ヨウン、ルエジ・ルナ、シェニア・フランサといったソウル勢、クリオーロ、エミシーダ、バコ・エシュ・ド・ブルースといったラッパーたち、そしてリニケールやマジュールといったLGBTQs勢が入り交じり、活況を呈しつつある現代ブラジルのブラック・ミュージック・シーン。今回Think! Recordsからリリースされたファブリッシオもそういった現代ブラジルのブラック・ミュージック・シーンの一角を担う才能だ。とはいえ本作が日本初登場。まだまだ謎多き存在といったところだろう。そこで今回は最新作『Selva』だけでなく、自身の音楽的背景、そして影響を受けたアルバム5枚をファブリッシオ本人にピックアップしてもらった。短い記事ではあるが、シンガー・ソングライターでありマルチ器楽奏者、ビートメーカーでもあるというファブリッシオの多彩なルーツを知ってもらえれば幸いだ。
イントロダクション/翻訳・江利川侑介(diskunion)
Introductory text, translation by Yusuke Erikawa
Photo (C) Camila Tuon
編集・山口隆弘(OTOTSU編集部)、江利川侑介(diskunion)
Edit by Takahiro Yamaguchi, Yusuke Erikawa
ファブリッシオ『セルヴァ』
https://diskunion.net/diw/ct/detail/1008546341
ブラジル南東部エスピリトサント州の州都ヴィトーリア出身のシンガー・ソングライター、ファブリッシオが2021年に配信リリースしていたブラジリアン・ネオソウルの大傑作『SELVA』が、多くのリクエストに応えて待望のCDリリース!
2017年のアルバム『JUNGLE』をポルトガル語に置き換えた本作『SELVA』は、その名の通り前作を再録したものですが、アメリカのR&Bからの影響が加わりグッとジャジーに、大きくアレンジが洗練された一枚です。
序盤の展開はジャケのイメージと食い違うような真夜中を想起させるアーバン・ソウル「TEU PRETIM」、続いてコルトレーン「NAIMA」のフレーズがアクセントに挿し込まれたミステリアスな「AMOR E SOM」という導入で、闇夜に引き込まれるようなメロウでありながらスリリングな感覚。一方で中盤以降は、ブルーナ・メンデスの『CORPO POSSÍVEL』にも参加のクリチバの新鋭トゥヨや、お馴染みタシア・ヘイスをフィーチャア。MPBらしいオーガニックさと清涼感が徐々に強まっていき、昼の世界に帰ってきたような安心感があります。
ブルーナ・メンデスやヨウンと並ぶ、チルな感覚をたたえた上質なブラジル産ネオソウルの大傑作。ブラジル音楽ファンはもちろん、ネオソウル、R&Bファンにも推薦したい一枚です!
※日本盤ボーナストラック収録、世界初CD化
■Self biography by Fabriccio
私は現在34歳で、子供の頃に演奏を始めました。ドラムから始め次にギター、それからベースを弾くようになって、今もそれは変わりません。10代のときにはロック・ミュージックが世界を席巻していたので、その頃からブラック・サバスをはじめ多くのロック・クラシックを愛聴しました。その後ハードコアやパンクにより興味を持つようになりましたが、それは多分このスタイルが当時ここブラジルで隆盛を極めていたからかもしれません。まだインターネットもそれほど盛んでない時代に、ハードコアやパンクは、政治や人種差別、ジェンダー、宗教の問題について知るきっかけを、若いブラック・ブラジリアンの私に与えてくれました。私にとってトレジャーともいえるものです。
I’m 34 years old, I started playing in childhood, I started with drums, then guitar, then bass, and I never stopped. In my teenagers, rock was the great style in the world, and from that time, listening to and enjoying Black Sabbath and several rock classics, I ended up becoming more interested in hardcore/punk, maybe because it was a very strong time for the style here in Brazil , bringing and often introducing me to political, racial, gender, religious discussions, which for a young black Brazilian, in the pre-internet era, was a treasure.
バッド・ブレインズとハードコア・パンク、そしてそのほかの音楽的なリズムとのつながりや文脈を説明するのは難しいのですが、バッド・ブレインズの場合、ラスタファリアン、パンク、そのほかのユニークなサウンド、そして映像美など、さまざまな要素を見事に組み合わせていて、とても衝撃を受けました。
Just to try to contextualize this link with Bad brains, hardcore punk and other musical rhythms , in this case from Bad Brains it’s even hard to explain because it’s such a great combination of identifications, Rastafarian, punk, the unique sound, the visual esthetic, it hit me hard.
コンピューターにアクセスするようになって(残念ながら遅く、私が25歳のときでしたが)わたしはすぐにプロデュース業をはじめ、と同時に自分の町ではあまりプレイされていないような当時のお気に入りの音楽でDJをしたり、自分自身のサウンドをつくるようになりました。楽器を弾いて、よりデジタルなサウンドをつくって、最後には歌を歌って。そういった異なる世界を一つにまとめる勇気を持つのには、しばらく時間がかかりました。
After I had access to computers (unfortunately late, around 25 years old) I immediately started to produce, to DJ the sounds that I liked but that weren’t played much in my city, and to produce my own sounds.
It took me a while to have the courage to bring these worlds together, play, produce more digital sounds and sing, which came last.
わたしは初めての歌詞をその時に書きました。そして同じ週にいくつか他にも曲を作りました。次の週には、自分がどうやって長い間作曲や作詞、歌うことをせずに生きてきたのかわからないほどになっていました。自分のつくった歌をうたい、そのために生きるということは人生が私にくれた素晴らしいギフトだと感じています。
I wrote my first lyrics at that time, and that same week I made a few more songs, the following week it became something that I don’t know how I managed to live so long without producing, writing and singing.
Singing what I write and live for is a great gift that life has given me.
Fabriccio’s favorite 5 albums
1.Funkadelic – Funkadelic (1970)
At first I can say that I love it a lot as, despite being a highly technically virtuous band, I can feel that the commitment in many moments of the album is this invitation to get involved in an orbit of its own that the music generates, sometimes with loops and variations of the same verse, giving a “ritualistic” atmosphere to the music, using gospel references in the interpretation, the slower grooves, definitely a good part of my vocabulary as a guitarist comes from there.
とにかくこのアルバムが大好きなのですが、それはファンカデリックが極めて高度な技術を持ったヴァーチュオーゾ的なバンドであるにも関わらず、このアルバムの多くの局面で感じられる献身が、その音楽自身を生成する「ある軌道」へとリスナーを誘い込むように感じられるからです。時にループや同じヴァースのバリエーションを用いることで音楽に儀式的な雰囲気をもたらし、ゴスペルの再解釈がよりスローなグルーヴを生成します。間違いなく私のギタリストとしてのボキャブラリーの大部分がここから来ています。
2.Mos def – Black on Both Sides (1999)
I remember I was in my early twenties, I listened to a lot of music, everything that could connect me, I was starting to understand how to make the rap beats that I listened to so much were made, samples of jazz, blues and funk. At this stage I already played some instruments, when I started producing I found myself bringing these two worlds together.
This album blew my mind because of the way the Mos Def can rhymes and sings beautiful melodies, which for me at the time was very important to understand that I could follow my original instinct which is to sing using more melody as my references of Brazilian music and add that to these other tools I learned listening to rap, jungle/Dnb, reggae and create a language that contemplated my ideas in a broader way.
20代前半の頃だったと思いますが、とにかくありとあらゆる音楽をたくさん聴いていて、それによって、それまでよく聴いていたラップのビートがどうやって作られるのか、具体的にはジャズやブルース、ファンクのサンプリングなどについて分かり始めてきたのです。その頃にはもういくつか楽器を弾けるようになっていましたが、自分で音楽を作るようになって、楽器演奏とサンプリングというふたつの世界を自分の中で分け隔てなく考えるようになりました。このアルバムで衝撃を受けたのは、モス・デフが韻を踏み、同時に美しいメロディーを歌うというその手法でした。当時の私にとっては、ブラジル音楽を参考により多くのメロディーを使って歌い、それにラップ・ミュージックやジャングル、ドラムンベース、レゲエを聴いて学んだそのほかのツールを加え、そしてより幅広い方法で自分のアイディアを練るための「言語」をつくる、という自分の直観に従っていけば良いのだと思えたことはとても大きな意味をもっていました。
3.Jorge Ben Jor – A Tábua de Esmeralda (1974)
All the songs from this album by itself undoubtedly move people from anywhere, wherever the language you speak. But here I need to mention something about the language, I have a great attachment to Jorge’s great legacy in that sense, both as a composer, often bringing the love of a point of view of a black Brazilian man, dodging stereotypes like a spearhead on the soccer field, and finally the unique way of playing the guitar, which ended up shaping so much in music until nowadays.
このアルバムに収められたすべての曲は、国や言語の壁を越えて人々の心を動かす間違いのないものです。しかしここで私はその「言語」について触れざるをえません。この意味で私はジョルジが残した素晴らしい遺産に大きな愛着を持っています。作曲家としてブラック・ブラジリアンの視点からしばしば愛をもたらし、サッカーのフォワードのようにステレオタイプをかわしていく。ユニークなギターの演奏方法においても同様です。それは今日の音楽を型作りました。
4. Congo Natty – This is Jungle (2014)
During my teenagers I listened to a lot of rock, especially hardcore/punk, Bad Brains, Minor Treath, Black Flag, and luckily I always had a great curiosity for all kinds of music, at some point I saw a short article on TV about this drumbass/ jungle, and that name stuck in my head, a while later I had access to this sound and from there I started to really like the different sub genres, the timbres, of how it reminds me of the reggae that I love, at the same time to funk, it influenced me a lot as producer.
10代の頃はたくさんのロック・ミュージックを聴きました。中でもバッド・ブレインズやマイナー・スレット、ブラック・フラッグのようなハードコアやパンクは特にお気に入りでした。いつもすべての音楽に対して好奇心を持っていたのですが、幸運なことに、ある時テレビでドラムンベースやジャングルについての短い番組が放映されているのを見て、その名前が頭に残っていました。それからしばらくして、これらのサウンドにアクセスするようになり、そこから派生する様々なサブジャンルや、その音色が、わたしの大好きなレゲエなどを想起させました。同時期にファンクも好きになって、それらがプロデューサーとしての私にとても大きな影響を与えました。
5. Max de Castro – Samba Raro (1999)
For me it’s hard to summarize what this record represents for me, but it’s a great classic of Brazilian music, way ahead of their time, also using this mix of organic instruments, samples, mpc, rap, drumbass, for my generation it’s a fundamental album.
このレコードが私にとってどんな意味を持つのか簡単に説明することは難しいのですが、時代に先駆けて生楽器、サンプリング、MPC、ラップ、ドラムンベースを融合させた、ブラジル音楽史に残るクラシックともいえる音楽で、私たちの世代にとっては、お手本となった重要なアルバムです。
ファブリッシオ『セルヴァ』