アラバスター・デプルームはサックス奏者、シンガー、詩人であり、アレンジャーであり、人々を繋げる才能に長け、UKジャズ・シーンのハブ的な存在にもなっている。その表現者としての特別なスタンスは、新作『GOLD』を聴くとよくわかる。サンズ・オブ・ケメットのトム・スキナーやザ・コメット・イズ・カミングのダナローグ、ピアニストのマシュー・ボーンやドラマーのサラシー・コルワルなど、ざまざまなミュージシャンを招いて独自のレコーディング方法で制作された。
愛すべきキャラクターの持ち主で、障害者の自立を支援する慈善団体で音楽を使ったケアを数年担当していたこともある。『GOLD』をBest New Musicに選出したPitchforkは、デプルームを「何よりもあなた自身に対してもっと親切に、優しく、そして自尊心を持って接してほしいと思っている人物」と評した。
「ロンドンで最も重要な音楽と文化の中心地」と言われ、UKジャズの発信地の一つでもあるトータル・リフレッシュメント・センターから生まれた『GOLD』と、デプルームのこれまでの歩みについて詳しく話を訊いた。彼が初めてロサンゼルスを訪れ、カルロス・ニーニョらとライヴ・パフォーマンスを行った際に、このインタビューは実現した。
インタビュー・構成:原 雅明
インタビュー・通訳:バルーチャ・ハシム
編集:三河 真一朗(OTOTSU 編集担当)
—— アラバスター・デプルームという名義の由来は?
Alabaster DePlume(アラバスター・デプルーム)– 自分で思いついた名前ではないんだ。マンチェスターである夜、僕はちょっと変わった服を着て道を歩いてた。その時に、誰かの車がスピードを上げ、すごい音を出しながら通り過ぎたんだ。運転していた男は窓を開けて、僕を見て何かを叫んだ。早口で言ってたけど、彼の口から発した言葉が「アラバスター・デプルーム」と聞こえたんだ。
—— 本当ですか?
マジだよ(笑)。それで、僕はそれを激励の言葉として受け止めて、名前として使うことにしたんだ(笑)。僕の本名は、ガス・フェアベーン(Gus Fairbairn)。スコットランドの名前。
——あなたの音楽を知ったのは『To Cy & Lee: Instrumentals Vol. 1』でした。これは過去の作品からコンパイルされたアルバムでしたね。このアルバムに至るまでの活動やバックグラウンドを教えて下さい。
僕は正式な音楽教育を受けていない。音楽をずっと好きでいたかったから、正式な音楽教育は受けたくなかったんだ。音楽教育に敬意はあるけどね。母親はフランス語の先生で、父親は科学を教えていたけど、なぜか楽器を持っていて、それを演奏するようになった。十代の頃はラウドで鋭利で変拍子を取り入れたロックを作っていた。トゥールに似ていたけど、もっとパンクっぽくて、スピードがある演奏だった。当時大好きだったバンドはメルト・バナナだよ。僕はボーカリストでシャウトもしていたけど、歌詞にもこだわっていた。でも、ライヴをやると誰も僕が何を言っているかわからなかった(笑)。そこで、ヴァースではギターの演奏をやめてみたけど、それでも歌詞は伝わらなかった。さらにベースをなくして、他の楽器の音も減らしたら、最終的に僕は音楽のないスポークンワードをやるようになっていた(笑)。
詩人になって、イギリス中を廻って、いろいろな場所でパフォーマンスをするようになった。誰も自分を聴いていない状況の中で、お客さんに伝わるようなパフォーマンスをして、彼らをこっちに向かせることに意義を感じたんだ。シアターだと、最初からお客さんはこっちに集中して聴いているけど、パブとかだと、自分の言葉でお客さんの注意を引くことができて、それが楽しかったね。2007年に、初めて安いサックスを入手して演奏するようになった。すごく静かな演奏を得意とするミュージシャンと組んで演奏してたけど、僕は彼らよりも静かに演奏することに挑戦したんだ(笑)。
—— なぜサックスを選んだのですか?
当時付き合っていた女性が、古い初期のロックンロールが好きで、そういう演奏をサックスでやりたかったんだ。サックスを入手してから、自分は通常の演奏とは違う演奏ができることがわかった。他のミュージシャンと演奏するようになった時、僕は静かに彼らの音の下にもぐりこむような演奏をするようになった。そこからサックスにのめり込んだんだ。
—— サックスは独学ですか?
最初はね。しばらくしてからはレッスンを受けるようになった。パターン、ジャズ・ハーモニーの基礎を教えてもらった。インドの古典バイオリン奏者からも何回かレッスンを受けた。その女性の先生はサックスの音が嫌いだったけどね(笑)。彼女はバイオリンで静かで制御された演奏を見せてくれて、僕はテナーサックスでそれを真似しようとした。彼女は、静かで、心を落ち着かせて楽器から出る音をコントロールすることを教えてくれた。
—— 『To Cy & Lee』にアジア的な要素も感じられましたが、インドの古典音楽も関係していますか?
あり得るけど、それはペンタトニックが土台にあるからじゃないかな。でも、ペンタトニックなメロディはイギリスの古い歌にも入っている。僕の両親が昔そういう歌をよく歌っていたり、ポール・ロブソンなどの古いシンガーを家族で聴いていた。それに、古いアイリッシュの音楽もペンタトニックなんだ。そういうところからの影響もあるかもしれない。
—— 『To Cy & Lee』にはジャズというにはゆったりとした時間が流れ、アンビエントのように空間も大切にされています。この音楽が生まれた背景を教えてください。
この作品を使った時は、学習障害のある二人の成人男性と演奏していた。彼らは生活するのに24時間のサポートを必要としていて、僕はサポートするチームメンバーの一人だった。その中で、彼らを落ち着かせるには、メロディが有効だとわかった。僕は彼らにメロディを歌ったり、サックスで演奏することがあった。『To Cy & Lee』の多くの楽曲のメロディは、この男性たちと関わっている時に思いついたものだ。
—— 一緒に演奏して、音楽でケアをしていたということですか?
そう、たくさんの人を呼んで、彼らがいろいろな人と演奏できるように僕がサポートをした。僕が今パフォーマンスでやっていることの多くは、当時の経験から学んだことが多い。
—— あなたの音楽性の形成に影響を与えた音楽を教えてください。
ヴラジミール・ヴィソツキーが大好きだよ。ソ連のボブ・ディランみたいな反体制のシンガーソングライターで、とても多作で影響力があった。人気がありすぎて、政府が彼を恐れていた。1980年に彼が亡くなった時、モスクワでオリンピックが開催されたんだけど、何千人もの人がオリンピックから帰って、ヴィソツキーのお葬式に参加したから、政府が大恥をかいたんだ。彼はガラガラのある意味ひどい声をしているんだけど、とても力強くて荘厳に歌っていて、彼のポエトリーが素晴らしいんだ。
—— サックスやジャズ関連ではどうですか?
たくさんジャズを聴いていた時期はあって、特にソニー・ロリンズ、あとジョン・コルトレーンもよく聴いていた。セロニアス・モンクが一番好きかな。モンクの“Japanese Folk Song(荒城の月)”のカバーが特に好きだ。とても美しい曲。日本の音楽も大好きだよ。若い頃は日本語も勉強していたし、日本映画も大好きだ。一つ思い出したけど、ジャズが好きになったきっかけは『Cowboy Bebop』だよ(笑)。ちょっと恥ずかしいよね。
—— そんなことはないですよ。
2000年代初頭にテレビで放送されていて、見まくっていた。CDがリリースされてなかったから、アニメの中で使用されたMP3をなんとか入手して聴いてたよ。
—— 『GOLD』は、『To Cy & Lee』とは印象が異なるアルバムでした。制作された経緯から教えてください。
『GOLD』は「勇気」と「愛」をテーマにした作品。だから、勇気と愛を込めながら制作した。現在における自分の音楽制作のメソッドの究極の形だよ。初めて自分のアイデアをここまで形にすることができた。初めてバジェットも用意してもらったから制作に没頭できたし、たくさんのミュージシャンに参加してもらうことができた。
このアルバムの中で繰り返し登場する詩が、”I have all I need for the glory of being. I recognize you and celebrate. I am brazen like a baby, like a stupid son, and I go forward in the courage of my love.”(自分の存在を輝かせるために必要なものは全て揃っている。あなたを受け入れ、祝杯をあげる。赤ん坊、愚かな息子のように私は厚かましく、勇気と愛を持って進む)なんだ。
—— 『GOLD』は歌にもフォーカスしていますね。特にアプローチしたかったことは何だったのでしょうか?
アルバムの大半は、僕が人を励ますために自分が発してきた言葉が土台になっている。「自分が大切であるということを忘れないでね」という言葉は、僕がよく人に言ってるんだ。「じゃあね」とみんなは別れ際に言うけど、僕は特別なことを言いたい性格なんだ(笑)。「じゃあね、自分が大切であるということを忘れないでね」と言う。特に『GOLD』で意識したのは、人の優しさ、人の価値だ。だから、『GOLD』というタイトルにした。人の価値は金と同じなんだよ。
—— レコーディングに参加しているメンバーを紹介してください。
たくさんのミュージシャンに参加してもらった。ドナ・トンプソンは、僕の人生を変えたシンガー。彼女は、逆境を乗り越えてきて、とても優雅で心優しい女性。ドラマー、シンガーでありながら、素晴らしいアーティストで、自身の作品も作っている。サウス・ロンドンの仲間だ。
サラシー・コルワルは、素晴らしいドラマーで強烈なスキルのある演奏家だ。彼はインド系だけど、インドの要素を取り入れながらもパンクの要素もあって、ユーモラスで独自のサウンドがある。
ベースのトム・ハーバートは、とても巧みなプレイヤーで、演奏の方向性をちょっとしたことで変えられる。まるで一本の羽を使って、軍艦を方向転換させるようなものだ(笑)。
ディープ・スロート・クワイヤーのシンガーも参加している。女性シンガーの合奏団でとてもクリエティブな集団だ。ファレ・ニオケというシンガーは、もともとバックボーカルとして参加したけど、インストの曲をレコーディングしている最中に突然歌詞入りでリードボーカルを歌い始めたんだ。彼は何かを正しくやろうとしたわけではなく、感じたままに歌ったわけで、それが素晴らしかった。それが“Again”という曲なんだ。
—— 1日ずつ異なるバンドメンバーでレコーディングをしたそうですが、その狙いを教えてください。
スタジオには毎日違うミュージシャンに来てもらったのは、一つは「正しい」という概念を破壊するためだった。違うメンバーが次の日に来るということをわかっていれば、正しく演奏しようという考え方がなくなる。正しく演奏することよりも、毎日新しいミュージシャンたちと演奏を楽しもう、という考え方にシフトするんだ。だから、同じ曲を毎日違うメンバーでレコーディングしたんだ。レコーディング時にはクリックを使った。そうすることで、複数のバンドによる同じ曲の演奏が全て同期されて、編集時に好きなパーツを選ぶことができる。
それぞれのバンドは、僕の指示通りに演奏したわけではなく、彼らの好きなように演奏している。間違いも入っているかもしれないけど、それが実は必要な音だったりもする。
—— 異なるメンバーで同じ曲を演奏して、あとで各レコーディングからあなたが好きな箇所を切り貼りしたわけですか?
その通り。このアプローチは大好きなんだ。ミュージシャンが楽しむことに没頭することで、余計なことを考えないようにしたかった。レコーディングを終えて、「今のテイク大丈夫だった?」と心配したり、「またやり直さなきゃ」みたいな考え方をしないように、とにかく楽しむようにした。2週間レコーディング・セッションを続けて、その間に一度もそれを聴き返さなかった。その時点で17時間半のレコーディングした素材が貯まっていたよ(笑)。曲をみんなで演奏してから、即興演奏もやった。クリックトラックはフットペダルでコントロールできるようにしてあって、即興演奏をしても途中からクリックトラックを聞こえるようにして、ある方向にみんなを先導するんだ。
—— 先日見たアウトドア・ライヴでは、カルロス・ニーニョらを中心とした8人のメンバーで演奏していました。あなたがメンバーにライヴ中に指示を出したり、他のメンバーが突然スポークン・ワードを始めたり、有機的に共鳴し合っている演奏でしたが、あれはすべて即興だったのでしょうか?
そうだよ。あのメンバーが揃って演奏するのは、あの日が初めてだった(笑)。毎回違うミュージシャンと演奏することが大好きなんだ。全く新しいミュージシャンと演奏すると、相手に準備をする時間を与えないわけだから、彼らは何かの後ろに隠れることができない。そうすると、彼らは心の内を露呈しなければならない。ミュージシャンが心の内を自分に見せるということは、僕は彼らのありのままの姿を愛さなければいけない。その側面を気に入っているんだ。
—— LAのコミュニティのミュージシャンと演奏をしてみてどうでしたか?
ありのままの自分を受け入れてもらえた、という実感があった。(International Anthemの)スコットから、LAのコミュニティはお互いのことを大切にするミュージシャンばかりだと聞いていたけど、LAに来てみて実際にそれを肌で感じることができた。自分が歓迎されていると感じたし、みんながお互いのことを大切にしていると思ったよ。
—— レコーディングに使ったトータル・リフレッシュメント・センター(TRC)と、あなたとの関わりについて教えてください。
僕はマンチェスター出身だけど、ロンドンで人生を白紙の状態から始めたいと思ったんだ。知り合いのミュージシャンも周りにいなかった。ある時、アルバム『Peach』のリリース・イベントをTRCでやることになったんだけど、そのライヴが成功して、オーディエンスから毎月ライヴを希望する声があって、一人では毎月はできないけど、他の人と一緒にであればできるかもと思った。それで、毎月『Peach』のライヴをやるようになった。毎回違うミュージシャンをブッキングしようと思ったから、毎回新しい演奏をやるしかない。そうすることで、新たなコミュニティのミュージシャンが参加するようになって、ロンドンの様々なエリアのミュージシャンと繋がりを持つようになった。彼らをTRCに連れてきて、いろいろなバックグラウンドのミュージシャンが共演するようになったから、人々を分断するのではなく、様々なタイプの人々を繋げることに貢献できたと思う。僕は、TRCの中に自分のスタジオスペースを持っているんだ。毎日そこに通っているよ。
—— レンタルしているということですか?
そう。この記事を読んだ人もぜひ遊びに来て欲しい。歓迎するよ。誰でもスペースを借りてレコーディングできる。ロンドンに来てスタジオを探していたとき、お金がなかったから、他の人とシェアをするしかなかったけど、そのうちの一人がTRCを見つけたんだ。いろいろな場所を訪れた中で、初めてTRCはお茶を出してくれたんだ(笑)。
それに、そこにいる人たちが純粋に楽しんでいるように見えた。他のスタジオは、ただ箱のような場所で、そこで仕事をして、帰宅するという状況だった。TRCでは、関わっている人たちが楽しんでいて、遊び心があったんだ。実は、International Anthemの連中と出会ったのもTRCだ。International Anthemのイベントが僕のライブとダブル・ブッキングされてたんだよ(笑)。
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—— TRCでのレコーディングは実際、どうやっているのですか?
クリスチャン・ロビンソン(キャピトルK)というエンジニアがいて、スタジオを運営している。素晴らしい人だよ。僕がミュージシャンたちと演奏しているときは、隣の部屋にいるクリスチャンがアナログテープにレコーディングしてくれた。彼がいいと思う瞬間をレコーディングしてくれて、僕らは演奏に集中できる。レックス・ブロンディンがTRC全体を運営して、大勢の仲間をまとめた。彼は優れたDJでもある。TRCのコミュニティは100%僕の人生を変えたよ。そこで、『To Cy & Lee』や『The Corner Of A Sphere』というアルバムもそこでレコーディングした。クリスチャンやザ・コメット・イズ・カミングのダナローグがプロデュースしてくれた。
—— ダナローグやトム・ハーバート、トム・スキナーなどUKのジャズ・シーンに関係するミュージシャンも参加していますが、ジャズ・シーンからの影響はありますか?
彼らジャズ・ミュージシャンは素晴らしい音楽を生み出しているし、影響されているよ。その多くはTRCに来ているし、彼らを見ていると、自分も頑張りたくなる。僕は、彼らのような偉大なミュージシャンの一員と呼べる資格を持っているとは思えないけど、彼らの音楽は大好きだし、素晴らしいサウンドだよ。僕の音楽をUKジャズと呼んでくれる人もいるけど、彼らのシーンから影響を受け、自分も頑張りたいという刺激をもらっている。
—— あなた自身は、ジャズという音楽をどう捉えてきましたか?
ジャズをどう定義づければいいかわからない。もっと賢くないと定義づけることはできないかな(笑)。音楽理論的に言えば、僕の音楽の方がシンプルだ。巧みなコードチェンジを取り入れているわけじゃないし、僕はジャズ・スタンダードを演奏できるわけじゃない。でも、それが本当のジャズの定義かもわからない。
—— 『GOLD』を制作は、あなたの今後の活動には変化をもたらすと思いますか?
ディープに反応してくれるリスナーが多いけど、僕は自分の裸の姿、本当の自分をこの作品で見せている。そこにみんなが反応しているんだと思う。これからもそのアプローチは続けたいし、このアルバムのメッセージと同じように、勇気と愛を持って進めていきたい。だから今年は、いろいろな国で新たなバンドを組んで、その現場にいる人たちのエモーションに反応しながら演奏したい。だから、一人か二人のミュージシャンと共に日本に行って、日本のミュージシャンとも演奏できたら嬉しいね。このアルバムの後にどのように発展していくかだけど、実は次の作品のレコーディングが始まっているんだ。LAに来る前に一つのレコーディング・セッションを行って、まだ音源は聴いていない。その作品の方向性は、作品自身に任せたい。
RELEASE INFORMATION
エキゾチックかつ、魔法のようにノスタルジックで個性的なサウンドに注目が集まる、ロンドンを拠点に活動 するコンポーザー、サックス奏者Alabaster DePlume(アラバスター・ デプルーム)。聴く者の背中を押す、 愛と創造性あふれるNEW ALBUM!!
Alabaster DePlume
『GOLD』
日本限定盤は、ボーナストラックを加えてハイレゾMQA対応仕様のCDでリリース。
CD/LP
品番:RINC85(CD)IARC0050LPC(LP)
レーベル : rings / International Anthem
OFFICIAL HP :