70年代後半の南アフリカのジャズ・シーンにおいて、最も先進的でグルーヴ豊かなアフロ・フュージョン・サウンドを展開したスピリッツ・リジョイスのメンバーで結成された別名義ユニットで、81年にたった1枚のアルバムだけを残したDoctor Rhythm。時代の変遷に合わせてよりポップな方向性を示しながらも、ジャズ、ファンク、ディスコ、ブギー、AORからレゲエに至るまでのあらゆる音に通じた音楽性の高さを多彩なアプローチで発揮した唯一作『I Feel It Rising』は、時を経て国内外のレア・グルーヴ系DJやコレクターたちから再評価されてきた。スピリッツ・リジョイス直系の熱いソロ回しとディスコ/ブギー色の強い軽快なグルーヴが同居した「Hook It Up」、同時期の洗練されたソウルの粋が凝縮されたようなミラクルな名曲「I’m So Strong Now」、現地のチャートで最高位8位を記録し、トップ20圏内に12週ランクインするヒットとなった「Shine On」を筆頭に、当時の南アの音楽シーンの水準の高さをこれまでにない角度から再認識させる本作について、プロデューサー/ソングライターとして制作に関わったパトリック・ヴァン・ブラークがメール取材に応えてくれた。
インタビュー・構成:吉本秀純 – Hidezumi Yoshimoto
翻訳:バルーチャ・ハシム廣太郎 – Hashim Kotaro Bharoocha
編集:篠原 力 – Riki Shinohara(OTOTSU)
Special Thanks:Patrick Van Blerk, Nicole Pazak-Visser, Cape Town Sound

Artist : Doctor Rhythm
ドクター・リズム
Title : I Feel It Rising
アイ・フィール・イット・ライジング
レーベル : hungry records
フォーマット : LP
価格 (LP) : 5,500円 (tax in)
Artist : Doctor Rhythm
ドクター・リズム
Title : I Feel It Rising
アイ・フィール・イット・ライジング
レーベル : hungry records
フォーマット : CD
価格 (CD) : 2,750円 (tax in)

——Doctor Rhythmは、アルバムを1枚残しただけの短命に終わったユニットでした。Spirits Rejoice(以下SR)の2枚目のアルバムにギタリストとして加入したポール・ピーターセンを中心としたプロジェクトで、SRのメンバーが中心となっていますが、彼らが70年代後半に残したスピリチュアル・アフロ・フュージョンと呼びうる2枚の作品と比べると、かなりポップかつメロディアスな音楽性を示した作品となっています。まずは、Doctor Rhythmの作品が生まれた経緯や時代背景などについて教えてください。
パトリック・ヴァン・ブラーク(以下P): SRのマネージャー、リンダ・バーンハートがJoyの「Paradise Road」【注1】の成功の後、SRのためにもう少し商業的な楽曲を書いてほしいと私に依頼をしました。それが「Shine On」となり、最終的にトップ10ヒットになりました。「Shine On」でのポールのボーカルが完璧なポップ・ボーカルだったので、私はポールにソロ・プロジェクトを始めることを提案し、それがDoctor Rhythmになったんです。スタジオで使っていたドラムマシンにちなんでこのプロジェクト名にしました。このアルバムの収録曲は、カバーとオリジナルの両方が含まれています【注2】。今でも”I Feel So Strong Now”はラジオで流れるヒット曲です。この作品のリリース後、ポールは活動拠点をコモロ諸島に移し、その後はアメリカに13年間住んでいました。彼が南アフリカに戻ってきてから再会し、ポールのソロ作品をレコーディングすることになりました。そこから生まれた「Groovy Times」、「I Only Wanna Be With You 」、「Welcome to South Africa」は大成功しました。
——「Shine On」は、調べてみると最初はSR名義で80年末にシングル・リリースされ、翌年にDoctor Rhythmのアルバムに収録されたようです。「Shine On」の成功を受けて、Doctor Rhythm名義でアルバムを制作することになったのでしょうか?
P: はい、そういう捉え方もできます。ポールはSRのメンバーでしたが、それがのちにDoctor Rhythmになりました。
——また「Shine On」は、当時の南アフリカのシングル・チャートで最高位8位、トップ20圏内に12週にわたってランクインしたヒットを記録しています。南アフリカではどういったリスナー層に支持された楽曲だったのでしょうか?(ちなみに日本では、ワールド・ミュージックへの関心が高まった80年代にンバクァンガやコーラス・グループなどが広く聴かれたりもしましたが、実際に現地ではどういう曲が流行していたのかなどは、あまり詳しく知られていません。)
P: さっき挙げた「Paradise Road」はすべての境界線と国民の枠組みを超越し、あらゆるリスナー層の間でヒットした曲になりました。最初は白人コミュニティの中でヒットしましたが、この曲はンバクァンガのようなアフリカの土着的なサウンドではないのに、のちにブラック・コミュニティにも浸透して人気が出ました。
——Doctor Rhythmのアルバムが制作された80年代初頭は、音楽的に生演奏のファンクやソウルが主流だった70年代からディスコ・ブームなどを経てよりデジタルでポップな80年代へと移り変わる境目の時期だったと思います。南アフリカの音楽シーンもそれは同じだったと思いますが、当時の南アフリカのポップ・チャートの状況やトレンドの推移などについて聞かせてください。
P: 南アフリカはまだディスコ・ブームに本格的に突入していませんでしたが、Doctor RhythmとSRの両方のアルバムでは、ダンス・トラックを取り入れる方向に傾倒し始めていました。この時点では、スタジオでエレクトロニクスを使って制作していたわけではなく、すべてミュージシャンによる本物の生演奏で制作していました【注3】。
——近年の南アフリカの音楽のリイシューについて振り返ってみると、80年代に流行したバブルガムのディスコ~シンセ・ポップ色が強い楽曲と、70年代のソウル・ジャズ~ジャズ・ファンク色が強い作品の復刻が進んできたように思います。それを踏まえると、Doctor Rhythmのアルバムはちょうどその間の過渡期に産み落とされたミラクルな作品という印象を受けます。このアルバムが特別な響きを帯びている理由はどこにあると思われますか?
P: おっしゃる通り、この作品は多様性のある南アフリカの国民のど真ん中に着地したわけです。伝統的で土着的なサウンドではなかったかもしれないですが、商業的なバブルガム・サウンドでもありません。また、レコーディングに参加したミュージシャンの生演奏も高く評価されました。
——『I Feel It Rising』を聴いていると、SRの延長線上にあるジャズ・ファンク~フュージョン的な要素はもちろん、同時期のアース・ウィンド&ファイアー、マーヴィン・ゲイ、ディスコ/ブギー、AOR、レゲエなどの様々な音楽からの影響が聴き取れます。当時のメンバーたちが影響を受けたり、傾倒していた音楽についてご存じならば教えてください。
P: 当時、おっしゃったアーティスト全員から間違いなく影響を受けていました。当時はディスコ・ブームとともに、南アフリカ全国民の間でレゲエが人気になり、「Reggae Tune (Who Shana Hey)_Doctor Rhythm feat. Spirits Rejoice」はその流れを反映していました。
——今回の『I Feel It Rising』の復刻に先だって、2023年には南アフリカのVoom Voom Records【注4】が収録曲の「Hook It Up!」と「I’m So Strong Now」の原曲とリミックス・ヴァージョンで構成されたEP『BIG5 Boogie #1』をリリースしました。それも、このアルバムに対する再評価の気運を高めたと思いますが、いかがでしょうか?
P: 「I’m So Strong Now」は全く新しい世代に評価され、最初にリリースされた時よりも人気を博しています。「Hook It Up!」でも同じことを達成したいと思っております。
https://voomvoomrecords.bandcamp.com/album/big5-boogie-1
——最後に『I Feel It Rising』の聴きどころ、またはこのアルバムの背景などをより深く理解するために併せてチェックすべき南アフリカの作品について自由に聞かせてください。
P: ポップ、ジャズ、アフリカン、ダンス・ミュージックから始まり、当時国内で人気があった様々なサウンドを反映することが私たちの意図でした。特に興味深い曲の一つが「Let Love Change The World (Song For Johnny Rhythm)_Doctor Rhythm feat. Spirits Rejoice」です。この曲は、当時亡くなったばかりのジョン・レノンの精神と言葉、そして音楽を称えて作曲したものです。この曲のメッセージは、作られた当時と同じように、今のこの混沌とした世界にも通じるものがあると信じています。【注5】
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【注1】南アフリカ産メロウ・ソウル屈指の名曲、Joy「Paradise Road」
→スピリッツ・リジョイスの人気曲の1つ「Sugar Pie」でヴォーカルに起用されたフェレシア・マリアンも参加した女性3人組のJoyは、結成当初にはモータウンの楽曲などをレパートリーとするようなボーカル・グループだったようだ。そんな彼女たちの楽曲を手がけることになったのが、当時にすでに南アの音楽界で実績を重ねていたパトリックと彼の作曲パートナーだった故フランスア・ルースで、80年に発表された「Paradise Road」は南アのチャートで9週連続1位を記録する大ヒットとなった。曲としては親しみやすいメロディのミディアム・バラード調だが、求心力のある歌声と、政治的な含みはなかったものの〝より良い日々〟の到来を願うような歌詞が多くの人々の琴線に触れ、ポスト・アパルトヘイト時代の到来を予見した楽曲として、その後も時を越えて歌い継がれてきた。同曲について、作曲者のパトリックやフェレシアへのインタビューも行いながら異例のヒットとなった背景などを詳しく掘り下げたBBCの記事も素晴らしく、ぜひとも併せて読んでみてほしい。
パラダイス・ロード:アパルトヘイトの終焉を予言した1980年の大ヒット曲
【注2】多様なジャンルを網羅しようとした姿勢が窺えるカバー曲選び
→本作には3曲のカバーが収められており、そのチョイスも独特かつジャンル的にはかなり振れ幅の広いもので、原曲と聴き比べてみることでDoctor Rhythmヴァージョンの面白さもさらに際立つだろう。1曲目の「Reggae Tune(Who Shana Hey)」は、英国のアンディ・フェアウェザー・ロウが74年に発表した楽曲。パトリックも話しているように当時の南アでレゲエが流行していたのを意識したものだが、例えばボブ・マーリーではメッセージ色が強過ぎて難しかったのかもしれない。2曲目の「Giving It Up For Your Love」は、米国のアメリカーナ系のデルバート・マクリントンが80年に放った軽快なポップ・ヒットで、当時の南アでも人気を集めたのだろう。 ソウル色を強めていく後半の頭に置かれた5曲目の「Ashes To Ashes」は、後期のフィフス・ディメンションが73年にシングルとして発表したナンバーであり、作品全体の流れの中で良いアクセントとなっている。
【注3】有能なバッキング集団としても活躍した後期のSpirits Rejoice
→国内外でレア・グルーヴ的に再評価された2枚のアルバムにより、硬派かつプログレッシヴな音楽性を示したアフロ・フュージョン系のグループとして認知されているだろうスピリッツ・リジョイスだが、今回のDoctor Rhythm名義での作品も含めて、後期にはポップな作品のバッキング集団として活躍していたことは注目に値する。その最も成功した例は、同タイトルの名曲も含めてJoyが80年に発表したアルバム『Paradise Road』のバックを務めた演奏だと思うが、その前年にも人種を越えたメンバー構成と音楽性で後にワールドワイドな支持を集めることになる〝白いズールー〟とも称されたジョニー・クレッグ率いるジュルーカ(Juluka)のデビュー作『Universal Men』(79年)でも全面的にバッキングを担当している。その流れを踏まえると、本作でのポップさにも納得がいく。
【注4】ケープタウンから良質な音を世界に向けて発信する新興レーベル
→DJとしては1983年から活動キャリアを誇る大ベテランであり、ジャイルス・ピーターソン、ジャザノヴァ、DJコーツェ、ニコラ・コンテ、クアンティックらの大物たちとも親交を持つフレッド・スパイダーがケ―プタウンに設立したレコード店にして、一昨年から新興レーベルとしての活動も始めたのがVoom Voom Records(※日本盤ライナーでは、拠点をヨハネスブルグと誤記してしまいました。この場を借りて訂正し、お詫び申し上げます)。その第一弾リリースとなったEP『BIG5 Boogie #1』に収録されたのが、本作の中でもとりわけキラーな2曲の原曲と名手シンバッドらを起用したリミックスだった。今年に入ってからもPacific Expressの79年作の復刻や、現行の南ア・ジャズ界の重要人物であるトランペット奏者のマンドラ・ムランゲニがクラブ・ジャズ~ネオ・ソウル色の強い方向性を示したユニットの録音のアナログ盤化など、厳選された好作品を連発している。
Pacific Express – Expressions | Pacific Express | Voom Voom Records
The Future Is Now | Tune Recreation Committee | Voom Voom Records
【注5】Doctor Rhythmの唯一作を録音した後の各メンバーたちの動き
→本作リリース後は各々に別の道へと進んでいったDoctor Rhythmのメンバーたちだが、最も高い知名度を誇る存在となっていったのは、ベース奏者のシフォ・グメデだろう。本作にも「I Feel So Strong Now」の共作者として名を連ねているサックス奏者のカヤ・マラングらと結成したスーパー・グループのサキーレ(Sakhile)では国内外で高い評価を獲得。その後はコンスタントにソロ名義作を発表しながら数多くの音楽賞も受賞し、2004年に亡くなるまで南ア・ジャズ界のトップ・ベーシストとして活躍した。また、キーボード奏者のマーヴィン・アフリカは英国に渡ってDistrict Sixを結成してよりジャズ色が強い音世界を追求し、黎明期のスピリッツ・リジョイスに参加していたベキ・ムセレクらとも合流。ドラマーのギルバート・マシューズはスウェーデンに移住し、同郷の先輩のジョニー・ダイアニらとも共演しながら北欧のジャズ・シーンで活躍した。そして、ボーカル&ギターのポールも、インタビュー中で触れられているように長く国外に拠点を移して活動を続けた後に祖国の南アフリカへと戻り、よりポップなフィールドで成功を収めた。

Artist : Doctor Rhythm
ドクター・リズム
Title : I Feel It Rising
アイ・フィール・イット・ライジング
レーベル : hungry records
フォーマット : LP
価格 (LP) : 5,500円 (tax in)
Artist : Doctor Rhythm
ドクター・リズム
Title : I Feel It Rising
アイ・フィール・イット・ライジング
レーベル : hungry records
フォーマット : CD
価格 (CD) : 2,750円 (tax in)

【Track list】
A1/1. Reggae Tune (Who Shana Hey)
A2/2. Giving It Up For Your Love
A3/3. Hook It Up
B1/4. Shine On
B2/5. Ashes To Ashes
B3/6. Let Love Change The World (Song For Johhny Rhythm)
B4/7. I Feel So Strong Now
B5/8. Give A Little Love