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Cassie Kinoshi (キャシー・キノシ)インタビュー |UKジャズ・シーンで燦然と輝く次世代のサックス・プレーヤー、オーケストラ作曲や劇伴も任されるキャシー・キノシ。彼女が率いるアンサンブル、seed(シード)とは?

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アフロビートを軸にしたジャズ・コレクティヴのココロコやネリジャのメンバーであり、ヌバイア・ガルシアの録音やライヴにも参加してきたサックス奏者/作曲家のキャシー・キノシは、この10年来のUKジャズ・シーンにおける中心的な存在の一人だ。名門のトリニティ・ラバン・コンセルヴァトワール大学に学び、トゥモローズ・ウォリアーズにも通った彼女は、自身のラージ・アンサンブル、シードでの活動で、作曲家としての才能を発揮している。

ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラとターンテーブリストのニックナック(NikNak)をフィーチャーしたシードの新譜『gratitude』のリリースに伴い、彼女へのインタヴューをおこなった。即興演奏をクラシックや現代音楽とも結びつけるシードの音楽性は、「今知られているUKジャズ・シーンは単に氷山の一角にすぎない」という彼女の言葉を裏付けるものだ。なお、オフィシャル・サイト(https://www.cassiekinoshi.co.uk/works)で、彼女が手掛けたオーケストラや室内楽の委嘱作品、即興のアンサンブル、映画のサウンドトラックなどを知ることができる。

Cassie Kinoshi Interview
キャシー・キノシ インタビュー

インタビュー・構成:原 雅明 – Masaaki Hara
通訳:バルーチャ・ハシム – Hashim Kotaro Bharoocha
編集:篠原 力 – Riki Shinohara(OTOTSU)
Special Thanks:Cassie Kinoshi, International Anthem


Artist : Cassie Kinoshi’s seed
キャシー・キノシズ・シード

Title : gratitude
グラティテュード

レーベル : rings / International Anthem
フォーマット : CD​, Digital
ライナーノーツ解説:原 雅明

価格 (CD) : 3,080円 (tax in)
JAN (CD): 4988044098503
品番 (CD):RINC121

*日本限定CD

ニーナ・シモン、ジャッキー・マクリーン、マリア・シュナイダーからの影響

——出身はロンドンですか?

Cassie Kinoshi (キャシー・キノシ) – 元々、ノース・ロンドンのすぐ外に位置しているウェルウィン・ガーデン・シティという街の出身です。でも、自分のことはロンドンの人間だと思っていますね。2011年、18歳の時に勉強するためにロンドンに移住し、それ以来ずっと住んでました。それ以外は9ヶ月間パリに滞在し、昨年ベルリンに移住したんです。

——ジャズとの出会いを教えてください。

C – 両親がさまざまなジャンルの音楽を聴き、いつもラジオやCDプレイヤーから音楽が流れてたのです。ジャズは常に身近にあったジャンルの1つで、CDコレクションの中から特にジャズの作品を探し出して聴いてました。

——ご両親も音楽家ですか?

C – いいえ。でも、両親は私の音楽への情熱をサポートしてくれて、ジャズのライヴに連れて行ってくれたり、幼い頃から音楽のレッスンも受けさせてくれたのです。

——音楽家として成長するにあたって、影響を受けた人を教えてください。

C – ニーナ・シモンですね。アーティストとして、そして個人的にも、彼女から多大なインスピレーションを受けました。彼女の音楽をすべて聴き、伝記本を読み、ドキュメンタリーも見ました。彼女に捧げたオーケストラ作品をロンドン交響楽団のために作曲もしたんです。黒人女性のアーティストとして活躍し、ヨーロッパのクラシック音楽とジャズを両方とも愛したところにも共感してます。彼女は音楽を通して、心の奥底の想いや気持ちを表現していました。昨年(2023年)、カドガン・ホールで彼女の素晴らしい娘さんであるリサ・シモンの音楽監督を務め、ナショナル・ユース・ジャズ・オーケストラを指揮したのはとても感動的な瞬間でした。

サックス奏者として大きな影響を受けたのは、アルト・サックス奏者のジャッキー・マクリーンですね。それ以前は、ケニー・ギャレットに夢中で、後にスティーヴ・リーマンやミゲル・ゼノンからも影響を受けました。彼らは皆独自のサウンドとアプローチを持っていて、自身の演奏法、作曲法を通して素直に自分を表現できるアルト・サックス奏者だと思います。

——作曲に惹かれた理由を教えてください。

C – 大規模なアンサンブルのために作曲することに、昔から興味があったんです。数多くの演奏家が参加するので、色彩豊かで、入り組んだ旋律を作り上げられるからです。

——作曲家としては、どのような音楽、音楽家に影響を受けてきましたか?

C – マリア・シュナイダーが憧れの存在で、彼女の音楽やオーケストレーションへのアプローチ、そしてハーモニーで織りなす美しいタペストリーの大ファンですね。2015年に彼女が初めてグループとともにイギリスを訪れた際に会えて、ファンとして一緒に写真も撮ったんです。

彼女を知る以前は、デューク・エリントン、ギル・エヴァンス、ビリー・ストレイホーンといったビッグバンドの重鎮の作品と彼らの人生に興味がありました。そこから発展して、オーリン・エヴァンス、ボブ・ブルックマイヤー、ジム・マクニーリーなど現代のビッグバンドのコンポーザーやアレンジャーが大好きになっていったのです。クラシックのアンサンブルやオーケストラの作曲にも非常に興味があり、ヨーロッパの作曲家だとプロコフィエフ、バルトーク、ラヴェル、そして、ハイナー・ゲッベルスやエンノ・ポッペ、カイヤ・サーリアホなどの現代の作曲家からもインスピレーションを受けています。

子供の頃からさまざまな音楽を聴いて育ったことが、メロディ、ハーモニー、リズムの聴き方に多大な影響を与えたと思っています。エレクトロニック・ミュージック、メタル、アフロビート、R&Bなどのジャンルも大好きですよ。

ジャズとヨーロッパのクラシック/現代音楽は密接な関係があった

——シードはどのように結成されたのですか?

C – 2015年、私が音大に通っていた最後の年に、自分の作曲を録音して最終ポートフォリオを作成するために結成されたんです。前からビッグバンドの作曲と編曲に興味があって、現実的に自分の作品をツアーで演奏できるようにしたいとも考えていました。サウスバンク・センターでヤズ・アハメド(Yazz Ahmed)が十人編成のアンサンブルで演奏したのを見て、ビッグバンドの半分のメンバー数でもインパクトがあって、広がりのあるサウンドを実現できると分かったんです。シードのメンバーは音大で同期もいますが、ほとんどは教育的なジャズ・イニシアティヴであるトゥモローズ・ウォリアーズを通じて出会いました。

——シードではどのような音楽性を追求しているのですか?

C – シードは、私が尊敬し、一緒にいて楽しいミュージシャンと共に、自分にとって重要な題材を表現する空間なんです。この空間では、臆することなく音を使って実験をすることがきるし、そこから学んだことはその他の作曲、パフォーマンス活動にも生かされています。メンバーの半分は結成時から10年近く活動を共にしていますが、特定のプレイヤーのために作曲できることを非常に幸運だと感じています。

——『gratitude』は、サウスロンドンのUKジャズのシーンのサウンドとは少し違って聞こえます。ジャズだけでなく、クラシック音楽や現代音楽からの影響も伺えます。

C – いわゆる“サウスイースト・ロンドンUKジャズ・シーン”に含まれる音楽やミュージシャンは、表面で見えているものより広いんです。ロンドンに拠点を置くミュージシャンは昔から多種多様で、様々な音楽に影響されてきました。この100年間、ジャズとヨーロッパのクラシック/現代音楽は密接な関係があったのです。ここ数十年の間に活躍してきた数多くのアレンジャーやコンポーザーと同様に、私もヨーロッパのクラシック/現代音楽にも深い関心があり、これらのジャンルをこれからも融合していきたいと考えているのです。

——『gratitude』が制作された経緯を教えてください。

C – 当初、サウスバンク・センターで作曲と作曲家のさまざまな形態について教える教育シリーズを作りたいと考えていたのですが、私に新作を委嘱する提案があったんです。シードでは、エレクトロニクスやオーケストラと融合させたい、多面的な作品を演奏したいと考えていました。ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ(LCO)がこの役割を果たすことになりました。LCOのメンバーが、オーケストラのアレンジと即興演奏を融合させるやり方にはいつも感心していたし、彼らと一緒に仕事ができてとても嬉しかったですね。2023年3月、サウスバンク・センターでのコンサートはソールドアウトとなり、そのパフォーマンスは録音され、最終的にこの作品になったのです。

リスナーが没入感のあるサウンドスケープを独自に解釈できる

——『gratitude』は組曲になってますが、楽曲はどのようなコンセプトで作られたのでしょうか? 

C – 各楽章の間に休憩を入れることなく、1回の演奏を通して聴かれることを想定して作曲しました。このような構成にしたのは、音楽が、ステージ上の演奏者とオーディエンスの両方を、徐々に繰り広げられる旅へと誘う連続的なサウンドスケープ、あるいは音の世界として受け取られるようにしたかったからです。

この作品自体は、私自身のヒーリングの手段として作曲したのです。私の母は毎日感謝していることをノートに書く習慣を大切にしていて、最近庭に植えた花が咲いたとか、庭の木を飛び回る万華鏡のような蝶を見たとか、そういったことをノートに書いているのです。日常生活の中にある小さな美の瞬間を探すこの方法は、自分の人生を見直すきっかけになり、私に喜びをもたらしてくれるコミュニティ、人々、自然界、そして経験に感謝できる素晴らしい方法だと思います。見過ごされがちなメンタルヘルスのテーマに焦点を当て、自分自身の精神状態を理解し、正常に保つために、健康的で、ポジティブな方法で内省することの重要性を伝えたかったのです。

第三楽章 「sun through my window」は、私自身のメンタルヘルスに関連した、とてもパーソナルな理由から名付けられた唯一の楽章です。これを作曲していた2023年初頭、私は一人で多くの時間を過ごし、長時間かけて机に向かって作曲し続けていました。毎日午後3時になると、冬の太陽が窓の反対側から差し込んで、私の顔を直接照らしてくれました。この作品を作曲したことは、当初の精神状態を考えると、私にとって最も困難な作業だったんですが、午後に太陽が差し込んでくれたことは私を幸せな気持ちにさせてくれて、当たり前に思えるようなことを、意識的に初めて感謝するようになりました。他の楽章を「無題」にすることで、感謝していることを書き込める白紙のノートのように、リスナーが没入感のあるサウンドスケープを独自に解釈できると思ったのです。

——シードでは即興演奏はどの程度、重視されているのでしょうか? 

C – 即興演奏はシードの音楽の中核にあり、ステージの上でも外でもコミュニケーションの柱のひとつになっています。作曲をするときは、グループの各メンバーがそれぞれの声や即興のスタイルでストーリーテリングできるような音の世界を作ることを意識していますね。私が書いたコード、メロディ、リズムをメンバーがどう解釈するかは、シードのサウンドに不可欠な要素であり、それぞれが作品の方向性を決定づけることができるようにしているんです。

——『gratitude』 がInternational Anthemからリリースされた経緯を教えてください。

C – 前からInternational Anthemの作品やその発表方法、そして何よりも商業的なシーンと違い、作品に込められたメッセージやストーリーに脚光を当てるようなリリースの仕方に感銘を受けていました。2022年に、International AnthemとEFG London Jazz Festivalとの共同開催のシカゴ×ロンドンのイベントに、ドラマーのアッシャー・ガメゼとシードの初期メンバーだったチューバ奏者のテオン・クロスと共に、エンジェル・バット・ダヴィドのアンサンブルの一員として参加しました。International Anthemは、表現方法が違うアーティストや楽器奏者を集め、大きな会場を一杯にしたので、彼らがレーベルとして素晴らしい演奏家とリスナーを集める力があることに気付かされました。

シードが2023年3月に『gratitude』を初演した後、私はInternational Anthemのスコッティ・マクニースに録音を送ってみたのです。以前から私と仕事がしたいと言っていた彼は、録音を褒めて、リリースしたいと言ってくれたのです。

作曲家という仕事をもっと親しみやすくできるようにしたい

——例えば、ケニー・ウィーラーやマイク・ウェストブルック、ニール・アードレイが手掛けてきた、かつてのUKのビックバンド・ジャズから受けた影響はありますか?

C – 実はケニー・ウィーラーの音楽を知ったのは5年ほど前で、それまではチェックしてなかったんですが、『Music for Large & Small Ensembles』を聴いてとても好きになりました。イギリス人のジャズへのアプローチ、イギリス人のジャズの学び方、イギリスのカルチャーにおけるジャズの役割、イギリスの植民地時代の歴史と黒人の歴史、イギリス独自の音楽ジャンルというものは、アメリカの伝統的なジャズとはまったく異なります。なので、イギリスのラージ・アンサンブルのアーティストとサウンド的にリンクするのは、ある意味理にかなっていると思うんです。

——作曲家としての活動と、サックス奏者としての活動はあなたの中でどういう比重であるのでしょうか?

C – 現在、主なプロジェクトは作曲が中心になってますが、それは単に楽譜を書き出すのに時間がかかるからです。作曲家と演奏者のバランスが保てる仕事への取り組み方を目指しているんです。サックス奏者として演奏し、発展することは、今でもアーティストとしての成長に非常に重要だと考えているからです。

——あなたは教える立場にもありますが、具体的にどのようなことを指導してきたのでしょうか?

C – 以前は、サックス、クラリネット、フルートなど、木管楽器を教えていました。しかし、最近は意識的にメンターとして教えたり、ワークショップ、教育的シリーズを開催するようにしています。知識を継承し、共有することは、私にとって非常に重要なことです。レプリゼンテーションはとても大切なので、若いアーティスト、特に、多くの分野でレプリゼンテーションがされていない若い黒人女性たちが、自分たちがなりたいと思うような仕事を目指せるように手助けすることに義務を感じています。

また、作曲家という仕事をもっと親しみやすくできるようにしたいと思っています。曲作りをしたがっている若者にとって、作曲家という言葉に不快感を覚える人もいると思いますし、自分を作曲家と呼べるのは特別な人だけだと思っている人もいると思います。また、音楽教育が不足している学校でも、私や私が尊敬するアーティストのワークショップを受けられるようにしてあげたいと思っています。最近は、私が教育分野でよくやっているのは、特定のオーケストラや組織を通してマンツーマンで作曲家にメンターとして指導することや、様々な学校でワークショップを行うことです。

——ワークショップなどを行う基盤となるコミュニティについての話も訊かせてください。

C – 個人的には、今知られているUKジャズシーンは単に氷山の一角にすぎず、ロンドンにフォーカスが当たりすぎてきたのではないかと思います。どんなシーンでも、シーンを代表するアーティストが注目されがちですが、「ロンドンのジャズ・シーン」は多種多様なサウンドを持っています。カメラマンのジョージ・ネルソンが主宰するMoment’s Noticeというロンドンのジャム・セッションがあって、通常は一緒に演奏する機会がないようなロンドンの様々なタイプの即興演奏者やジャズ・ミュージシャンたちを集めています。このイベントで演奏したグループは一緒に音楽を制作し、レコーディングして、作品がリリースされます。このイベントこそが、本当の意味での「ロンドン・ジャズ・シーン」の多様性を反映していると思いますね。

世界で紹介されるイギリスのジャズ・アーティストのほとんどはロンドン出身者ばかりです。でも、ロンドン以外の多くの都市、例えばスコットランドなどには、活気あふれる即興音楽とジャズ・シーンがあります。私は、バーミンガム(イングランド中西部)出身のun.procedureというバンドにも参加しています。クラウト・ロック、シンセ、ジャズの即興演奏が融合しているグループです。この街にはとても豊かで素敵な音楽シーンがあり、素晴らしい即興演奏者やコンポーザーも多数います。例えばこの街の出身のサックス奏者のソウェト・キンチは、ロンドンのミュージシャンと引けを取らない重要なアーティストです。スコットランドのバンドでぜひお勧めしたいのは、トロンボーン奏者のリアム・ショートホールのグループ、コルト・アルト(corto.alto)。彼らは本当に素晴らしいですよ。

——現行のアメリカのジャズで、あなたが共感を覚えるものがあれば教えてください。

C – 最近は、スティーヴ・リーマンの最新作『Ex Machina』にハマっていますね。作曲家としてまだ自分の独自の表現方法を探そうとしている私にとって、彼のエレクトロニック・ミュージック、スペクトラル音楽、即興演奏、そして大編成のオーケストレーションの組み合わせ方はとても刺激になりました。また、私はリーマンの演奏のアプローチとオーケストラの作曲のファンですが、どの作品を聴いても彼が作曲したことが分かります。マルチ・インストゥルメンタリストで作曲家のタイショーン・ソーリーや、ピアニストで作曲家のヴィジャイ・アイヤーも同様です。また、素晴らしいメロディーと作曲の才能を持ち、インプロヴァイザーでもあるヴィブラフォン奏者のジョエル・ロスや、サックス奏者、サウンド・アーティスト、そして作曲家でもあるマタナ・ロバーツの大ファンでもあります。

——シードでのライヴの予定はありますか?

C – 現在も、私は引きこもりながら多数の作品を作曲しているんですが、2024年8月に、ジャイルズ・ピーターソンのWe Out Here Festival 2024に、シード×ニックナックで出演することが決まっています。

RELEASE INFORMATION

Artist : Cassie Kinoshi’s seed
キャシー・キノシズ・シード

Title : gratitude
グラティテュード

レーベル : rings / International Anthem
フォーマット : CD​, Digital
ライナーノーツ解説:原 雅明

価格 (CD) : 3,080円 (tax in)
JAN (CD): 4988044098503
品番 (CD):RINC121

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