ジャズ・トランペット/フルート奏者で、プロデューサーでもある島裕介。近年はメンバーを固定させたバンド形態で精力的にライブを続けるSilent Jazz Caseのリーダーでもあるが、その島が「トラックメイカーとしてのサウンド作り」に焦点を当てた新プロジェクト、Wind Loop Caseをスタートさせ、同プロジェクトとしての初アルバム『Wind Loop Case 1』を配信リリースした。現Silent Jazz Caseのメンバー3人も参加したアルバムだが、ではSilent Jazz CaseとWind Loop Caseは何がどう違い、島は何故この新プロジェクトを始動させなくてはならなかったのか。そのあたりの話を聞いた。
取材・文:内本順一
―資料によれば、Wind Loop Caseは「トラックメイカーとしてのサウンド作りに焦点を当てた新プロジェクト」ということで。
そうです。Silent Jazz Caseでもトラックから作っている曲がいくつかありましたけど、そういう作り方をもっと積極的にやってみようと。きっかけはコロナ禍でした。外に出られない時期に、家でトラック作りの面白さに目覚めたというか。もともとデスクワークとか、家にこもってする作業が好きなんですよ。で、合法的に使えるサンプリングのサイトがあるんですけど、それを知って使いこなせるようにもなったので、半ば趣味的にトラックを作っていって。誰かしら聴いてくれればいいかなぐらいの感じで作り始めたんですけどね。
―遊びの延長的な。
本当にそうです。遊びだったし、Silent Jazz Caseのデモトラック的な感じでもあった。今回のレコーディングも結局Silent Jazz Caseのメンバーに手伝ってもらっていますからね。アルバムタイトルは『Wind Loop Case 1』ですけど、裏タイトルは『Silent Jazz Case 4.5』。2年前に『Silent Jazz Case 4』を出したので、本来なら次は『Silent Jazz Case 5』なんですが、その前段階の4.5。ジャズというよりはローファイ・ヒップホップを意識して作ったアルバムです。
―島さんとしては、プレイヤーやプロデューサーとしてだけじゃなく、トラックメイカーとしての自分のことも知ってほしいという思いがあったのでしょうか。
まあ、知ってもらって、いろんなオファーが来たら何よりですけど、でもそういう目論見みたいなものは特になくて。ただ単に趣味的にやっていることを、聴いて気に入ってくれたらラッキーっていうくらいの感じですね。だからCD化もしないんです。配信オンリー。
―Wind Loop Caseというプロジェクト名にはどんな意味があるんですか?
Windというのは吹奏楽器の通称でもあるんですよ。海外でもそういう言い方をしていて。要するに風ですよね。風で鳴る楽器なので。ウインドクルーという山野楽器の管楽器専門店があるぐらいですから。で、Silent Jazz Caseに続く自分のプロジェクトだし、Silent Jazz Caseのメンバーに手伝ってもらっているので、それを匂わせるためにCaseはそのまま使おうと。でもジャズをやっているわけではなく、曲作りのきっかけになっているのはサンプリング・ループなので、Loopという言葉を用いよう。ということで、Wind Loop Caseと付けました。
―ある程度曲ができあがってから、これは新プロジェクトとして出そうというふうになったんですか?
曲はできていませんでした。できてはいなかったけど、ラフトラックが30くらいあったんですよ。それはコロナ禍に入って1~2年で作ったものなんですけど。『Silent Jazz Case 4』を作っているときに、Wind Loop Caseのラフトラックも作っていた。同時進行だったんです。
―コロナ禍に入っていろいろ作っているなかで、バンドに向いているものをSilent Jazz Caseに、トラックっぽいものをWind Loop Caseにというふうに、振り分けたわけですね。
そうそう。初めはトラックっぽいものを『Silent Jazz Case 5』として出そうかとも考えたんですけど、今はSilent Jazz Caseがバンド形態になっているので、それとは差別化したいと思って。自分のなかでも、別のプロジェクトというふうに分けたかったんです。
―現在のSilent Jazz Caseは島さんをリーダーに、河野 祐亮さん(ピアノ)、杉浦 睦さん(ベース)、大津 惇さん(ドラムス)が参加したバンド形態で動いているわけですが、今回の『Wind Loop Case 1』にも3人とも参加して、それぞれ2曲ずつでフィーチャーされています。
ドラムの大津くんだけはリモートでやってもらいましたけど、ベースの杉浦 睦は僕の家に来てもらってRECしました。河野 祐亮はピアノの教室をやっているんですけど、そこにスタンウェイがあるので、そこで録らせてもらった。あと、ヴォーカルでナミヒラアユコが参加していますが、彼女の歌も僕の家でRECしました。
―ナミヒラアユコさんは、島さんの作品に参加するのは初めてですよね。
そう。今回のアルバムには久しぶりに歌を入れたいと思って、今までやったことのない人を呼びたいと思い、ナミヒラさんに声をかけました。ライブは去年、Silent Jazz Caseとのコラボみたいな感じで一回だけ一緒にやりましたけど。
―出会いは?
ジルデコ(JiLL-Decoy association)のchihiRoと彼女が仲がよくて、確か僕がジルデコと一緒にやったときに初めて会ったんだったかな、またはbohemianvoodooのbashiryにイベントで紹介してもらったのが最初だったか……。はっきり覚えてないけど、それで歌を聴いたらすごくよくて、いつかご一緒したいと思っていたんです。ただ彼女はポップスっぽい曲ばかりを歌っていて。この声はジャジーでクールなトラックにも合うんじゃないかと思ってラフトラックを送ったら、「この曲、歌ってみたいです」と返事が返ってきた。で、歌ってもらったんだけど、思った以上に素晴らしかったですね。
―アルバム全体のテーマというか、こういう景色を見せたいといったビジョンのようなものはありましたか?
いや、特にはないです。こういう言い方もなんだけど、そこまで気合を入れてアルバムにしているわけではないんですよ。既に5曲シングルで配信していて、最初の「Wind Loop Case」が1年前。そこから曲もたまったのでアルバムにしようと。そんな感じです。
―とはいえ、トータルの聴き心地のよさがあるし、流れもとてもいい。
そう思ってもらえたらいいですけど、僕はコロナ禍になってからサブスクを使い始めて、そういうので音楽を聴くようになって思ったのは、ある程度聴き流せるものがいいんじゃないかということで。聴き流せるものをやりたくなったんですよ。ほら、プレイヤーってどうしてもエゴイスティックになりがちじゃないですか。「これを聴け!」みたいな。
―「この曲の核心はここにあるんだ!」みたいな?
そうそう。でもそういう作品は今まで出してきたので。もうそういうんじゃなくて、聴き流せるくらいのもののほうがいいんじゃないかと。例えばre:plusくんとコラボした「Prayer」がバズって、海外でもすごく聴かれたわけですけど(Spotifyで340万再生超え)、あれは聴き流せるよさがあるんですよね。
―なるほど。それってサブスクが主流になって以降の発想ですね。
サブスクは重たい曲より聴き流せる曲のほうが向いているんですよ。そこもSilent Jazz Caseと別にした理由のひとつで、Silent Jazz Caseと比べて、ちょっと軽い。1曲1曲が短いし。
―確かに。
あと、サンプリングを使うことで、そういういい意味での軽みが出せるというのもあって。ループしている音楽って、生演奏に比べて温度感が低いじゃないですか。無機質だし。ジャズは有機的でしょ? グルーブもうねっている。で、無機質なループと有機的な楽器演奏が合わさるとちょうどいい塩梅のライトさが出るから、それがいいんじゃないかなと。
―ライト。だけど、生楽器や歌声によるひっかかりもあって、確かにその塩梅がいいですね。
ループしている音楽だけど、ちゃんと有機的なものも乗っているし。もちろん僕のトランペットとかフルートはふんだんに入れてますからね。そういうのを上手くブレンドするというのが根底にあったモチベーションで、まあそれが自分にとってのテーマと言えばテーマだったかもしれない。ジャズマンの性(さが)としては全部有機的にしたくなっちゃうんだけど、あえてそうしないという。
―なるほど。で、さきほど特にビジョンのようなものはなかったとおっしゃってましたけど、全体を貫くムードのようなものはありますよね。夜のムード。色で言うと藍色。先行シングル5曲のアートワークもそうですが、今回のアルバムもその色で、それがそのまま音楽の印象と重なっている。
僕が作るとどうしても夜っぽいムードにはなっちゃうんですよ。だからビジュアル・イメージもそうしたくて、Yasunari Akitaさんに全部お願いしました。僕のアーティスト写真も撮ってくれている名古屋の写真家で、Wind Loop Caseは彼とのコラボという形でやっています。
―シングルからの一連の写真によって音のイメージが広がっていく。
うん。ビジュアル・イメージはすごく大事ですね。
―因みに曲のタイトルは、録音し終えてから付けるんですか?
後付けが多いですね。普段の僕はツアー三昧なので、旅先の思い出をタイトルに付けることがけっこうあります。「Bugs in the dark」は、長野県の辰野町にある古民家に泊まったときに、暗闇のなかで虫の声だけが聴こえていて。その様子を思い出して曲にして、タイトルにもしました。「Floating Ocean」は、今年1月ににっぽん丸という船(外航クルーズ客船)でシンガポールに行って、その船上で演奏したんですけど、そのときの旅の記憶から。太平洋上で昼間はデッキに寝転んで白波を見ていたんですが、改めて地平線ってすごいな、本当に丸く見えるんだな、なんて思って。その記憶が曲になりました。
―そのように景色の見えるインストゥルメンタルが並んでいますが、5曲目「予兆」はナミヒラアユコさんによる歌もので。
歌詞もナミヒラさんに書いてもらいました。特に曲のイメージは伝えないで、とりあえず聴いてもらって思ったままに書いてもらったんです。
―ヴォーカルに関しては、島さんがディレクションするわけですか?
ニュアンスとかは伝えましたけど、こう歌ってくれみたいなことは言わなかった。ナミヒラさんは本当に上手いので。こちらから言うことは何もなかったですね。パーフェクトなヴォーカリストだと思います。
―上手いというのは、その曲の世界観を察知して表現できるということですか?
というか、単純に基礎力です。ピッチがいい。声の鳴りがよくて、音に乗っている。リズムがいい。そういう基礎力がはっきりとあるということです。
―8曲目の「dawn highway」は、タイトル通り、まさしく夜明けっぽい。
夜明けのハイウェイですね。ツアーからクルマで帰ってくるときに明け方になることがあるんですよ。名古屋あたりでライブを終えて帰ると、途中で明け方になることがけっこうあって(笑)。
―ライブ終わり故にカラダ的にはちょっと気怠さもあり、でも1日が終わってまた次の何かが始まるという希望のようなものもある。
そうですね。大津くんのアイデアがかなり効いています。レイドバックした感じ。
―物語的にはこの「dawn highway」でひとまず終わって、最後のヴォーカル曲「dejavu」でまた景色が変わるというか、ここまで見ていたものは夢だったのか現実だったのかといった感覚にもなる。どことなくまだ物語が続いているような。そのような終わり方がいいなと思いました。そういうストーリー性みたいなものは作っているときに考えますか?
なんとなくの流れは考えますけど、そこまで深くは考えない。ただ、確かにこの先に続いていく感じはもたせています。『Wind Loop Case 1』というふうに、初めから「1」と付けたのは、「2」を作る意気込みがあるからであって、そこに続いていくというイメージです。
―ところで、Wind Loop Caseとしてのライブはやられるんですか?
1回だけ、リリース記念ライブとしてやるんですよ。10月6日、六本木のクラップスで。ライブをイメージして作ったアルバムではないし、曲も短いから、半分はSilent Jazz Caseの曲になります。ただライブとなるとエゴを抑えるみたいなことではないので、『Wind Loop Case 1』の曲もだいぶ変わりますよ。もっとがんがん行きますから。ぜひ観に来てください。
RELEASE
Wind Loop Case 1
島裕介
2023.09.13 RELEASE
Playwright
LIVE
10月6日(金)六本木クラップス
Wind Loop Case リリース記念ライブ
島裕介 (tp,fh,fl) 河野祐亮(p) 杉浦睦 (bass) 大津惇 (dr)
ゲスト 辻本美博(cl,as)
18時オープン 19時スタート
5,000円(当日500円UP)税込
【プロフィール】
2002年から本格的にプロ活動を開始。これまでに400タイトルを超えるアルバムに参加、CM録音は100本を超える。
初期のリーダーユニット”Shima&ShikouDUO”では4作品をリリース。トランペットピアノDUO編成としては異例のFujiRockFes07、東京ジャズ08への出演、全国タワーレコードJ-JAZZチャート1位獲得、メジャーデビュー、などの快挙を果たし、NHKなどの各種メディアで紹介される。オリジナル曲メインのバンド”SilentJazzCase”としてもアルバムを4作リリース。カヴァーアルバム”Jazzin’R&B”は発売から10年以上iTunesジャズチャート上位に居続ける異例のロングヒットを記録中。これを機に多作品にプロデューサーとして関わる。ジャズ回帰アルバム「名曲を吹く」シリーズ4部作では、国内・海外も含め数十都市のツアーを定期的に行い、ライフワークとなっている。各種サブスク配信サイトで大半の作品が聴けます(Spotify総リスナー162ヶ国から80万人超。re:plusとの共作アルバム”Prayer”300万再生超)。
他には、Ego-Wrappin’(2002年~2006年)のバンドメンバー、津軽三味線小山豊とのコラボ2作、タイバンコクのピアノトリオとの作品、などをリリース。2022年トラックメイカーとして活動も始動、Yahoo!ニュースにも掲載される。CM「そうだ京都行こう」2011年秋版での演奏、テニス世界大会「楽天オープン2019」決勝での国歌トランペット独奏(皇室観覧)、なども特筆。
島裕介 ライブスケジュール
https://yusukeshima-sche.tumblr.com/
島裕介 インスタグラム
https://www.instagram.com/yusukeshima_tp/