ジェフ・パーカーは以前のインタビューで、シカゴのジャズ・シーンに再び注目が集まるきっかけを作った存在として、ドラマーのマカヤ・マクレイヴンとトランペッターのジェイミー・ブランチの名前を挙げた。二人共シカゴ出身ではないが、International Anthemをベースにシーンを活性化してきた。現在はニューヨークを拠点とするブランチは、ドラマーのチャド・テイラーらとのフライ・オア・ダイの活動で知られるが、ドラマーのジェイソン・ナザリーとのユニット、アンテローパーの活動にも力を注いでいる。ジャズ・ドラマー/インプロヴァイザーとしてニューヨークのシーンで活動を続けてきたナザリーは、昨年ドラム/パーカッションとシンセなどを使って制作されたソロ・アルバム『Spring Collection』をWe Jazzからリリースした。
ジャズに軸足を置いたフライ・オア・ダイに対して、アンテローパーはエレクトロニクスも使ったインプロヴァイズド・ミュージックを演奏する。ジェフ・パーカーをプロデューサーに迎えた最新作『Pink Dolphins』(日本盤はファースト・アルバム『Kudu』とのカップリング)には、そのエッセンスが詰まっている。二人だけで演奏し、ソフトウェアではなくハードウェアの使用に拘り、MIDIの同期も使わず、あらゆるサウンドにオープンであろうとするアンテローパーの音楽は、エレクトリック・ジャズやエレクトロニック・ミュージックという括りに留まらない。
アンテローパーの活動を中心に、ブランチとナザリーに話を訊いた最新のインタビューをお届けする。
インタビュー・構成:原 雅明
インタビュー・通訳:バルーチャ・ハシム
編集:三河 真一朗(OTOTSU 編集担当)
トランぺッターのジェイミー・ブランチとドラマーのジェイソン・ナザリーによる注目デュオ・プロジェクト、アンテローパー。ジェフ・パーカー・プロデュースによる最新作『Pink Dolphins』と、2018年に発表されたデビュー作『Kudu』を合わせたスペシャルエディションで、日本限定盤ハイレゾMQA対応仕様の2枚組CDでリリース!!
Anteloper
Kudu + Pink Dolphins Special Edition
日本限定盤は、ボーナストラックを加えてハイレゾMQA対応仕様の2CDでリリース。
CD/LP
品番:RINC88(CD)IARC0056LP(LP)
レーベル : rings / International Anthem
OFFICIAL HP :
—— まず、二人の出会いから教えてください。
ジェイソン・ナザリー(以下JN):ジェイミーとはニューイングランド音楽院で出会ったんだけど、彼女は僕より1年先輩。学生時代はあまり一緒に演奏したことがなかった。卒業後も別々の道を歩んで、ジェイミーはシカゴに戻った。僕は2005年にニューヨークに移住した。10年前くらいにジェイミーがニューヨークに引っ越してからまた仲良くなった。
—— 大学では何を専攻していたんですか?
JN:ジャズ、インプロヴィゼーションなどを学んだ。二人ともジャズ学部だった。僕は中学2年くらいからドラムを叩くようになって、その直後にジャズに興味を持つようになった。父親がドラムをやっていて、いろいろなドラマーについて教えてくれたんだ。
ジェイミー・ブランチ(以下JB):ジェイソンは演奏のレベルが高すぎて、数年しか大学に在籍しなかった。優秀な生徒のみが入れるアンサンブルに1年目から入っていた。アンテローパーを結成したのは2016年。ジェフ・パーカーのライヴの前座を務めるためにグループを結成したんだけど、その時はトリオで出演する予定だった。でも、二人で演奏し始めたら、他のメンバーが不要だということに気づいて(笑)、デュオを結成することにした。
JN:僕もジェイミーも、生楽器とエレクトロニクスを組み合わせることに興味があったから意気投合したんだと思う。それに二人ともエレクトロニック・ミュージックが大好きという共通点もあった。
—— 好きだったエレクトロニック・ミュージックは?
JB:二人ともオウテカ。J・ディラも好きだね。
JN:あとはエイフェックス・ツイン。ジェイミーに勧められてマウス・オン・マーズも聴くようになった。
JB:マウス・オン・マーズの『Instrumentals』はしばらくリピートで何度も聴いてた。Thrill Jockeyからリリースされたアルバムだね。他には、エリカ・エソの新作(『192』)が好き。ウェストン・ミニサリとは仲がいいし、彼らのエレクトロニックなサウンドは気に入っている。
—— アンテローパーの音楽的なヴィジョンは?
JB:このバンドでは、インプロヴァイズド・ミュージックを最初から演奏しているけど、サウンドは変化し続けている。始めた頃は、ジェイソンが事前に作曲した曲を持ち込んで、その幾つかが『Kudu』に収録されている。そのあとはインプロヴィゼーションの側面が強くなった。二人でニューヨーク中でライヴをやるようになってサウンドが変化していった。ライヴの機材も時間と共にだいぶ変化している。私はLine 6 DL4というディレイ・ペダルをずっと使い続けていて、二人ともSP404をライヴでは使っている。
JN:だから3人目のメンバーはいらなかったんだ(笑)。ループをどんどん重ねているからね。
JB:私たちはテンポやMIDIを同期した演奏をしていないから、すごく自由。ジェイソンは、私のフレーズに反応できる。そこから新たなグルーヴを生み出す。それがアンテローパーの特徴かな。
JN:演奏を聴きながら、グルーヴを作っていくようなプロセスだね。
JB:独自のロジックがある。音を重ねたり、ズレたリズムの上にドラム・マシンを重ねると、フェイズ効果が生まれる。そこにメロディを乗せたりする。ドラムがしばらくリズムにぴったり合っていて、そのあとはメタタイムになったり。
—— 一般的なジャズのデュオではなく、パンク/ポスト・パンクのバンドのようなエネルギーを感じます。
JN:もちろん、そうした音楽の音響的なボキャブラリーを利用している。僕が気に入っているジャズ、フリー・ミュージックにはパンクのエッジが入っている。アグレッシヴなサウンドを取り入れているだけではなく、ポスト・パンク、エレクトロニック・ミュージック、インダストリアル・ミュージックの音響的な可能性も利用している。そうした音を使ってインプロヴァイズしているんだ。
JB:音のボキャブラリー、音色のパレットだね。子供の頃は、パンク・ロックを実際に演奏していた。シカゴ出身だから、そこからトータス、シカゴ・アンダーグラウンド・デュオ、ジェフ・パーカー、ジョシュ・エイブラムス、ファイヴ・スタイル、アイソトープ217°などに影響されるようになったから。
—— 一方、ジャズから反映されたこともあると思いますが、特にエレクトリック期のマイルス・デイヴィスからの影響はありますか?
JN:もちろんだよ。
JB:私、ジェイソン、ジェフ(・パーカー)が共通して大好きなのが『Live Evil』。でも、マイルスのエレクトリック期の作品は『Miles In The Sky』、『On The Corner』、『Big Fun』、『Water Babies』、『Bitches Brew』など全部好き。
—— 曲の制作プロセスは?
JN:最新作の土台は、すべてインプロヴィゼーションから作って、その素材をジェフに渡した。その中から、彼は曲となるセクションを見つけて、あまり手を加えないこともあれば、大幅にエディットした箇所もあった。1つの曲では、ジェイミーがさらにヴォーカルをのせて、もともとインプロヴィゼーションをした時とは全く違うサウンドに仕上がった。でも、一番最初はインプロヴィゼーションが出発点だね。
JB:今回は初めて外部のプロデューサーと作業をしたけど、ジェフに何時間分もの演奏を渡したら、彼は最初は「どうすればいいの?」という感じだった(笑)。 だから、ジェフが作業しやすいように自分たちである程度編集してから渡した。ジェフは私たちの演奏を何度も聴いて、私とジェイソンの演奏のロジックを理解しようとした。それが理解できるようになってから、彼の方で編集して、“Earthlings”以外の曲をまとめて私たちに送ってくれた。そこを少しだけ私たちの方でエディットしたり、曲を短くしたり、トランペットを追加したりした。最後に完成したのが“Earthlings”だった。この曲では、ジェフがループを送ってくれて、「ここにヴォーカルをのせてくれる?」と頼まれた。それで、私はあのメロディを思いついて歌った。
—— 二人の役割分担はありますか?
JB:このグループでの役割は完全に平等。最初の頃は、ジェイソンが曲の土台となる素材を持ち込むことが多くて、私がそこにメロディをのせてた。でも、今は平等にアイデアを持ち込んでる。
—— アンテローパーでエレクトロニクスを扱うことの利点を教えてください。
JN:僕の場合は、ドラムの音響的な可能性を広げたいと思っている。シンセサイザーの音は昔から大好きだから、ドラムでエレクトロニクスをコントロールする方法をずっと模索している。生のドラムスを叩くのも楽しいし大好きだけど、音響的なパレットを広げるのも楽しいね。
JB:私の場合は、まずはリスニングをすることが大切だと思ってる。優れたインプロヴァイザーは聴くという行為が得意だと思う。頭の中で聞こえている音を作り出そうとしている。エレクトロニクスの面白いところは、頭の中で聞こえている音を再現しようとして、全く違う音が出てくることだけど、そこから思い掛けない方向性に演奏が進むことがある。トランペットとドラムを私とジェイソンは長年演奏していて、私は絶対音感はないけど、頭の中で聞こえる音は大抵再現できる。トランペットは、単音しか演奏できない楽器だけど、キーボードはポリフォニック楽器。だから、エレクトロニクスを使うことでどんどん音のレイヤーを積み上げることができて、可能性が無限大になる。アコースティック楽器も無限の可能性を持っているけど、エレクトロニクスを使うと、それがさらに強調されるという感じかな。エレクトロニクスを使うことで、私はトランペットでエレクトロアコースティック・ミュージックを作るようになった。
—— 日本盤は『Kudu』も含めた2枚組のリリースです。『Kudu』の制作についても教えてください。
JB:実は『Pink Dolphin』と『Kudu』はブルックリンのCarefree Studioという場所でレコーディングされた。もちろんレコーディングされた時期は違うけど。
JN:両方共ライヴ感が強いけど、『Pink Dolphin』の方がポストプロダクションが多いと思う。『Kudu』は、スタジオで演奏したままの素材を編集していて、事前に作曲したものも入っている。『Pink Dolphin』は、完全に即興演奏が出発点になっていて、それを素材として後から曲を作った、というプロセスだった。
—— なぜ、『Pink Dolphins』はジェフ・パーカーがプロデュースすることになったのですか?
JN:International Anthemは前から、ジェフとジェイミーをコラボレーションさせたがっていたんだ。
JB:もともと、ジェフは『Fly or Die 1』をプロデュースするはずだったけど、ジェフは「もうこれは作品として完成しているね」と言って、やることがないということになった。だから、『Pink Dolphins』で最初にあったジェフとのコラボのアイデアに戻った、という感じかな。
—— プロデューサーとしてのジェフはどうでしたか?
JB:ロックダウン中だったから、ジェフとは会わずに作業することになった。何曲かでジェフはギターを演奏して、3人のパーソナリティが混ざった音楽になっている。私たちは現場にいなかったから、ジェフは自分の耳に頼って作業していた。そこに一緒にいれば、話し合って音作りをしたと思う。でも、ジェフの視点が反映された作品になっている。ジェフは“One Living Genus”と“Earthlings”でギターを演奏している。あと、チャド・テイラーがカリンバを“Delfin Rosado”で演奏してくれた。
—— ジェフがアレンジした曲を聴いて意外性はありましたか?
JN:ジェフが引き出したサウンドが素晴らしかった。僕らが気づかないところを強調したり、彼のサウンドも反映させた。この作品はアンテローパーのサウンドではあるけど、確実にジェフも爪痕を残している。ドラム・マシンのハイハットを僕のドラムと重ねてサウンドを変えたり、僕が使った808のキックの音色のピッチを変えて、そこからベースラインを作り出したんだ。
—— “Earthlings”は、ブラジルのサンバ歌手エルザ・ソアレスと関係がある曲ですか?
私が作った曲だけど、プレスリリースにはエルザ・ソアレスに影響されていると書いてあったと思う。彼女はこの曲に直接的な影響を与えていないけど、私のヴォーカルのアプローチ全般は彼女に影響を受けている。自分の声の荒削りな部分を受け入れられるようになったのも、彼女のおかげだと思う。そういう意味でも彼女は私のヒーロー。“Earthlings”は、ジェフがループを送ってくれて、「ヴォーカリゼーションを試してみて欲しい」と言った曲。歌って送ったら、ジェフは驚いてた。私が歌うとは思ってなかったみたい。メロディが突然降りてきて、それをすぐにレコーディングした。
—— あなた自身は、歌うことに積極的ですか?
フライ・オア・ダイの作品で歌うようになってから、もっと歌うことに興味が出てきた。トランペットとは違う意味でスリリングだからだと思う。子供の頃は歌が好きだったし、高校生の頃はパンク・バンドで歌ってた。でも、大人になって、トランペット奏者としてはあまり自分の声を使うことはなかった。少し歌うことに対して恐怖があったのかもしれない。(ベーシストの)ジェイソン・アジェミアンはフライ・オア・ダイのメンバーでもあるけど、彼がヴォーカルをインプロヴィゼーションに取り入れるようになって、それを見て自分でも挑戦してみようかなと思うようになった。
——『Pink Dolphins』のタイトルの由来は? ジェイミーのコロンビア系のバックグラウンドと関係があると聞きましたが。
JB:アマゾン河にはピンク色のイルカがいて、コロンビアだけではなく、ブラジルなどにもいてね。私自身が、ピンクのイルカと似ていると思ってたから(笑)。
JN:僕はコロンビア人じゃないけど、ピンクのイルカと共通点が多いと思ってるよ(笑)。
—— ピンクのイルカは淡水の中で生活している珍しい動物ですよね。共通点とは?
JN:音楽的に、僕らはあらゆるスタイルの音楽を演奏したり、様々な方法で音楽を作っていて、僕らの音楽は様々な環境の中で聴くことができる。例えば、エレクトロニック・ミュージックのクラブで演奏することもあれば、小さいインプロヴィゼーションのクラブで演奏することもある。
JB:LAでライヴをやった時は、フリースタイル・フェローシップのマイカ9とコラボレーションしたけど、音楽と彼のラップがすごくマッチしていた。MCと演奏すると、私たちはビートの演奏に集中できる。私はラッパーじゃないけど、自分たちの演奏の上に歌うこともある。これからもっとラッパーと演奏してみたいね。
——『Pink Dolphins』のアートワークは、ジェイミーとトータスのジョン・ハーンドンとのコラボレーションですね。
JB:そう。私は大きな絵を描いて、それを何箇所か切り取って、背景として使っている。表紙で使われた素晴らしいイルカの絵は、ジョニーが描いた。裏ジャケのイルカの絵は最初、目が普通だったけど、「イルカに未来を見る目を追加したい」とリクエストした。「未来を見る目」というのは、『Fly or Die』と『FLY or DIE II』のジャケに登場するハトの目のことね。私がたくさん目を追加することをジョニーに提案して、決定した。
—— アンテローパーのライヴでの編成は?
JB:私たちのライヴではラップトップを使わない。すべてハードウェアだから、結構重い。トランペット、シンバルを持っていかないといけないから、どこに行くかによって、持っていける荷物も変わってくる。今は、トランペット、シンセ、SP404、Line DL4を使っている。ジェイソンは少ない機材で演奏しているけど、私はパーカッションも持って行くことがある。
JN:アメリカでライヴをやるときは、移動用のバンに入れられるだけの機材を持っていくよ(笑)。
—— ライヴはジャズ・クラブでやることが多いのですか?
JB:あらゆるタイプの会場でライヴをやっているけど、大きなサウンドシステムがある会場でなるべくやっている。808の音は、大きなサウンドシステムで鳴らした方がかっこいい。ジャズ・クラブで演奏することが私たちのバックグラウンドではあるし、DIYの小さい会場でもたくさんライヴをやってきた。イギリスのEnd of the Roadフェスでもライヴをやったけど、あそこまで大きなサウンドシステムを使って演奏できると演奏のパワーが格段に違ってくる。私たちの音楽をどう呼ぶかはどうでもよくて、一番大事なのはサウンドそのもの。
JN:日本でアルバムがリリースされるのは最高に嬉しいよ。アルバムのインプロヴィゼーションを楽しんでもらいたいし、日本に呼んでもらえたら、ライヴの現場で僕らのインプロヴィゼーションを味わってほしい。
JB:日本はぜひ行きたい。私はボアダムスと演奏しているブッチー・フエゴともバンドをやっていて、彼が日本について色々教えてくれたからね。
RELEASE INFORMATION
トランぺッターのジェイミー・ブランチとドラマーのジェイソン・ナザリーによる注目デュオ・プロジェクト、アンテローパー。ジェフ・パーカー・プロデュースによる最新作『Pink Dolphins』と、2018年に発表されたデビュー作『Kudu』を合わせたスペシャルエディションで、日本限定盤ハイレゾMQA対応仕様の2枚組CDでリリース!!
Anteloper
Kudu + Pink Dolphins Special Edition
日本限定盤は、ボーナストラックを加えてハイレゾMQA対応仕様の2CDでリリース。
CD/LP
品番:RINC88(CD)IARC0056LP(LP)
レーベル : rings / International Anthem
OFFICIAL HP :