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「エモーションを喚起する作品でもあるし、サウンドトラックとして背景で流すこともできるんだ」Inc. No Worldのメンバーでもある、音楽家ダニエル・エイジドに訊く。— Daniel Aged『You Are Protected By Silent Love』インタビュー

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 インク(Inc.)を覚えているだろうか? アンドリューとダニエルのエイジド兄弟によるユニットは、4ADからリリースされたデビュー・アルバム『No World』のドリーミーでメロウかつクールなR&Bサウンドで一躍注目を集めた。スタジオ・ミュージシャン、ツアー・ミュージシャンとして華々しい活動をしてきた二人が、仕事の合間に作り上げた音楽だった。ポップな世界を向いているが、派手なポップスではなく、二人のパーソナルな世界を照らし出す音楽だった。あれから10年近くが経ち、ダニエル・エイジドはプロ・ミュージシャンとしてさまざまなアーティストとの演奏を続けながら、一人で自分の音楽制作にも取り組んできた。
 ソロ・アルバム『You Are Protected By Silent Love』は、その最新作だ。彼が「サブリミナル・ミュージック」というように潜在意識に働きかける、アンビエント/環境音楽であり、前作から取り組んできたペダル・スティール・ギター/カントリー・ミュージックを経たユニークで実に魅力的なサウンドだ。この音楽が作り上げられた背景、そして、これまでの経てきた歩みについても話をじっくり訊いた。

Daniel Aged『You Are Protected By Silent Love』 Interview
Interviewed by Masaaki Hara
Translated and Interviewed by Hashim Kotaro Bharoocha
Edited by Shinichiro Mikawa(OTOTSU)

インタビュー・構成:原 雅明
インタビュー・通訳:バルーチャ・ハシム
編集:三河 真一朗(OTOTSU)


アーティスト:Daniel Aged(ダニエル・エイジド)
​タイトル:You Are Protected By Silent Love(ユー・アー・プロテクテッド・バイ・サイレント・ラヴ)

発売日:2022/11/2
レーベル/品番:astrollage(ASGE45)​
フォーマット:CD / CD & T-shirts Limited Edition
ライナーノーツ:原 雅明
ボーナストラック追加収録
OFFICIAL HP : astrollage | Daniel Aged | YAPBSL (djfunnel.com)

—— 出身と音楽を始めたきっかけから教えてください。

ダニエル・エイジド(以下DA):カリフォルニア中央部のモントレー出身で、11歳か12歳の時にベースを始めたんだ。兄はギターを演奏していたから、一緒によく演奏していた。当時は今の音楽シーンと違って、生演奏のバンドが主流だった。グランジ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズなどが人気あった。ベーシストのフリーが好きだった。それでベースをやり始めたんだけど、長い道のりを経てここにいるんだ。これからも長く続きそうだよ。

—— 音楽的な家庭だったんですか?

DA:両親はミュージシャンではなかったね。でも音楽が好きで、父親がレコードをたくさん持っていて、少しフルート、ハーモニカを演奏することができて、ガレッジセールで買ったベースを持っていた。高校ではたくさん練習をして、自分でもいろいろ勉強した。その後、USC(南カリフォルニア大学)で2年間音楽を勉強した。アップライトベースを演奏して、ジャズを学んでいたんだ。

Daniel Aged

—— ジャズは大学から?

DA:高校生の時からジャズにのめり込んだ。僕が育った町でモントレー・ジャズ・フェスティバルが開催されていたから、ジャズは身近にあった。いいジャズのコンサートがよく開催されていたし、両親もジャズが好きだった。車を運転できる年齢になったら、週に3、4日はジャズ、ソウル、ゴスペルなどをいろいろな場所で演奏していたね。カジュアルなギグでジャズ・スタンダードとかを演奏していた。しばらくジャズにのめり込んでたよ。

—— 2年で大学を離れたのはなぜですか?

DA:在学中にラファエル・サディークのツアー・メンバーの話が舞い込んで、それで大学を離れることになったんだ。彼の音楽やアプローチは昔から大好きで、僕にとっては憧れの存在だった。僕はまだ21か22歳だったけど、ツアーに同行した方が大学より勉強になると思ったんだ。必要あれば、また大学に戻ればいいと思っていた。それであの年齢で、ラファエルからたくさんのことを学ぶことになった。

—— ラファエル・サディークはベーシストとしても有名ですよね。

DA:そう。彼の前で演奏するのは今でも緊張する(笑)。ラファエルは17歳の時にプリンスのバンドでベースを演奏していたからね。でも、そういうチャンレジがあったほうが僕は嬉しい。1日12時間から13時間リハーサルすることがあって、それによって自分の演奏も上達して、もっと早く演奏できるようになった。僕は常に向上したいから、高いレベルのミュージシャンに囲まれていたい。

Raphael Saadiq – Shalamar Tribute Medley (Live on AOL)
ベースは、ダニエル・エイジド。ギターは、ジョシュ・スミス。サックスには、カマシ・ワシントンも参加している。

—— 大学で学ぶより色々なことが学べそうですね。

DA:大学とは違うタイプの教育だったよ。大学では学べないことをいっぱい学んだ。よく僕はラファエルに、「音楽学校を始めたらいいのに」っていうんだ。ラファエルと彼の周りのミュージシャンは本当に音楽の知識が豊富だ。特にソウル・ミュージックの知識がすごいけど、それ以外のジャンルについてもみんな詳しい。コードのボイシングとか、どのミュージシャンが参加したとか、そういうことも詳しいね。学校で学ぶよりたくさんのことを学べたと思うけど、どっちも重要だと思う。

—— ラファエル・サディークから実際どんなことを学びました?

DA:ラファエルの演奏は、見ているだけで学ぶことが多かった。彼のバンドは、ある意味ジェームス・ブラウンやプリンスのバンドに似ていて、曲のアレンジがとても複雑で展開が多い。それに、ライヴ中にラファエルはいきなりヴァースをカットして、「ブリッジに行け」と合図を出したりするから、集中して演奏しないといけない。そして、他のミュージシャンと息が合っていないといけない。意識して演奏を聴くこと、そして集中力を保つこともラファエルから学んだね。

—— あなたの兄のアンドリューもラファエルのバンドのメンバーだったんですか?

DA:いや、当時、兄はロビン・シックのバンドでギターを演奏していた。

Andrew Aged Meets His Other Half (short ver.)

—— Youtubeでベースカバーを披露していますが、ジェームス・ジェマーソンの影響は大きいですか?

DA:ジェームス・ジェマーソンは間違いないね。ベイ・エリアのジョエル・スミスというゴスペルのベーシストが大好きなんだ。ラリー・グラハム、ブーツィー、ラファエル・サディーク、ジャコ・パストリアスのベースも大好きだね。

Daniel Agedの公式youtubeチャンネルには、カバー動画が公開されている。

—— あなたは、いろいろなアーティストと仕事をしてきました。特にフランク・オーシャンとは頻繁に仕事をしているようですね。

DA:彼のことは大好きだし、兄弟のような存在だ。曲をいくつかプロデュースしてて、”DHL”、 “Cayendo”、“Dear April”などを手がけた。彼はいい人だし、素晴らしいアーティストだね。

—— あなたは、日本でインクの活動でまず知られていますが、インクが結成された経緯を教えてください。

DA:2009年か2010年にインクを始めたんだけど、当時は他のアーティストのバンド・メンバーとして僕らはそれぞれツアーをしていた。ある時期から、自分もアーティストだということに気づいて、他のアーティストのツアー、セッションをやり続けることに限界を感じ始めていた。それで兄と僕は他のアーティストの仕事をして少しお金を貯金してあったから、二人のプロジェクトに専念することにした。

inc. no world – Living【MV】

—— インクのコンセプトはあったのでしょうか?

DA:常に変化しているプロジェクトなんだ。二人とも常に音楽的に変化している。このユニットはとても実験的で、音の冒険をしているような状態なんだ。ツアーで貯めたお金でドラム・マシン、シンセ、機材を買って、そこからプロダクションについて学んだ。自分の理想の音、聴いたことがない音を作ることを学べた。inc.の時期によって、ヴィジョンが徐々に変化していって、それを形にするようにしていった。

—— 実験的なR&Bという印象がありましたが、そういうサウンドを目指していたのでしょうか?

DA:あのサウンドは、僕らのありのままを表現していて、大好きな音楽的要素を取り入れていた。僕も兄も、子供の時からソウル、ブラック・ミュージックを演奏して育った。それに、実験的な思考を持っているから、それがいろいろな形で組み合わさったんだ。

—— インクは、LAで何らかのシーンに属していたという意識はありますか?

DA:特にないね。僕は個人的に、いろいろなシーンに関わっていたけど、一つのシーンに属していたという意識はないな。様々な音楽、アプローチに共感できるから、一つのシーンに特定できない。様々なコミュニティ、カルチャーに共感してくれる人がいんだ。でも、僕らを一番受け入れてくれたのは、クィアとブラックのコミュニティだったかな。

—— インクは解散してないんですか?

DA:正式に解散はしていない。兄はハワイに移住して、僕はいろいろなアーティストと仕事をするようになった。最後にリリースした作品(『As Light As Light』)は、自主リリースだったんだけど、結構大変だったね。今は、新しい曲を二人で作っているけどね。

—— あなたの最初のソロ・アルバム『Daniel Aged』はどのような意図を持って制作されたのでしょうか?

DA:あのアルバムは、自分にとっては挑戦だった。コンセプトがあったわけじゃないんだけど、なるべく自分らしいサウンドにしたいと思った。自分の内面を掘り下げて表現したんだ。独自のサウンドのある作品だったけど、何年か前にペダル・スティール・ギターを演奏するようになって、この楽器のサウンドや歴史にも影響されたと思う。自分一人で作品を丸ごと作ったらどんなものができるか、という実験でもあった。

2018年作『Daniel Aged / S.T』

—— ペダル・スティール・ギターを演奏するようになったのはハワイの影響ですか?

DA:いや、カントリー・ミュージックが好きになって、そこから演奏するようになったんだ。ペダル・スティール・ギターのサウンドが大好きになって、独学で演奏するようになった。今も勉強中だよ。カントリー・ミュージックでは、ジョージ・ジョーンズ、チャーリー・プライド、ウィリー・ネルソン、ジョージ・ストレイト、ドワイト・ヨアカムとかが好きだね。理由はわからないんだけど、なぜかカントリー・ミュージックが好きなんだよね。

—— あなたが長年演奏してきたソウルとは正反対の音楽ですね。

DA:だから好きなのかもしれない。カントリー・ミュージックは人種差別的だというイメージがあったんだけど、その歴史を知るようになって、ゴスペル、ブルースなどとつながりのある一つのアメリカン・ミュージックとして聴くようになった。

——『You Are Protected By Silent Love』はこれまでより、アンビエント色が強い作品に感じましたが、本作はどのような意図を持って制作されたのでしょうか?

DA:ある意味、サブリミナル・ミュージックを作りたかったんだ。そして、リニアな音楽でありながら、コラージュの要素を取り入れたかった。通常のコンポジションと違って、メロディやハーモニーを中心とする作曲方法で作りたくなかったんだ。あと、自由なサウンドにしたかった。そして、自分にとってメロディとは何か、ということを探求したかった。いろいろな好きなボーカリストはいるんだけど、自分の声は嫌いだし、歌のスキルがないから、メロディは楽器を通して表現したかった。アンビエントという単語はトリッキーで、つまらないアンビエントもたくさんあるし、主張がない音楽をただアンビエントと呼ぶ傾向がある(笑)。でも、アンビエントと呼ばれる音楽は大好きだし、特に日本のアンビエントは大好きだよ。ポップ・ミュージックのサウンドというのは、リスナーに特定の感情を強いていると思うことがある。でもこの作品は、リスナーが自分自身を投影できるような空間にしたかった。この作品は、BGMとして聴きながら、他の作業ができるし、集中しながら聴くこともできる。エモーションを喚起する作品でもあるし、サウンドトラックとして背景で流すこともできるんだ。

——日本のアンビエントとは、環境音楽のことですか?

DA:その通り。細野晴臣がMUJIのために作ったカセット音源(『花に水』)が大好きなんだ。ブライアン・イーノも大好きだよ。頭の中で、「プリンスがアンビエントを作ったらどうなるか?」っていうことを想像していた。もし、プリンスがアンビエントのアルバムを作ったら最高にクールだよね(笑)。

—— 制作で事前に意図していたことは、ありましたか?

DA:コラージュ的な作品にしたかった。通常組み合わせないようなテクスチャーを重ねてみたかったんだ。例えば、ペダル・スティール・ギターをFMシンセやフィールド・レコーディングと組み合わせてみたりした。だから、アルバムのアートワークの内側もコラージュにした。ゆったり展開する部分と、早く展開する部分を取り入れることで、脳のそれぞれ違うところを刺激したかった。曲によっては、あえて未完成なままにしているものもあって、スケッチのような曲もあるんだ。他のアーティストと仕事をするときは、長い年月をかけて、曲を何度も作り直して完成させることもある。でも、このアルバムでは、不完全なところを前面に出したかった。自分のソロ作品では、そういう表現をする場として捉えている。

—— 「不完全」を受け入れる姿勢は、日本のわびさびに通じるものがありますね。

DA:だから、日本のアートや音楽が好きなんだと思う。日本のアートや音楽には完璧主義的な部分もあるんだけど、自由と、すべてをありのまま受け入れる姿勢も感じるんだ。ヴィンセント・ギャロの音楽にも似たものを感じるよ。

—— ドラムとシンセサイザーで参加アーティストのクレジットがありますが、基本的には一人で作られたアルバムですか?

DA:レコーディングは一人でやった。ロックダウンの初期の時期にレコーディングしたから、一人でやるしかなかった。1曲、友人に自分のスタジオでシンセを演奏してもらって、別の1曲でクレイグ(・ウェインリブ)というドラマーに叩いてもらった。ニューヨークに住んでるから、彼に素材を送って、ドラムをレコーディングしてもらった。

—— マスタリングをバーニー・グランドマンに依頼した理由を教えてください。

DA:彼は伝説的なエンジニアで素晴らしいよ。誰がマスタリングに一番向いているか考えていたんだけど、通常は彼のような人がマスタリングするような作品ではないと思う(笑)。アルバムのサウンドは割と控えめだけど、マスタリングは反対に高音質にしてみたかったんだ。マスタリングについては、オルタナなアプローチではなく、ポップ・アルバムと同じような周波数にしてみたかった。バーニーは(マイケル・ジャクソンの)『Thriller』をマスタリングした人だから、彼のスタイルでマスタリングして欲しかったんだ。 彼はもう年配だから、今のうちに頼んでみたかった。

ヴァイナルのマスタリングとカッティングに関するバーニー・グランドマン |レッドブル・ミュージック・アカデミー

—— あなたはサム・ゲンデルやサム・ウィルクスの録音にも参加していますね。彼らとの関係を教えてください。

DA:サム・ゲンデルは長年知っているよ。彼はしばらくinc.のメンバーだったこともある。日本でライヴをやった時も、サムがバンド・メンバーだった。しばらくサムとはルームメイトだった。もう17’年前から友達だよ。サム・ウィルクスはサム・ゲンデルに紹介されて友達になったけど、サム・ウィルクスはベース仲間だね。

2022年6月大阪ユニバースでFRUE主催来日公演を行った、Sam Gendel & Sam Wikesの貴重なサウンドチェックが公開されている。

——『You Are Protected By Silent Love』は、サム・ゲンデルやブレイク・ミルズの音楽にも通じるものを感じましたが、彼らの音楽に共感するものはありますか?

DA:どうだろう。僕とサムは、長年一緒に制作したり、ライヴをやったり、お互いに影響を与えあってきた。だから、彼とは自然のつながりがあるし、共通点も多い。ブレイク・ミルズは何度か会ったことがあるけど、あまり彼のことは深くは知らないんだ。彼は素晴らしいミュージシャンだし、才能があるし、素晴らしい音楽を作っているけど、あまり彼の音楽を聴くことはないね。最近は彼らとクリエイトすることはあまりなくて、自分の世界の中でクリエイトしている感じなんだ。

2022年作『Sam Gendel / blueblue』

——『You Are Protected By Silent Love』について、日本のリスナーにメッセージはありますか?

DA:この作品を気に入ってもらえたら嬉しいよ。日本で演奏すると、いつもオーディエンスが敬意を持って聴いてくれて、音楽を深く聴いている印象を受ける。同じ言語を話せるわけでもないし、同じ文化で育ってもないんだけど、音楽という共通言語を通してコミュニケーションを取れるのは素敵だと思う。音楽とアートのそういうところが素晴らしいと思うし、言語、文化を超越しているんだ。そういう意味で、日本のリスナーには何も説明しなくても、この作品は理解してくれると思う。もっと作品をリリースして、日本でライヴをやりたいね。

RELEASE INFORMATION

UK名門レーベル<4AD>からリリースし、Frank OceanやFKA twigsの作品にも参加するInc. No Worldのメンバー、Daniel Agedによる2021年作のアルバムがボーナストラックを加えて、待望のCD化!! Sam Gendel & Sam Wilkesも信頼する、注目のベースプレイヤーによるクリエイティビティ溢れる名盤。


アーティスト:Daniel Aged(ダニエル・エイジド)
​タイトル:You Are Protected By Silent Love(ユー・アー・プロテクテッド・バイ・サイレント・ラヴ)

発売日:2022/11/2
レーベル/品番:astrollage(ASGE45)​
フォーマット:CD / CD & T-shirts Limited Edition
ライナーノーツ:原 雅明
OFFICIAL HP : astrollage | Daniel Aged | YAPBSL (djfunnel.com)

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