ボーカル&ラッパーのMASSANと、bohemianvoodooのギタリスト・BASHIRYによるユニット、MASSAN×BASHIRY。彼らが2021年12月8日に、3rdフルアルバム『birth』をリリースした。2020年以降にリリースされたデジタルシングル4曲に新曲を加えた全9曲は、1MC&1ギタースタイルを基盤に豪華ゲスト演奏陣を迎え、楽曲それぞれの持つ世界やMASSANのまっすぐな「生きること」への哲学をより深く描いている。今回はそのリリースを記念して、今作の1曲目「羅針盤」に客演参加しているMummy-Dとの対談を敢行。マスバシにとって初のフィーチャリングアーティストであり、MASSANとは20年来の仲である彼を交えて、これまでのマスバシの歩みと『birth』を紐解いていった。
取材・文 : 沖さやこ
編集:山口隆弘(OTOTSU編集部担当)
――みなさんはいつからのご縁なのでしょう?
Mummy-Dさんと僕が知り合ったのは20年くらい前ですね。上京して初めてレギュラーをいただいた三宿webのマンスリーイベント「Two,Three,Breaks!」に、DさんがDJで参加していたんです。当時僕は21、2くらいで、Dさんに何回も「三十路の俺におごらす気か~!」と言われましたね(笑)。
意味わかんねえ! 三十路ならおごれよ!(笑)
すごく気のいい、なんでも教えてくれる先輩で。ライブも観てくれていたし、社交場での立ち振る舞いも学ばせてもらいました。MASSAN×BASHIRYとして活動を開始したのと同時期に、そのイベントが一夜限りの復活をして。それが2014年でした。バシリーがDさんと会ったのはその時が初めてでしたね。
マッサンは楽器と絡んで活動していくことが多かったけど、がっちりユニットを組むところまでいってなかったから、マスバシの結成を聞いて「気の合ういい相棒を見つけたんだな」と思いましたね。それでマスバシ主催のライブを代官山LOOPに観に行って。かっこよかったんで友達にも「観に行こうよ」と声掛けましたね。マッサンがお客さんからお題をもらってその場で歌うっていうフリースタイルをしていて、すごいハッピーな空間だったんです。
――その流れもあって、RHYMESTER主催の「人間交差点2019」にオープニングアクトとしてのご出演が決定したのでしょうか?
オファーを受ける少し前に、僕らがDさんに飲みに誘ってもらったんです。そこでためになる話をたくさん聞かせていただいて、いい日だったなあと思っていたところにRHYMESTERのマネージャーさんから「人間交差点」のオファーの連絡が来て……びっくりしたしうれしくて電話越しに泣いちゃいました(笑)。いいライブをしなきゃいけないなと思いましたね。
僕はその飲みの席で、初めてDさんとちゃんとお酒を飲みながら話したんですよね。「息子がギター始めたんだけど何弾かせたらいいと思う?」と相談されたのをよく覚えてます。僕が提案した曲を却下されて、チョイスをミスったなと(笑)。
バシリーはギターを始めてまずベンチャーズをコピーしたらしくて、「なんでその年齢でベンチャーズなの!?」って言った覚えがある(笑)。
――20年来の付き合いであるMASSANさんとMummy-Dさんの、初めてアーティスト同士での正式な共演が「人間交差点2019」だったということですよね。
そうですね。マッサンと出会って20年くらい経って、6年くらい一緒にイベントをやって、そのあともマッサンの曲も聴いていて――フックアップと言うとおこがましいけど、実力あってセンスもめちゃくちゃいいのになかなか世界が広がっていかない様子を見ていたから歯がゆさもあったし、一緒に曲を作ったりライブに出たりしていないことが心のどこかで引っかかってもいて。どこかで協力したいと思ってたんだよね。それでマスバシのライブを観て「なかなかない組み合わせのユニットだし、これはみんなに観てもらいたい」と思って声を掛けたんです。
お台場の野外で満員のお客さんを見ていたら、Dさんと出会った時のことから、その時に出会った人たちのことが蘇ってきて……いろんなことを考えながらライブができましたね。
僕らはトップバッターだから入り時間が早いんですけど、僕らと同じ頃にDさんが会場に入って。「おはよ!」と声を掛けてくれたDさんの右手には缶ビールがあって、めちゃくちゃかっけえ!ってなりましたね。
なんかさっきからバシリーの話す俺のエピソード良くないな~! もっと俺がいい感じに見える話があるだろ!(笑)
彼はリスペクトの観点が個性的なので(笑)。
ストレートないい話はマッサンがたくさん持ってるんで、俺はインパクト担当でいこうかと(笑)。「この人はイベントの最初の入り時間には来て、最初から飲んで、最後までぶっちぎってステージを締めくくるんだ」と思って、めちゃくちゃ気合い入りました。
こう見えて結構緊張しいだったりするからさ(笑)。自分で自分を盛り上げるためのアサヒでしたね。
――MASSAN×BASHIRYの最新アルバム『birth』にも収録されている「羅針盤 feat. Mummy-D」が実現したのは、「人間交差点2019」が後押しになったのでしょうか。
そうですね。『birth』の曲はサポートメンバーとの制作も増えて、音が肉厚になったのもあって、「今回のアルバムは1曲でいいから誰かと一緒にやりたい」という気持ちが強くなって。マスバシにとって最初のフィーチャリングゲストを考えたら、Dさん一択だったんです。
マッサンからそう打診されたので、僕も「それならお願いしてみたら?」と言って。
それでDさんに曲のイメージを渡して、いい反応をいただけたんです。そのあと正式にオファーしましたね。Dさんはバシリーと出会う前から知り合いで、青森にいた時からリスペクトしていたし、「人間交差点2019」を経てちょっと距離が縮まったかなとも思ったし、20年以上越しに、そんな先輩とマイクを交わしてみたいと思ったんです。
何曲か聴かせてもらって、俺が選んだのが「羅針盤」の原型ですね。ギターだけしか入ってなかったんだけどグルーヴィーで渋い曲だと思った。ギターのコード感もすごくバシリーっぽいし。
この曲はもともとDさんが選びそうだなと思ってました(笑)。「Dさんがラップをしたらこういう譜割りになるだろうな」と歌っている雰囲気がある程度想像できたのがこの曲だったんですよね。
そこからトラックをブラッシュアップしたのが音源のアレンジですね。歌詞に合わせてどんな音を作っていくかを考えるのはすごく楽しいんです。
――歌詞にはおふたりの生き様やこれまで歩んできた道のりが描かれている印象がありましたが、この方向性に至るまでにはどんな背景が?
上京してから20年以上経って、リスペクトしているDさんとも早い段階から会えて、いろいろと振り返るなかであらためて「自分のことを信じ直してみよう」と思ったんです。今まで得てきたもの、生きてきた時間が僕らのコンパスになっていることを実感できた。Dさんは僕の最初のきっかけをくれた先輩でもあるし、その先輩と一緒に「俺らのやってきたことは間違ってないんだ」と言うことで、歌詞にも説得力が生まれるし、見てきた仲間も「おっ!」と思ってくれると思ったんです。僕らに関わるみんながぐっとくる曲にしたかったんですよね。
マッサンのことはずっと見ているし、苦労や悔しい思いもいっぱいしていることもわかっているから、俺なりにそれを落とし込みたい気持ちがあって。バシリーも音楽を辞めようとしていた時期があって、俺も順調に見えるかもしれないけど、悩みながら、凹みまくりながら曲を作っているところもあるから。順風の時もあれば逆風が吹く時もある――そんな3人の珍道中をグルーヴィーに落とし込もうと思っていましたね。
――歌詞の制作はどのように進みましたか?
LINEで送り合って作りました。僕が送った歌詞に対して、Dさんが「それいいじゃん。じゃあ俺はこれかな」みたいな感じで返してくれて、そのラリーで出来上がったんです。Dさんがどんなフロウでくるのかまったくわからないままレコーディングに入って。歌詞を読んでいるだけでも、敢えてお互いの答え合わせをしなくてもかっこいいものになるだろうなという予感があったんです。
アレンジをするうえである程度どんな感じになるのか知っておきたくて、マッサンにDさんの歌詞の部分を仮歌として入れてもらったんですけど、当日のDさんの歌ったものは全然違って……もう衝撃的で!(笑)。それが面白くてマッサンとハイタッチしました(笑)。
譜割りってその人特有のものがあるからね。ブレスの位置で全然変わるし。ラップの場合は特に同じにならないんですよ。特にフィーチャリングだと「ここでブレスするの!? ないない!」ってことが多くて、それが面白いんだよね。
レコーディングもDさんにアドバイスをもらって、微調整ですんなり終わりましたね。Dさんの歌詞は誰が聞いても意味が理解できて、それを乙なリズムで届けられる。着地する場所もオイシイし、いつもにやにやしちゃうんです。それを高校生の頃から聴いているから、自分のなかにDさんのテイストが根付いているというか。そのうえで一緒に歌えるのは面白かったですね。
マッサンは歌詞のなかにDさんオマージュを入れてるんだよね?
そうそう。掛け合いのところの《身振り手振りで 得た感覚が 計画してた夢と繋がんだ》は、実はRHYMESTERの「リスペクト」のDさんのバースの《あの頃見た夢みたいな計画》をサンプリングして、「僕も同じことをやりたいと思ってます」という思いを忍ばせました。Dさん気付いてない振りしてくれてるのかな~と思いつつ。
全然気付いてないね。
あははは! マッサンは「Dさん気付いてくれるかな……!」ってどきどきしてましたよ(笑)。
「計画」だけじゃわかんないって! 普通の単語だもん、もうちょっと匂わせてよ!(笑)。
あははは、そんなヒップホップお遊びも入れられましたね。Dさんの相方であるRHYMESTERの宇多丸さんにも「俺が嫉妬するくらいめっちゃいい掛け合いだったよ。早いとこちゃんとライブでやってよ!」と言ってもらって、めちゃくちゃアガりました。
「羅針盤」はぐいぐいな曲調で正解だったなとアルバムを聴いて思いましたね。メロウな曲も多いから。
アルバムは意味としても「羅針盤」で始めたかったし、最初に景気よくガツンといきたくて。しみったれた雰囲気にはしたくないから、「羅針盤」からじょじょにクールにしていくイメージで作っていきましたね。
――Mummy-Dさんは『birth』にどんな印象を持たれていますか?
ゴージャスになったなと思いましたね。アレンジもかっこよくなったし、クオリティがアップしている。マッサンはブルースマンみたいな歌い方をしてきたね。
歳取ったっすかねえ……?
いい感じにね! 声にすっげえいろんな表情が出てきたと思うよ。マッサンはリズムがすごく正確で、直しなんて全然要らない。それはラッパーとしてすごいなと思った。俺は頭で考えちゃうことがあるんだけど、マッサンはもともと持っているセンスで作れる人。耳もいいし、表現力もあるし、歌もうまい。特に6曲目の「シスルマデ」とか、すごくかっこいいと思ったな。結構ディープなサブジェクトだけど、歌も曲もかっけえからそんなに深刻にならずに聴けちゃうんだよね。ネクストレベルに行ったんじゃないかな。チェロもいい。
「シスルマデ」は歌詞の雰囲気もあって、今回初めてギターと弦楽器だけのシビアな感じにしてみましたね。MIO.Oさんにストリングスのアレンジを考えてもらって、いつもとまた違うことができたかなって。
9曲の並びもすごくいいよね。バラエティに富んでるし、確かにこのへんでこういう曲が聴きたいよね、と聴き手が思うツボを突いてる。デジタルシングルの寄せ集めではない、れっきとしたアルバムになっていると思いますね。マスバシは今回のアルバムですげえ成長してるし、このふたりならもっとクオリティが上げられるとも思うし、さらに新しいことに挑戦してまだまだ上を目指してほしい。クオリティを上げる、その先に必ず何かがある――俺らみたいな音楽をやってるやつらは、そう信じることが大事だよね。
そうですね。マッサンが「まだまだ言いたいことがあるから人生の折り返し地点を迎えてもラップが続けられる」と言っていて、なるほどと思ったんです。「先輩たちみたいにスキルを磨きながら言いたいことを吐き出している姿を俺らも目指したい」と言うので、そういうアルバムにしたくてタイトルを『birth』にしたんですよね。新たな僕らのスタートという意味でのbirthだし、さらにverseの意味も乗ってるし。歌い手の言いたいことを音で作れたかなと思っています。
そういう音をバシリーが作ってくれるから僕も「こういうことが歌いたい」、「この人と一緒にやりたい」というイメージが湧いてくるし、その新鮮な感覚があるうちは音楽を続けていけるだろうし、生きているうちは書くことが尽きることはないと思う。先輩たちの背中を追い続けながら音楽をやっていきたいですね。Dさんは譜割りの進化が止まらないんですよ。毎回「ええ……!? そこいっちゃう!?」とにやにやして聴いてます(笑)。
生活掛かってるから必死よ!(笑)。俺の手癖が伝家の宝刀だったら一生それだけで食えちゃうけど、そういうタイプではないから新しい何かを試していかないと間が持たなくなっちゃうもん。
やっぱりRHYMESTERは生きるレジェンド、キングオブステージなんです。ずっとステージに立っていてほしいですね。
たしかにね。俺は今51だけど、RHYMESTERが活動していくことで将来「70になってもラップやっていいんだ!」と思わせることができるから辞めらんないよね。そうじゃないと夢がない。「ジャズはジジイがやってても超かっけえ」とレジェンドのジャズマンが思わせたように、50代のヒップホップ、60代のヒップホップを見せていきたいね。頑張りますよ。
――宇多丸さんもおっしゃっていたとおり、ライブで「羅針盤」を聴ける日を楽しみにしています。
そうですね。ちゃんとマイクを持ってDさんと一緒にステージでライブをするのはそれが初めてになると思うので……泣くかもしれないですね。
曲調的に泣いたらおかしいでしょ(笑)。
たしかに(笑)。あと、自分で言うのもアレなんですけど、相性が良かったと思うのでまたDさんと共作したいです。1曲ステージでやるだけではもったいないし、2曲、3曲あればいっぱいライブできるなー……と。だからまたかっこいい曲ができたら送りつけちゃおうと思ってます(笑)。
あははは、全然いつでも。待ってます。
birth
MASSAN × BASHIRY
2021.12.08 RELEASE
ヴァイナルを巡る針から響いてくるような独特の肉声感と抜群のフロウで形成されたMassanのRAPと歌心。
砂まじりのザラつく弦の旋律と会場に漂わせる哀愁感を全身で掻き鳴らすBashiryのギター。
互いの才能に偶然にも気付き出逢ってしまった2人は各地で演奏を重ね、2016年にPlaywright より2nd アルバム「阿吽」をリリースするに至る。楽曲制作は自身のみならず“JT(日本たばこ産業株式会社)WEB ”“DUNLOPテレビ”などのCM、またアーティストへの楽曲提供も行っている。
2019年、RHYMESTER主催の「人間交差点2019」にO.Aとして出演。
2020年、配信シングル「Sakura Call」をリリース。
2021年、3月「Wonder」6月「羅針盤 feat. Mummy-D (RHYMESTER)」8月「シスルマデ」3作の配信シングルをリリース。
同年12月、上記配信シングルを収録した3rdフルアルバム「birth」リリース決定。
時や場所を選ばない2人よって放たれる無双なスタイルは、教科書にはない全く新しい「音楽のカタチ」を提唱する。
Web Site https://massanbashiry.net/
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Mummy-D(ライムスター)
1970年、横浜市生まれ。ラッパー、プロデューサー。ヒップホップ・グループ「ライムスター」のラッパー、サウンドプロデューサーであり、グループのクリエイティブ・ディレクターをつとめる司令塔。日本でヒップホップが一般的に認知されるはるか前の1989年、ヒップホップ・グループ「Rhymester(ライムスター)」を結成。「日本語でラップをすること」の可能性と方法論を模索し続け、今日に至るまでの日本のヒップホップ・シーンを開拓/牽引してきた。近年ではグループの精力的な活動の一方で、ドラマ、CM、舞台などに出演する役者、ナレーター業にも活動の場を広げて好評を得ている。
グループの近作に、2021年4月リリースのアルバム/映像作品、ライムスター『MTV Unplugged: RHYMESTER』、同年6月リリース、Eテレ・アニメ『宇宙なんちゃら こてつくん』主題歌、ライムスター「2000なんちゃら宇宙の旅」ほか。
ソロでも、2021年7月「東京2020NIPPONフェスティバル」にて、楽曲「とうほくの幸」(歌:石川さゆり/ラップ:Mummy-D)を制作、ライブ披露、同8月にNHKから発表された「東京2020パラリンピック応援ソング『Wonder ∞ Infinity』」では、参加ラッパーをコーディネイトし、自らもパラアスリート「べアトリーチェ・ビオ(イタリア代表・フェンシング金メダリスト)」を讃えるラップを披露するなど、活動が際立っている。
ライムスター Official Site: https://www.rhymester.jp/
ライムスター Official Twitter: @_RHYMESTER_
ライムスター Official Instagram: @RHYMESTER_OFFICIAL
Mummy-D Blog: https://starplayers.jp/rhymester-blog/