黒木真司(Z.O.A)がソロ・アルバム「水彩」をリリースした。音の一粒一粒が煌めきながらも透明に研ぎ澄まされた鮮やかさを保ち、それでいてどこか隠棲の哲学者が開いた悟りのような落ち着いた端正な表情をも持ち合わせている楽曲群に息をのむ。曲一曲の完成度もさることながら各曲のミックスも隅々まで気の行き届いた音響トリートメントがなされ、どこか懐石料理の厳選された素材と試作を重ね辿り着いた調理法の関係性の如く全神経の琴線に触れるその音の味覚に引き込まれていく。この音はどこから生まれてくるのか。既に解散態勢に入りレコーディングを目前に控えながらもどこか物静かなその佇まいは恐らくもうすぐ訪れる過去最大のテンションの高まりを今はまだ内に秘め、まさに嵐の前の静けさ状態の黒木真司にそのZ.O.Aの活動を踏まえながら話を聞いてみた。<PART 1>
取材・文:カワグチトヨキ
写真:秋山典子
編集:汐澤(OTOTSU)
【前半の今回はソロ・アルバムを作るに至った経緯とアルバムに収録された楽曲の一曲目から四曲目までを解説。】
―まず今回のソロ・アルバムのリリースへと至る経緯を教えてください。
2020年かな。なんとなく出したいなと。当時コロナ禍になってしまって(世間的にも緊急事態宣言の中で)インドアな感じがあってライブも出来ないし、何か創作してみようかなと。その年に一回全部自分で自宅録音で一枚分出来ちゃってミックスまで終わって発表するつもりだったんだけど時間経って聴くうちになんか違うなと思って。森川に聴いてもらったら最初はミックスし直した方いいんじゃない?って話がいっそ録り直した方がいいんじゃない?ってなって。じゃ手伝うよって言ってくれて。黒木がやるなら協力するからって。じゃあそうしようか、と。その時の曲は殆ど入っていなくて新たに書き下ろしました。
―ソロとバンドでは曲作りに対する意識の違いはありますか?例えば常に作曲はしていてこれはバンド、これはソロ、とか。
自分の場合は作ろうと思わないと出来なくて。ソロの曲も断片的なフレーズはあるけど、よし作ろうと思ってまとめたかんじなのでストックは少しあるけど、いっぱい有るというのではないかな。Z.O.Aでは断片的なフレーズを森川と有る程度かたちにして皆でスタジオで。
―1997年に1枚ソロ・アルバム「Sketch」を出してますね。今回と創作に対する意識は違いますか?
あれは当時知り合いが発売元のBANDAIと繋がりがあって、ディレクターさんがこれからの人たちの力を発掘するみたいな企画で、他の人たちは下北系って言うのかな?だけど自分はそれとは違った音楽性でしかもインストで曲数も少ないマキシ・シングル。でも有り難い事に作らせていただいて。なので今回はフル・アルバムで自発的に作ろうと。
―前作と今作の間にZ.O.Aの活動休止期間も含めてソロ・アルバムを作りたいという思いはありましたか?
それは全然なかったです。
―SSEのオムニバス「Nativity Of Stimulus」にもソロで一曲参加してますね。各々バンドとは別に普段ソロとして活動してない人のソロ音源を集めたアルバムっていうコンセプトだったと思うのですが。
あれは何だったんだろう。博史(※関口博史。奇形児ギタリスト)さんとかチェルシー(※DEATH SIDEギタリスト。故人。)とか入って。当時フールズ・メイトにみんなの顔の広告が出て。
―証明写真の。
そうそう(笑)。
―SSEとBANDAIはどっちが先のリリースですか。
SSEのほうが先かな(※1995年)。
―ではそれが初のソロ作品ということになりますね。
一曲だけね。しかもすごく短い。他の収録の皆が力入れてるっぽかったから。自分は敢えてスカしてみようかなと思ってね。その頃トラッド的なのが凄い好きだったからそういう感じが出ている曲ですね。
―琵琶を始めたのは何時頃ですか?
Z.O.Aが一回活動を止めた時かな。1992年。当時Z.O.Aが行き詰まって。ドラムが決まらないってことがずっと続いて。それでもライブが決まって八方塞がりで自分たちも気持ちが落ちてるのに、なんとなくリハをこなして、代役立ててライブをやって。森川はその頃、S-Amerikaでソロ・プロジェクトを始めて、タカさんもBAKIさんのバンドをやって。でも自分はこれっていうのも無くて。その頃、割とナショナリズム的なものに目覚めたところもあって、日本人なら日本の楽器をやってみようって気になって。でも割とギタリストなら行きがちな三味線には行かず(笑)、琵琶の方がカッコいいって思って。よく分かってないうえに、怪しさ全開でやるならコレしかないだろうと(笑)。
―ソロで琵琶は使わないのは何故ですか。
他の西洋楽器と合わせるには調律が難しいんですよ。和音という物に対してかなりの無理が出てしまう。コードチェンジが極端に少なかったり、いわゆる一発もののワンコードであれば対応可能だけども。もちろん琵琶のみの独奏も出来ない訳ではないけれど、ブズーキよりも遥かに異色になってしまう。琵琶の音色はそれ自体がもう強烈なものなので、異端過ぎますね。
―でも和楽器をロックに取り入れる、みたいな音楽って巷にありますよね。
西洋音楽であるロックの中にあくまでも風味付けとして和楽器の音を取り入れる、というのならいいと思います。でも和楽器を使ったから、和音階を使ったから和風で日本でしょう、というのは違うのかなと。
―ちなみにソロでボーカルをやってみようとかは?
(笑)それはない。絶対にない。もう楽器だけ。あ、琵琶を弾いている時に唄わないといけない時があって、そこで初めて声を出しました。唄っていうより語り。自分は琵琶って三味線のように独奏楽器の部分もあると思っていたら、あくまで語りの伴奏楽器で。
―琵琶法師。
そうそう。主があって従というか。
―曲は古典ですか?オリジナルなものもある?
有名な「平家物語」を初め、古典に節をつけ先人たちが作ってきた曲はたくさんあります。他にも三味線の唄から持って来たり、物語の題材を見つけて節を付ける人もいます。基本の節付けやフレーズの構成があって、いわゆるコール&レスポンスとして楽曲が成立しているのはブルースと同じですね。琵琶法師や検校、瞽女、海外でもブラインド・レモン・ジェファーソンやブラインド・ウィリー・マクテルなど、名だたるブルースマンの多くは盲目(※ブラインド)で、そのハンデ故に聴覚の発達があるのか、口伝いに音楽を語り楽器を演奏し伝承していくっていうのが弾き語りとして共通していて。本来の音楽の土着的な部分というのは感じましたね。
―自分ではオリジナルは?
ないですね。考えた事も無かったっていうか純粋に楽器がロック・ギターと同じようにカッコいいと思って始めたから。自分の師匠(※後藤幸浩。正派薩摩琵琶普門院流師範。TVアニメ「平家物語」や、米ゴールデングローブ賞にもノミネートされた劇場アニメ「犬王」 の琵琶監修・演奏を担当など)を見て、ロック・ギタリストと同じようにカッコいいって思って門を叩いたんですよ。そしてやればやるほど古典的な深さに感銘を受けて深みにハマっていって、先人達から伝承されてきた古典をちゃんと学びたいなと思って。
―琵琶でMORRIEさん(※DEAD END、Creature Creatureボーカリスト)とも一緒にやってますね。
あれはMORRIEさんの企画で。昨年夏かな(※2023年7月横浜minthall)。怪談話的な詩を朗読するのでそれに合わせる伴奏をやったけどあれはまた古典とは別ですね。元々はMORRIEさんの奥様であるHeatherさんが琵琶に興味を持ち、自分が琵琶を演奏することを知っていたMORRIEさんが連絡を下さったんですよ。8年くらい前かな。そこから懇意にさせていただいているという流れがありまして。その後、MORRIEさんソロ・バンドのギタリストである青木裕さん(※downy)が急逝してしまうんですが、再び活動を始めていた自分にギタリストとしてお声掛けをいただいて、今に繋がるんですけども。2015年に活動再開するまで琵琶もギターも長い間離れていたんですよ。琵琶の師匠とも大分会わなかったんだけどその横浜での琵琶演奏にあたり、久しぶりに稽古をつけていただいて。その後、声を掛けていただいて昨年10月に数十年ぶりに師匠とご一緒させていただきました。でも(ギターでの活動と)両方同時にってなかなかできなくて。お話をいただいたらそっちにシフトするという。あんまり器用に出来ないんです。全然違うものだし。
―では、いよいよアルバムについてお聞きします。まず、タイトル「水彩」についてお聞きしたいのですが。
それは至って単純で、一枚目のソロ・アルバムのタイトルが「Sketch」なんですよ。アコースティックのインストで自分の心象をさらっと描きましたよっていう意味合いもあって「Sketch」にしたんだけど、20何年経った後の第二作といったらなんとなく繋げたくなるでしょう。で、美術的な用語が良いかなと思って、でも油絵ではないし自分を客観的に考えた時にあまり主張するほうでもない。滲む感じがスケッチからちょっと色が付いたぐらいでいいやって。前作を知ってる人からしたら、あ、スケッチから水彩になったんだって思うでしょ。そこでニヤっとしてくれれば嬉しい(笑)。前回はアコースティックで今回はエレクトリック・ギターを結構使ってるけどそんなにイメージは変わってないと思うし。
―今聴けばやはり「Sketch」のほうが音が若く、今作のほうが深みと渋みを感じますが基本的な音の感触は変わってないですね。ソロでやるなら年月が経っても揺るぎないものがあると感じました。
そう言っていただけると嬉しいですね。全然違う音ではなくて同一人物が作ったものだって、間が空いても聴いてもらったら分かると思うから。
―では曲の解説を一曲ずつしていただいて良いでしょうか。まず「PALE STAR」。これは一曲目にふさわしいイントロが印象的で。
これは一番最後に出来たんですよ。
―あ、そうなんですか(驚)。イントロの一音一音が煌めいていて。
まさに。一番最後にこの曲が出来た時に、あ、もうこれが一曲目だ、と思って。仮タイトルが「キラキラ」で。
―えー(驚)!最初に聴いた時、メモで「キラキラ」って書いたんですよ。
えー凄い(笑)!星がビッグバンじゃないけどパンって小さく弾けた感じ。孤独で淋しい、夜空にぽつんというかんじで。ティンシャ(※チベットの小さな金楽器)のチーンって音でイメージが決まったかんじはある。タイトルは曲によってカタカナだったり英語表記だったりそういうのも少しこだわって。「PALE STAR」は英語表記で次の「アネモネ」はカタカナだったり。
―二曲目はその「アネモネ」。これはブズーキを弾いてますね。山岳民謡のような印象を受けました。
これはさっきのSSEオムニバスの「風船」のようだし「Sketch」では一曲マンドリンを入れたりしたのだけど、牧歌的なトラッドなのが好きで、ブズーキを持ってるとそういう気分になってきてそれで出来た曲。風が吹く感じで弾いていて、ブズーキってアイリッシュ・トラッドでも良く使われるけど元々はギリシャの楽器なんですよ。で、アネモネって風の花で。ギリシャ神話でアドニスが流した血からその植物が生まれてギリシャ語で風(アネモス)を意味している。それでそれを「風船」みたいに短くやるといいかなと。
―では三曲目、「欺瞞の檻」。これ面白いですね。アンガーって(アルバムのインナークレジットにangerとある)。怒りながら弾いたんですか?
そうそう、まさに(笑)!
―そんな感じで弾いてる箇所があったので(笑)。
あ、嬉しい(笑)。やり場のない怒りなんですけど。
―でもそこで曲が終わらず続きますね。
諦めですね(笑)。抗ったところでどうにもならない檻の中にいるんだよっていうかんじかな。
―これは録音の際にドアを開けて外の街の音を入れながら録ったとお聞きしたんですが。
そうそう。今回、森川が録音のマイクのチョイスやミックスのアイデア全部出してくれて、曲を渡して自分はただ弾くだけで。
―ドアを開けて録音したのは怒りの部分だけですか。途中に曲のシーンがふっと変わる瞬間があって。
後半は閉じてます。面白い効果が得られてますね。自転車のブレーキの音とか。
―電車のゴォォォォーとか(笑)。
(笑)まさに檻の中にいるんだと思う部分が市井の人々の日常の音と一緒に録音されたことで妙な臨場感が出て世界観が表現出来たんじゃないかな。ヘッドフォンで聴くとよく分かる面白いアイデアだなと思って。全部偶然の音だから。キーとかゴォォォォーとか。今のでオッケーだよね。同じの録れないから、とか(笑)。
―次は、「夕映え」。これはカホンから始まって。
自分が叩きました。
―では、まずカホンから録った?
いやカホンは後。クリックを使って。クリックは使う曲と使わない曲があって。夕焼け空のイメージで。ここでEボウ(※ギターのピックの代わりにバイオリンのような持続音を演奏する為の装置)を使ってます。
―曲名に夕方だったり暁だったり、時間を表す言葉が使われてますね。アルバム全体では時間を軸にして夜の暗闇から光を求めて朝の明るみへ向かってるのかなと思いました。
無意識にあるかもしれない。でもちっちゃい光ね(笑)。太陽が燦々と輝くかんじではない。ぽーっと明るいかんじ。この曲はそういう、見上げたら明日に続く夕焼け空、という感じかな。
<PART2へ続く>
Release Infomation
水彩
黒木真司
2024.05.22 DEGITAL RELEASE
Grand Fish/Lab
Z.O.Aの黒木真司、1997年以来となるソロアルバム。「水彩」
本作はギターのみならず、ブズーギやアコースティック楽器等を使用し、淡く儚く滲む音像世界に広がる楽曲群。オールインストルメンタルのこの作品は1年の期間ゆっくりと作業が進められ説得のある音楽作品と仕上がっている。
LIVE Infomation
●Z.O.A 1984-2024
7.14 (SUN) 大阪FANDANGO
open 19:00 / start 19:30
adv ¥5,000 / door ¥5,500 +1d
ticket: https://t.co/heui3Mf2tA
7.21 (SUN) 高円寺HIGH
open 18:30 / start 19:30
adv ¥5,000 / door ¥5,500 +1d
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