ロサンゼルスで生まれ育ったブレンダン・エダーは、パンクやエイフェックス・ツインを聴きながら10代から独学でドラムとピアノを演奏するようになり、のちに大学でコンポジションを学んだ異色のバックグラウンドを持つジャズとクラシックのコンポーザー。彼が手がける作品にフィーチャーされているLAジャズ・シーンのトップ・ミュージシャンとは違い、幼少期から徹底的にジャズを学んでいないからこそ生まれる素朴で哀愁感のある世界観が、彼の『To Mix With Time』や今回ライヴ音源が追加されてリリースされた『Cape Cod Cottage』の日本盤にも反映されている。『ミッドサマー』で注目された映画監督、アリ・アスターとは大学時代に出会い、アリ監督の初期のショートフィルムの音楽を手がけるようになった彼は、映画、テレビ、CM音楽の作曲活動をしながら、ブレンダン・エダー・アンサンブルとしても活動してきたわけだが、コンポーザーとして生計を立てられるまでは、カンナビス業界でデリバリーの仕事をすることで、制作活動やミュージシャンのギャラを支払っていたという。
本作は、1970年代に歯科医師だったエドワード・ブランクマンという老人が妻を亡くし、セカンドライフを求めてアマチュアのジャズ・コンポーザーとして活動し始めるという壮大なストーリーに基づいている。エドワード・ブランクマンという架空のキャラクターが70年代にレコーディングした音源が、マサチューセッツ州のケープコッドの自宅から発掘されて再発されるというストーリーをブレンダンが書き上げたわけだが、ブレンダンも実際にこの作品を制作する前に大切な人を亡くし、その悲しみを乗り越えるためにエドワード・ブランクマンというキャラクターに自分の経験を投影し、『Cape Cod Cottage』の制作に打ち込んだという。そんなブレンダン・エダーに彼の音楽的バックグラウンド、そして『Cape Cod Cottage』の制作秘話について語ってもらった。
Brendan Eder Interview
ブレンダン・エダー インタビュー
Text &Interview by:バルーチャ・ハシム廣太郎 Hashim Kotaro Bharoocha
Edit by:三河 真一朗 Shinichiro Mikawa (OTOTSU編集部)
Artist:Brendan Eder Ensemble (ブレンダン・エダー・アンサンブル)
Title:Cape Cod Cottage (ケープコッド・コテージ)
発売日:2023/01/25
レーベル : astrollage
品番:ASGE48
フォーマット : CD(CDのみボーナストラックとして、9曲のライヴ音源を追加収録)
ライナー翻訳:バルーチャ・ハシム廣太郎(Hashim Kotaro Bharoocha)
OFFICIAL HP : astrollage | Brendan Eder Ensemble (djfunnel.com)
—— もともとロサンゼルス出身なのでしょうか?
ブレンダン・エダー(以下 B):僕はロサンゼルスのサンフェルナンド・バレーの出身なんだ。大学はニューメキシコ州のサンタフェだったんだけど、それ以外はずっとLAに住んでいるよ。いわゆる純粋なアンジェリーノだよ(笑)。
—— ニューメキシコ州の大学では音楽を勉強したのでしょうか?
B : そう、カレッジ・オブ・サンタフェという大学だったんだけど、そこでドラム、作曲、サウンド・エンジニアリングなど音楽関連の勉強をしたんだ。
—— 音楽的な家庭の中で育ったのでしょうか?
B : 叔父がドラム・セットを所有していて、それをよく叩かせてもらっていた。ピアノは子供の時に興味を持って演奏するようになったんだ。両親がドラムを買ってくれて、11歳くらいから曲を書くようになった。そこから徐々にコンポーザーとしての道を歩むようになった。
—— 最初に演奏するようになった楽器はドラムですか?
B : そうだね。最初は独学でドラムを叩いていたけど、何回かドラムのプライベート・レッスンを受けた。高校生からジャズ・アンサンブルで2、3年間演奏するようになった。あとは他のバンド活動をすることで勉強したよ。
——ドラムを叩き始めた頃は、どんな音楽に夢中だったんですか?
B : 当初はフガジ、エイフェックス・ツイン、フュージョン時代のマイルス・デイヴィスなどが大好きだった。クラシックも大好きだったんだけど、ストラヴィンスキー、チャールズ・アイヴスなどをよく聴いていた。父親がジュリアードでトランペットを学んだんだけど、僕が生まれた頃には、プロのミュージシャンとしては活動していなかった。だから、父親から音楽を聴かされたわけじゃないんだけど、父親が持っていたテープなどを聴くようになって、とてもインスパイアされたよ。パンク、ジャズ、ダブ、ロックステディなどが大好きで、とてもインスピレーションになった。
—— パンクのバンドでも演奏していたんですか?
B : そうだね。大学生の頃は、僕より数年くらい年上のミュージシャンとマス・ロック系のバンドでサンタフェで活動していたんだ。パンクの要素が強いサウンドだったんだけど、エマージェンシー・ルームというバンドで1枚だけアルバムをリリースした。メンバーがサンタフェを離れたから解散になったんだ。
—— 子供の頃は、独学でドラムを叩きながら、ピアノも同時に習っていたんですか?
B : 1年間くらいたまにピアノのレッスンを受けていたんだ。僕はあまりいい生徒ではなかったけどね(笑)。あまり長続きはしなかったけど、その知識はのちに役にたったよ。
—— あなたの音楽性はジャズとクラシックが基盤になっていますが、珍しく長年音楽教育やレッスンを受けていなかったんですね。
B : そういう意味で、コンポーザー、パフォーマーとしてちょっと不安になることもあるけど、逆にそこが僕の音楽の魅力なのかもしれない。確かに、僕はハードコアなジャズとクラシックの教育を受けていない。でも、僕には幅広い音楽、コンポジション、オーケストレーションの知識はあるし、自分なりのアイデアとセンスがあるから、それでなんとかやり切れてるんだよ(笑)。僕のアンサンブルのメンバーは、トップ・レベルのジャズ、クラシックのミュージシャンなんだ。彼らは僕よりも初見で演奏することが得意だけど、僕が楽譜を書いているんだ(笑)。
—— ジャズやクラシックのコンポジションは主に大学で学んだんですか?
B : そうだね。大学生の頃から、クラシックの作曲をやり始めたんだ。大学院には行けたらよかったけど、学費が高すぎて無理だったね。
—— 大学の後はどんな活動をしていたんですか?
B : LAに戻って、数年間実家で暮らしていた。その間は、カンナビス(大麻)業界で働いていたよ(笑)。カリフォルニアでは、医療用のカンナビスが合法化されて、友人がカンナビス業界で起業したんだ。そこで、僕は友人の会社が販売していた大麻ブラウニーなどのデリバリーの仕事をしていた。音楽ではまだ生計を立てることができなかったけど、その仕事をしながら、映画音楽の作曲の仕事にフォーカスしていたんだ。当時は、アリ・アスターという監督とよく仕事をしていたけど、彼は、今はとても有名な監督、脚本家なんだ。以前は、音楽活動の資金をカンナビス業界の仕事で稼いでいた。アンサンブルのリハーサル、ライブなどのギャラもその仕事をすることで払うことができたよ。当時は、まだ音楽活動ではほとんど稼ぐことができなかったからね。
—— 友人がカンナビスのブランドをやっていたんですか?
B : そう、彼らはいくつかのブランドを立ち上げて、それがのちに別の会社に吸収されて、そこのセールスチームの仕事をしていたんだ。8年間くらいその業界の仕事をしていたよ。ある時から音楽活動の調子が良くなって、やっとその業界をやめて、音楽にフォーカスできるようになった。それ以来はライヴ、自分のアンサンブルの活動、そして映画とテレビ音楽などの活動に専念しているよ。
—— アリ・アスターは『ミッドサマー』の監督として有名ですが、彼と知り合ったきっかけは?
B : アリはサンタフェの大学で出会ったんだ。彼は映画学科の学生で、その時に意気投合したんだ。彼は才能があるなと思っていたんだけど、いつか一緒に何かを作りたいと思っていた。そのあと、アリはAFI(アメリカン・フィルム・インスティテュート)に入学して、彼が卒業用に製作した映画のために僕が音楽を作曲したんだ。彼がそのあとに手掛けたショートフィルムの音楽も作曲したよ。大学生の時に、僕は映画音楽の仕事をしながら、アーティストとしても作品をリリースしたいと思っていたんだけど、それが実現したんだ。
—— 映画音楽業界はとても競争率が激しいと聞きますが、あなたは大学生の時にアリと出会ったことで、一緒に仕事をするようになったわけですね。
B : 大学生の時に出会えたことはラッキーだったけど、それで映画音楽の仕事が保証されているわけではないんだよね。映画音楽業界には数え切れないほどの才能ある音楽家がいるから、今でも僕はそこに入り込むために努力し続けなければいけない。仕事が増えるように、忍耐強く辛抱しないといけない。運も関係しているよ。
—— 最近もテレビや映画の作曲の仕事が多いんですか?
B : 最近はあまりそういう仕事がなくて、CM音楽の仕事が多いよ。大企業のCMのデモ曲を作って、ラッキーであればそれが最後に採用される。CM音楽のエージェンシーに所属しながらそういう仕事をしているよ。それと同時に、『Cape Code Cottage』のような自分のアンサンブルの作品をリリースして、映画などにライセンスしようとしているんだ。『Cape Code Cottage』のような作品は、映画やテレビに向いていると思うんだ。
—— アリ・アスターの『ミッドサマー』には関わったんですか?
B : いや、僕は『ミッドサマー』の音楽は作曲していないんだ。アリの長編映画の音楽を作曲したことはないんだよ。彼のショートフィルムの音楽だけ作曲したよ。でも、『ミッドサマー』を見たときに、僕が彼の他の作品で作曲した曲を参考にしたように聴こえたね。かなり、似ている曲があるんだ。アリのショートフィルムのために作曲した音楽を、自主でリリースしたんだ。『ミッドサマー』を見ているときに僕は気づかなかったんだけど、誰かが僕が以前作曲した曲に似ているというコメントを残した。僕が『ミッドサマー』の音楽を真似していると思われたんだけど、僕はショートフィルムの音楽をその10年前にリリースしていたんだよ(笑)。『ミッドサマー』の映画音楽を見つけて聴いてみたら、自分の過去の作品と似ていることに気づいたんだ。
—— 『ミッドサマー』の映画音楽を作曲した人が、あなたの過去の作品のアイデアを取り入れたかもしれない、ということですか?
B : そうだね。でも映画音楽の世界では、そういうことはよくあるんだ。編集中に使われている“テンプ・ミュージック”(仮の音楽)が映像とバッチリはまった場合、作曲家がそれに似た音楽を作ることになるんだよ。僕も仕事で同じようなことをやったことがある。監督が、テンプ・ミュージックをとても気に入って、それに似た音楽を求めたりするんだ。よくあることだよ。
—— 『Cape Cod Cottage』の前は、『To Mix With Time』というアルバムをリリースしましたが、この作品について教えてください。
B : 『To Mix With Time』は、何年もかけて制作した作品なんだ。ロサンゼルス・エリアのライヴで演奏していた音楽をまとめた作品なんだよ。参加ミュージシャンは、今も一緒に仕事をしている仲間で、サックスのヘンリー・ソロモン、バスーン(ファゴット)のアンバー・ワイマン、ベースのローガン・ケインなどが参加した。彼らは全員最高のプレイヤーだから、長年一緒に活動できてとてもラッキーだよ。この作品のジャンルは、「チェンバー・ホップ」と呼んでるんだ(笑)。『To Mix With Time』に収録されている曲は、その数年前から作曲したベストの曲を集めたんだ。このアルバムは、パンデミックが始まった2020年4月にリリースした。ロサンゼルスでレジー・ワッツと僕のアンサンブルでリリースパーティーを開催する予定だったんだけど、パンデミックになって、イベントがキャンセルされてしまったんだ。
—— ヒップホップにも多大な影響を受けたんですか?
B : ヒップホップに影響を受けていない人なんていないよ。僕のドラムの叩き方は、ヒップホップのブレイクビーツに影響を受けている。同様に、僕はジェームス・ブラウンなどのファンクにも影響を受けてる。でも、僕はヒップホップ・マニアではないし、ものすごく詳しいわけじゃないんだ。ただ、ヒップホップはほぼすべてのアーティストに何らかの影響を与えていると思う。『To Mix With Time』には、ファンクの要素が入ったグルーヴ感があるから、「チェンバー・ホップ」と呼んでるんだ。木管楽器にも、バウンス感のあるフレーズを取り入れた。『Cape Cod Cottage』にも、多少はその要素は入っているけど、まったく違うサウンドの作品だと思う。
—— 『To Mix With Time』にはエイフェックス・ツインのカバー曲も入っていますが、彼の音楽にも影響されましたか?
B : そうだね、特に若い頃は大好きだった。だから、エイフェックス・ツインの『Ambient Works』の“#20(Lichen)”をカバーすることにしたんだ。このカバーは、とても人気があるんだよ。木管楽器を使って、アンビエントなサウンドを作り出してみたんだけど、今までやったことがなかった。3月3日(日本盤CDは、astrollageから5月にボーナストラックを加えて、リリース予定)にデジタル・リリースされる僕の新作『Therapy』には、エイフェックス・ツインっぽい要素を取り入れた新曲や、エイフェックス・ツインのカバーも収録されている。
—— 『To Mix With Time』にはサム・ウィルクスなどLAジャズ・シーンのアーティストが参加していますが、LAジャズ・シーンはなぜ今注目されていると思いますか?
B : LAのジャズ・シーンは素晴らしいと思うよ。その理由は、伝統的なジャズではないからなんだ。サム・ゲンデルとサム・ウィルクスの作品は、美学的にとても革新的だと思う。ジャズの要素は入っていて、エッジーなサウンドだけど、聴きやすいから人気があると思うんだ。彼らはUSC大学の出身だけど、僕の作品に参加している他のプレイヤーの多くもその大学の出身なんだ。才能あるプレイヤーがたくさんLAに集まって、USC、または以前モンク・インスティテュートとして知られていたハンコック・インスティテュートなどの学校で学ぶことで、彼らの才能をレベルアップさせている。ハンコック・インスティテュートに通っていたミュージシャンが、『Cape Cod Cottage』に参加しているんだよ。
—— 『Cape Cod Cottage』は、エドワード・ブランクマンという引退した歯科医師が作ったジャズ・アルバムというストーリーに基づいていますが、なぜこのストーリーをコンセプトにしたのでしょうか?
B :『Cape Cod Cottage』は自分にとってスペシャルな作品なんだけど、エドワード・ブランクマンのキャラクターを思いついたのは、作品の構想を練っていた時期にちょうど僕にとって大切な人が亡くなったからなんだ。その悲しみを乗り越えるために、エドワード・ブランクマンというストーリーを作った。だから、魂のこもったストーリーと作品なんだよ。そのパッションがこのアルバムに反映されていて、たくさんの人が共感してくれたんだと思う。エドワード・ブランクマンというキャラクターを生み出すことで、自分が経験していた苦しみをそのキャラクターに投影できたんだと思う。エドワード・ブランクマンという老人の歯科医師が音楽を作ったらストーリーとして面白いんじゃないかと思ったんだ。エドワード・ブランクマンをアマチュアのミュージシャンという設定にしたのは、僕自身があまりキーボードの演奏が上手くないからなんだよ。ちょうどワーリッツァーのエレクトリック・ピアノを購入したばかりで、それを使って作曲したり、レコーディングしていた。でも、僕は熟練のジャズ・プレイヤーじゃない。幸運なことに、エドワード・ブランクマンはアマチュアだから、僕にとって好都合だったんだ(笑)。歯科医師というアイデアは、僕のアンサンブルが歯科医師協会のコンベンションでライヴをやったから思いついたんだ。ギャラも良かったよ(笑)。そこから、歯科医というテーマが頭から離れなかった。
—— 本当に歯科医師のためのコンベンションでライヴをやったんですか?
B : そうなんだ。今まで一番いいライヴだったよ。ギャラも良かったから、メンバーにもちゃんとギャラを払えたしね。南カリフォルニアのカジノ・リゾートで開催された歯科医師向けのコンベンションだったんだけど、不思議な環境だよね(笑)。Facebookから、コンベンション主催者の歯科医師からライヴの依頼が入ったんだ。たまたま、その歯科医師は僕の音楽のファンだったみたい。
—— 『Cape Cod Cottage』のストーリーは東海岸のマサチューセッツ州が土台になっていますが、なぜでしょうか?
B : 僕が子供の頃に家族と親戚に会いに行くために、たまにマサチューセッツ州ケープコッドに遊びに行くことがあったからなんだ。池がとても美しかったのが記憶に残っている。このキャラクターをそのノスタルジックな環境に入れることで、心地よさが作品にあるんだと思う。エドワード・ブランクマンが妻を亡くして、老後に第二の人生を歩むストーリーが浮かんできた。ケープコッドの温かみのあるコテージがそのストーリーの背景にぴったりだった。
*CD/LPのジャケットデザインには、コテージのイラストが使われている。
—— アルバムのクレジットには、エドワード・ブランクマンがワーリッツァーとパーカッションを担当したことになっていますが、それはあなたなんですね。
B : そうなんだ。架空のキャラクターがクレジットに入っている(笑)。
—— このストーリーを書くことで、あなた自身も苦しい体験を乗り越えられたということですか?
B : そう、僕の恋人が突然亡くなってしまって、とても辛い時期だった。その時に自分を癒してくれたのが音楽だった。その時に湧き上がった感情を消化するためにも、音楽が必要だったんだ。それでこのキャラクターのインスピレーションが降りてきて、ストーリーを作り上げたわけだよ。『Cape Cod Cottage』の最初の構想は、本当に自分の名前を公表せずにリリースすることだった。実際に僕の名前を使わずに、エドワード・ブランクマンという人が数十年前に作った作品を発掘した、という設定でリリースしたかったんだ。Light In The Atticというレーベルは、あまり世に知られていないアーティストの作品を発掘してリイシューすることで知られているけど、そのレーベルにこのアルバムをリリースしてもらいたかったんだ。そしてアルバムを買う人たちにこのストーリーを信じてもらって、騙そうと思っていた(笑)。それはもう少しで実現するところだったんだけどね。レーベルの事務所の留守電にメッセージを残したら、15分後にレーベルオーナーのマット・サリヴァンから電話がかかってきたんだよ。彼は、僕がこのストーリーを作り上げたことをまだ知らなかった。のちにこのストーリーを知った時に、彼は少しがっくりしたようだったけど、音源を気に入ってくれたようだった。それでレーベルのオフィスに呼ばれて、ミーティングもしたんだけど、オーディエンスを騙したら、問題になるかもしれないということで、リリースは実現しなかったんだ。そこで、僕は危機的状況に陥った。自分の名前を作品に入れないと、リリースできないことがわかったから。それで、ブレンダン・エダー名義でリリースすることにしたんだよ。小説を読む時に、「これは小説家が作り上げたフィクションのストーリーだから、読む価値はない」とは思わないよね。コンセプト・アルバムは小説に似ていて、フィクションだとわかっていても、ストーリーが良ければ、その世界観にリスナーは入り込むことができるんだ。
—— Light In The Atticに電話をした時は、あなたが古い音源を見つけた、というメッセージを残したんですか?
B : 曖昧にしておいたんだ。ウソはつかなかったけど、あまり情報を提供しなかった(笑)。レーベルを騙したいところだったけど、本当にそれでリリースしたら、後で問題になっていたかもしれないね(笑)。
—— この作品の作曲プロセスについて教えてください。
B : ワーリッツァー、五線紙、ペン、マイクで最初のアイデアを作曲したんだ。そのあとにアルバムのコンセプトを思いついて、曲の土台となるアイデアをどんどん磨き上げて曲を仕上げていった。メロディを書いて、アレンジを長くして、ミュージシャン用の楽譜を仕上げた。それはいつもと似たプロセスなんだけど、キーボードで作曲したり、マイクでメロディを歌って、それをコンピューターにレコーディングして、それを採譜していくんだ。
—— 楽譜が仕上がってから、ミュージシャンを集めてレコーディングしたんですか?
B : そう、レコーディング・セッションをブッキングして、ミュージシャンに集まってもらったんだけど、楽譜は事前に渡さなかったし、音源も聴かせなかった。僕はすでにワーリッツァーのパートはレコーディングしてあったから、それを土台に他のミュージシャンに演奏してもらった。彼らはリラックスした状態でレコーディングできたから、レコーディングは1回の8時間のセッションで完了したよ。
—— エドワード・ブランクマンのストーリーの中でも、8時間のセッションでアルバムを完成させたことになっていましたが、そこは同じなんですね。
B : そうなんだ。エンジニアのマイケル・ハリスにストーリーを話した時に、彼はホテルみたいな場所でレコーディングするといいんじゃないか、と提案したんだ。当時、ストーリーはまだ作成中だったんだけど、エドワード・ブランクマンがボストンのホテルにミュージシャンを呼んで、そこでレコーディングしたというアイデアもストーリーに入れようと思っていた。でも、ホテルでレコーディングしなくてよかったよ。とてもいいサウンドに仕上がったし、ホテルでレコーディングしていたら、こういう音質には仕上がらなかっただろうね。
—— ミュージシャンがスタジオに集まった時にストーリーを伝えたんですか?
B : レコーディングのちょっと前にストーリーは伝えてあったんだけど、70年代っぽい服装でスタジオに来て欲しかったから伝えておいたんだ。レコーディング・セッションの最中にフォトセッションも同時進行で進めないといけなかったから。とても美しいスタジオだったから、それも写真の中で利用したかった。写真の中でエドワード・ブランクマンの役を演じたのは、叔父の友達なんだ。彼は、僕が求めていたエドワード・ブランクマンのルックスそのものだったんだよ(笑)。
—— 『Cape Cod Cottage』に参加したミュージシャンとの出会い、選定基準について教えてください。
B : 僕がポール・バーグマンというロック・アーティストのドラマーを担当した時に、『Cape Cod Cottage』に参加しているベーシストのアレックス・ボーンハムがそのバンドのベースを担当した。アレックスはハンコック・インスティテュートの出身のジャズ・ベーシストで、そこでは今回のアルバムに参加したミュージシャンとほぼ毎日演奏していた。僕は、息の合ったアンサンブルに『Cape Cod Cottage』に参加して欲しいと思っていたから、アレックスとドラマーのクリスチャン・ユーマンに参加してもらった。クリスチャン・ユーマンはサム・ウィルクスに推薦されたんだけど、素晴らしいドラマーなんだ。クリスチャンに直接会えたのは、ベーシストのアレックスの紹介からだった。クリスチャンとアレックスは同じくハンコック・インスティテュートの出身なんだ。アルト・サックスはジョッシュ・ジョンソンが参加したけど、彼が『Cape Cod Cottage』に参加した頃はまだソロ作品をリリースしていなかった。彼のソロ・アルバムを聴いた時は感動したよ。彼にアルバムのコンセプトを説明した時は、とても混乱した表情だったけどね(笑)。ジョッシュは前から注目していたサックス奏者だった。フルート奏者のサラ・ロビンソンは初期から僕の音楽をサポートしてくれた。彼女は優れたフルート奏者で、魂のこもった演奏を披露してくれたよ。事前に彼らに楽譜を見せずに、スタジオで初見で演奏してもらってレコーディングしたんだ。だから、レコーディング・セッションの前に綿密に計画を練って、分りやすい楽譜を準備するように心がけた。優れたミュージシャンと、エンジニアのマイケル・ハリスのおかげで素晴らしいサウンドに仕上がったよ。
—— 『Cape Cod Cottage』をリリースして、反応はどうでしたか?
B : 素晴らしいレスポンスだったよ。何年間もかけて完成させた作品だったから、ホッとしたよ。自分でLPもプレスしたから、だいぶお金もかかったんだ。パンデミック中にリリースしたから、ライヴでプロモーションが出来なかったんだけど、幸運なことに、ゴールドフィッシュという会場でレジデンシーが決まった。そこでレコーディングしたライヴ音源が、今回の日本盤のボーナス・トラックになったんだ。( astrollage | Brendan Eder Ensemble (djfunnel.com) )
—— レコーディング・セッションでは、ミュージシャン達は個別にレコーディングしたんですか?それとも彼らは一緒にバンドとしてレコーディングしたんですか?
B : ライヴ・レコーディングだったので、ドラム、ベース、サックス、フルートは一緒に生演奏をしてもらったよ。それとは別にレコーディングされたのは、先に録音してあったワーリッツァーだけだったんだ。オーヴァーダビングは基本的にやらなかったよ。
—— 事前にミュージシャン達に楽譜を渡さなかったのは、あえて荒削りなサウンドにしたかったからですか?
B : そうだね。エドワード・ブランクマンが書いた楽譜に合わせて、ジャズ・ミュージシャンが初見で演奏するという雰囲気を出しかったし、ナチュラルなサウンドにしたかった。また、初見で演奏してもらうことで、彼らに緊張感も少し与えたかったしね。よく一緒に演奏しているミュージシャンだから、そうすることでいい演奏を引き出せると思ったんだ。通常はコンピューターで楽譜をプリントアウトしてミュージシャンに渡すんだけど、今回は70年代っぽい写真の雰囲気を出したかったので、あえて手書きの楽譜をスタジオに持って行った。
—— 『Cape Cod Cottage』を制作する上で参考にしたアーティストや音楽はありますか?
B : それは特にないね。これまで生涯をかけて聴いてきた音楽が反映されているよ。そういう意味でデイヴ・ブルーベック、スティーヴィー・ワンダー、ジェームス・ブラウン、マーティン・デニー、マイルス・デイヴィスの要素が入っているかもしれない。
—— 3月にリリースされるブレンダン・エダー・アンサンブル名義の新作についても教えてください。
B : 『Therapy』というアルバムなんだけど、ジャズの要素が入ったアンビエント・クラシカル作品なんだ。ドラムは入っていなくて、木管楽器、エレキベース、パーカッション中心で作った作品なんだよ。新作は、クラシックの要素が強いんだ。“Ending”というシングルをリリースしたばかりなんだけど、イーサン・ハマンというオルガン奏者がフィーチャーされている。彼はエール大学でオルガンの修士号を取得中なんだけど、エール大学にあるニューベリー・メモリアル・オルガンを使って演奏してくれた。世界最大級のオルガンなんだけど、素晴らしいサウンドになったよ。『Therapy』は『Cape Cod Cottage』とは違う方向性だけど、気に入ってもらえると思う。日本盤CDは、astrollageから5月にボーナス・トラックを加えてリリースする予定だよ。
—— 日本のリスナーにメッセージをお願いします。
B : インディペンデント・ミュージックをサポートしてくれる人に感謝を述べたい。そして、『Cape Cod Cottage』を聴いて、エドワード・ブランクマンの音楽とストーリーを楽しんでもらえたら嬉しい。次のアルバムもぜひチェックしてもらいたいね!
RELEASE INFORMATION
Artist:Brendan Eder Ensemble (ブレンダン・エダー・アンサンブル)
Title:Cape Cod Cottage (ケープコッド・コテージ)
発売日:2023/01/25
レーベル : astrollage
品番:ASGE48
フォーマット : CD(CDのみボーナストラックとして、9曲のライヴ音源を追加収録)
ライナー翻訳:バルーチャ・ハシム廣太郎(Hashim Kotaro Bharoocha)
OFFICIAL HP : astrollage | Brendan Eder Ensemble (djfunnel.com)