライブの前だか後だかに、街中の栄えてる辺りに繰り出して、先輩が前に行ったことのあるというパンクショップに連れて行ってもらったんだ」
「そこで買ったってわけね」
「の、はずなんだけど、記憶が曖昧で」
「はぁ」
「あ、でも待てよ。それより、ちょっと前に先輩からCBGBのロンTを売ってもらったような、いや、違うか、それはザ・クラッシュの無線衝突だったか」
「何だか立て込んでるね」
「うん、あ、で、せっかくのロンTを、タンクトップみたいに切っちゃったんだよね」
「えー、なんで」
「うん、パンクかなと思って」
「ほんと、わかんない」
薄暗い店内は、客足もまばらで、隣りの席の五十代くらいかと思われる、若干くたびれた感じの、夫婦かと思われる男女は、押し黙ったまま、各々の箸を動かしたり、つまらなさそうに、飲みかけのビールグラスを傾けたりしていた。
「同級生に、ギターを弾いてるやつがいて、そいつに買ってきてくれと頼まれたんだよ」
「CBGBを?」
「そう」
「もう名前覚えちゃったよ」
「うん、それで、実際、そいつの分を買ってあげたと思うんだ」
「思う?」
「あぁ、買った記憶はないけど、そいつに手渡してる光景は、なんとなく覚えてて」
「はぁ」
「あと、そうだ、その頃の映像を、仲間がビデオで撮ってたんだけど、そこで、俺はCBGBを着ていたんだ」
「この際、最後まで聞きますよ」
「ありがとう。で、そこで着ているということは、買ったということだと思うんだけど、いまいち確証が取れないんだよね」
「べつにいいじゃん、そんなこと」
そう言って、なぎさはテーブルの上の呼び出しボタンを押した。やがて、やってきた女性店員に、ノンアルコールの梅酒を頼んだのだった。
「飲み方は?」
「ロックで」
と、いたって、事務的なやり取りが、女性同士の間に交されていた。
治郎は、それはもはや、ただの梅ジュースなんじゃないのか、と言おうとしたのだが、それについては口にしない方が先決かと思い、何も言わずにおいた。
そして、続けた。
「『マシンガン・エチケット』というアルバムを、イギリスのパンクバンドのザ・ダムドが発表したんだけど、日本の大学生バンドのメンバーの一人が、そのアルバムのタイトルを間違えて読み上げちゃったんだって。でも、それを聞いてた他のメンバーが、その名前カッコイイね、となり、それをバンド名にしたらしいんだ。それで、そのバンドは、後々、有名になるんだけど。そのバンドのドラマーが、灰色のCBGBを着ていたんだよ」
「横文字ばっかりだね」
「CBGBはね、普通はね、黒か白なんだよ」
「ふーん」
「確かに、灰色は斬新だなと思ったんだよね、それで、俺も、また大阪に行った時に買ってみた」
「うん」
「それは、けっこう着た記憶があるんだけど、いかんせん、ペラペラで、わりとすぐダメになっちゃって」
「・・・」
「そこから、俺は大学で東京に行くんだけど、気付いたら、黒いCBGBを持っていたんだよね」
「へぇ」
「そのTシャツが、どうやって自分の家に、紛れ込んできたのか、経緯が全くつかめなくて、でも、俺はそれを、十年以上、着続けたんだよね」
「長いね」
「うん」
店の外は、近くに高速道路が通っている関係で、道もわりと大きい。そのため、大型トラックなどの長距離ドライバーたちも、この店をよく利用している。先ほども、ドライバーであろう屈強な男が、店に入ってきていた。
「CBGBというのはね、ニューヨークのパンクバンドが、こぞって出演していたライブハウスで、ラモーンズや、トーキング・ヘッズ、パティ・スミスなんかも、ずっと活動していたらしい」
「へぇ、そうなんだ」
「だけどね、元々は、そういったバンドが出るために、始まったお店じゃないみたいなんだ」
「ほう」
「俺も最近知ったんだけど、CはカントリーのC、BGはブルーグラスのBG、BはブルースのBらしくって、それらは、アメリカのルーツ・ミュージックだから、それに根ざしたお店にするつもりだったんだろうね」
「へぇ、でも、そこに集ったのはパンクバンドたちだったんだね」
「うん、不思議だよね」
厨房のほうでは、客の誰かが頼んだメニューを、店員が中国語で、店主に伝え、店主も、表情の読み取りづらい声色で持って、それを復唱していた。
「それで、あなたはどこかのタイミングで、Tシャツを買い替えた」
威勢よく皿やコップを洗う音が聞こえる。
「うん、そうなんだけど、元々、着ていたCBGBを、どのタイミングで手放してしまったのか、全然覚えてないんだ」
「そっか」
「大事なものだったはずなんだけど、何でだろう。あと、何でかはわからないんだけど、ペンキみたいな匂いが染み付いちゃってて」
「えー、やだね」
「まぁ、そうなんだけど、べつにいやな匂いというわけでもなかったんだよ」
「・・・」
「いつだか、街中で、スナップ写真を撮ってもらったことがあって、その時に着ていたのが、そのTシャツだったんだ。それで、後になって、その写真を送ってもらったんだけど、何か自分としては、けっこう良く撮れてるなと思ったんだ」
「へぇ」
「写真を撮られるのって、昔から苦手で、どんな顔したらいいか、わからないんだよな。でも、その写真の俺は、何か毎朝、鏡で見かける自分の顔をしていて、きっと撮ってくれた人が、上手だったっていうこともあるんだろうけど、多分、CBGBを着ていたことも良かったんだと思うんだ。自分にとっては、あの服を着ているということは、ずいぶんと長い間、自然なことの一つだったんだよ」
「なるほど」
「周りを見ると、みんな物欲に踊らされてて、まあ、俺もそうなんだけど。でも、実際、好きなもの、とか、大事なものは必要なんだよ。自然にいるために、かは、わからないけど」
すると、なぎさは、突然歌い出した。
「♪僕にとっての君みたいな〜」
「こんな歌、あったよね」
「うん、あった」
なぎさのハミングは、音程がしっかりしているのだけど、鼻歌にしては、音量が大きく、普通に、店内に響き渡るくらいの勢いだ。そのくせ、カラオケなどは、行きたがらないので、自信があるのか、ないのか、つかめないところがある。自信とか、そういう問題でも、ないのかもしれないが。
「まあ、念のため、言っておくと、君はものじゃないですし。でも、自然というか、素は出せるね」
「・・・」
「そんな風に、しちめんどくさい言い回しばかりせずに、もっと、素直に、私に感謝したほうがいいと思うよ」
「なるほど、、たしかに」
「そういうところだよ」
「そういうところですか」
「はい、そういうところですよ」
厨房からは、中華包丁で、野菜を細かく刻むような音が聞こえてきていた。
「にしても、きょうの料理は、いつにも増して辛かったね」
「そうね、辛かった」
「べつに辛さを求めて、やってきてるわけじゃないんだけどなぁ」
「ほんと、日によって違いすぎる」
「ぼちぼち出ますか」
「そうね」
会計を済ませ、二人は、店の外に出た。例えば、観る前と観た後では、世界が変わって見える、というのが、いい映画だという話もあるが、この時は、もちろん、何かが変わったと思えることなど、これっぽっちもなく、いつもと同じ、くたびれた町外れの空気のみが、そこかしこに漂っているのだった。
自分は、こんなことを繰り返しながら、いずれ死んでいくのだろうなということを、田舎なのに何故か、二軒並んでいる、コンビニを横目に、考えながら、治郎は、大きく息を吸って、こう呟いたのだった。
「それで、買い直したCBGBが、これまた、ペラペラで」
「えー、まだ続くの?」
はすっぱな声で、なぎさは言った。
* * * * * *
目次
前書き
2025.06.30 公開

第一回「幻のテープ」
2025.07.07 公開
第二回「ヨレヨレのCBGB」
2025.08 公開予定
第三回「窓を開ければ」
順次公開予定
RELEASE INFORMATION
Hasta La Vista
classicus
2025.07.23 Release
second hand LABEL
Price: 2,500yen (tax in)
Format: CD / Digital
Catalog No: SHLT2
Track List
01 フェルメールの肖像 (free coffee ver.)
02 君の家まで (another motif ver.)
03 ブルーバード
04 Hasta La Vista
05 yokomitsu park
06 みえない
07 土曜の夜
08 ナイト・ドライブ


ZERO #1 : ZERO #2
classicus
2024.10.14 Release
second hand LABEL
Price: 2,500yen (tax in)
Format: CASSETTE / Digital
Catalog No: SHLT1
Track List
Side A 「ZERO #1」
01 真夜中
02 sea you
03 車輪の下で
04 ひらめき きらめき
05 恋の伝説
06 コチニール
Side B 「ZERO #2」
01 ホタル
02 シネマのベンチ
03 デッドストックのペイズリー
04 盟友
05 夜のプール
06 グッドナイト
The Unforgettable Flame (CD&LP)
岡山健二
CD 2023.08.02 Release
LP 2024.03.20 Release
monchént records
Price:
CD 2,200 yen (tax in)
LP 4,500 yen (tax in)
★ブックレットに書き下ろしライナーノーツ掲載
★ディスクユニオン&DIW stores予約特典:
オリジナル帯
Track List
Side A.
01. intro
02. 海辺で
03. 名もなき旅
Side B.
01. あのビーチの向こうに空が広がってる
02. 軒下
03. 永遠
04. My Darling

LIVE INFORMATION
・岡山健二、中川昌利、有島コレスケの3名による東名阪ツアー
「アキ・ソングスマキ」
9/19 (金)名古屋 KDハポン
9/21 (日)梅田 HARD RAIN
10/3 (金)下北沢 演家 -SHITORAYA-
10/30 (木) 新高円寺 STAX FRED
・classicus
11/18 (火)都内 イベント予定 (詳細後日)
ARTIST PROFILE

1986年三重県生まれ。12歳でドラムを始め、のちにギターとピアノで作曲を開始。19歳の時に上京し、2011年にandymoriでデビュー。2014年、同バンドの解散後は、自身のバンドclassicus(クラシクス)を結成し、音源を発表。
現在は、ソロ、classicusと並行し、銀杏BOYZ 、豊田道倫 & His Band!ではドラマーとして活動している。
【Official SNS】
岡山健二 Official SNS / リリース一覧
https://monchent.lnk.to/kenjiokayama
classicus
Web Site
https://www.classicus.tokyo/
YouTube
https://www.youtube.com/@classicusofficialchannel186