アンナ・バターズは、LAで最も忙しいベーシストの一人だと言える。ジェイソン・イズベルからフィービー・ブリジャーズまで様々なシンガーソングライターの録音やライヴで重用されている。一方でジェフ・パーカー率いるETA IVtetやエレクトリック・ジャズ・クインテットのSMLの活動で、LAのジャズ・シーンを活性化している中心的な存在でもある。
バターズが先にリリースしたばかりのソロ・アルバム『Mighty Vertebrate』では、ベース以外の楽器も自ら演奏し、ドラムマシンやサンプリングも駆使して、フリーフォームな音楽を作り出した。アルバムにも参加したジョシュ・ジョンソンやグレゴリー・ユールマンらと新たなシーンを作り出しているとも言えるバターズに、これまでの活動からアルバムのことまで多岐にわたる話を訊いた。
Anna Butterss Interview
アンナ・バターズ インタビュー
インタビュー・構成:原 雅明 – Masaaki Hara
通訳:バルーチャ・ハシム – Hashim Kotaro Bharoocha
編集:篠原 力 – Riki Shinohara(OTOTSU)
Special Thanks:Anna Butterss, International Anthem

Artist : Anna Butterss
アンナ・バターズ
Title : Mighty Vertebrate
マイティ・バーテブレイト
レーベル : rings / International Anthem
フォーマット : CD, Digital
ライナーノーツ解説:原 雅明
価格 (CD) : 3,080円 (tax in)
JAN (CD): 4988044122659
品番 (CD):RINC125
*日本限定CD
10年前くらいの話だけど、当時は男性中心の世界だった
——出身のオーストラリアでの音楽活動から伺わせてください。
Anna Butterss (以下、A) – 家族が音楽が大好きだったので、幼い頃から音楽に興味を持ち始めた。最初に習い始めた楽器がフルートで、アップライトベースを13歳から始めてすぐに大好きになって、最初はクラシックをやってたけどジャズにのめり込んだ。アデレードという小さな街の出身で、16歳から街中でギグをして色々なミュージシャンと演奏するようにもなった。自分より年上で経験のあるミュージシャンたちと演奏することでたくさんの刺激を受けることができたと思う。地元にあるアデレード大学でジャズ・パフォーマンスの学士号を取得して、21歳の時にアメリカに移住して、インディアナ大学ブルーミントン校の大学院でもジャズを学んだ。
——ルーツと言える音楽は、ジャズですか?
A – 特にプロのミュージシャンとして活動し始めたジャンルはジャズ。6、7年前まではずっとジャズしか演奏していなかったけど、エレキベースを演奏するようになってから、バンド、シンガーソングライター、インディ系のバンドと演奏したり、実験音楽や即興を演奏する機会が増えた。その頃から、自分の音楽的視野がだいぶ広がったと思う。
——ベーシストで影響を受けた人は?
A – 初期の頃はレイ・ブラウン、クリスチャン・マクブライドなどのストレートなジャズ・ベーシストに影響された。のちに、ラリー・グレナディア、ジミー・ギャリソンにも影響されて、あとは、仲間のミュージシャンから演奏だけではなくギグでの立ち振る舞いなどについても教えてもらった。オーストラリアに住んでいた頃にフレージングなどで参考にしたのは、レイ・ブラウンとポール・チェンバースだった。
——アメリカでの音楽活動はどのように切り開いていったのでしょうか?
A – インディアではベースの先生がライヴの仕事を振ってくれたし、『Mighty Vertebrate』のプロデューサーを務めたベン・ラムズデインとサックスで参加しているジョシュ・ジョンソンとはインディアナの大学で出会って、当時から一緒によく演奏していた。
——その当時、女性のジャズ・ミュージシャンは結構いましたか?
A – ほとんどいなかった。10年前くらいの話だけど、当時は男性中心の世界だったから。
——LAに来て、ジャズ以外の音楽を演奏するようになったのでしょうか?
A – 演奏仲間がジャズをやりながら他のバンドをやったり、色々な活動をしてたから、私もやりたくなって、意識的に他の音楽にも挑戦するようになったと思う。ジェフ・パーカーは今は一緒に演奏することが多い仲間だけど、彼と友人になる何年も前から、彼の音楽が大好きだった。LAに来ることで、そういうレベルの人と演奏する機会が増えたけど、ミュージシャンをやりながら曲を書いてシンガーもやったり、それまで見たことがなかった可能性を他のミュージシャンに見せられて、とてもインスピレーションを受けた。
——それまではどちらかというとジャズ・スノッブでしたか?
A – そう(笑)。ある時期までは、一つのジャズだけにフォーカスしていたんだけど、燃え尽きて、違うことをやりたくなった。色々なジャンルに挑戦することで、とても開放感があったことは確か。
目的地に辿り着かなくても、どこかに向かって進んでいくという大胆さがジェフ・パーカーにはある
——ジェフ・パーカーから学んだことを教えてください。
A – 即興演奏について学ぶことが多かった。あとは、リスクを取ったり、失敗しても新しいことを試す大切さを教えてくれた。目的地に辿り着かなくても、どこかに向かって進んでいくという大胆さがジェフにはある。私が経験したライヴの現場では、そういう人は稀有な存在だと思う。私は性格的に完璧主義者なんだけど、最終的にかっこいいものが生まれなくても、新しいことに挑戦する彼の姿勢から、自分のコンフォートゾーンから踏み出す勇気をもらえた。ジェフと演奏するまでは、完全な即興音楽はほぼ演奏したことがなかったから、彼と演奏することで突然その世界に放り込まれたような感覚だったけど、すごくためになった。
——あなたのファースト・ソロ・アルバム『Activities』についても教えてください。
A – Color Fieldを立ち上げたばかりのピート・ミンから、アルバムを作らないかという話をされて、私がスタジオに入って即興から曲を作るというコンセプトに基づいて作った。私が様々な楽器を演奏してオーヴァーダビングをするというプロセスだったけど、ベース以外の楽器はそんなに得意じゃないから、最初はフリーフォームな実験から始まって、途中から意識的に感情に焦点を当てて楽曲を作って、作品として仕上げることができた。
——『Mighty Vertebrate』は、『Activities』よりヴァラエティに富んだ楽曲で、プロダクションも凝ってますね。
A – 『Mighty Vertebrate』は自宅で9ヶ月間くらいかけて作曲をするところから始まって、そこから、他の人に曲を聴かせた。さまざまな方向性のことに挑戦するのが重要だった。今回のアルバムを通してギターの演奏をうまくなりたかったから、ギターをいくつか購入して、ギターから曲作りもしてみたり、ドラムマシンで曲を作ることも多かった。
——『Mighty Vertebrate』にコンセプトはありますか?
A – アコースティックとエレクトロニクスのマッシュアップが大事だった。ドラムマシンと生ドラムの相互作用が今作のサウンドの中心にあった。制作中は、マッドリブなどのヒップホップをたくさん聴いていて、アルバムにヒップホップっぽい曲はないけど、サンプリングの概念やコラージュっぽい感覚を取り入れたかった。『Mighty Vertebrate』(強力な脊椎動物)というタイトルは、さまざまなイメージを喚起させる言葉でありながら、曖昧な言葉でもある。具体的なストーリーのあるアルバムではないんだけど、わかりやすいカテゴリーに入る作品ではない、いろんな解釈ができる作品。
——サンプリングはしましたか?
A – 自分の演奏はサンプリングしているし、メキシコのテレビ番組の音も少しサンプリングしたと思う。サンプリングそのものが大事だったのではなく、サンプリングっぽく聞こえるサウンドを取り入れたかったから。
——制作で避けようと思っていたことがあれば教えてください。
A – 「ジャズ・アルバム」として語られる作品は作りたくなかった。即興、サックスの要素が入った作品だから、そういうふうに言われるのは避けられないかもしれないけど(笑)。

即興をしている時に考えているのは、「リスナーとして私は何を聴きたいか?」
——『Mighty Vertebrate』の楽曲の制作プロセスを教えてもらえますか。
A – ファーストシングルの“Shorn”はドラムマシンのビートから始まる。タムの音をチューニングできることに気づいて、それを使ってイントロのメロディを作った。その後にベースラインを作って、いくつかのメロディのアイデアを試して決めた。これはオーネット・コールマンの“Lonely Woman”を参考にしていて、というのはドラムとベースの躍動感のあるプレイの上にトランペットやサックスの演奏が入っていたから。“Shorn”のお気に入りのポイントは、中間のサックスとギターの掛け合いで、長年一緒に演奏してきたメンバーの自然な関係性が反映されている。ジョシュとジェフの掛け合いがとにかく素晴らしい。フルートは私が演奏してオーヴァーダビングして入れた。フルートは上手ではないけど、フルートを入れることで自分の弱い部分、脆い部分を見せることができたと思う。
——ジェフ・パーカーは”Dance Steve”のみに参加してるんですか?
A – そう。この曲では、自分が演奏したシンセをサンプリングして作った。そこに面白いダンスビートをドラムマシンで作って重ねた。最初に作ったビートがふざけすぎていたから、あとで修正したんだけどね(笑)。ジェフが一つのコードの上で演奏するのが得意なので、それをやってもらいたかった。確か『New Breed』に入ってる“Get Dressed”という曲で、彼が一つのコードの上で演奏しているんだけど、この曲がそれを連想させたから。
——『Mighty Vertebrate』には即興の要素はどのくらいありますか?
A – そんなにたくさんの即興演奏は入っていない。それぞれのミュージシャンが自分のパーツを作るときに即興の要素はあったと思うけど、メンバーのことを信頼しているし、ベン、グレッグ(グレゴリー・ユールマン)、ジョシュを意識して曲を作ったから、彼らが私が作曲したパーツをどうやって解釈するかが楽しみだった。“Seeing You”では同じベースラインを反復させて、ジョシュとグレッグがその上で即興的に演奏している。
——即興に対するアプローチはあなたの中で変化してきましたか?
A – 20年間ずっと即興をやっているから、もちろん変化してきた。演奏するときのコンテキストによるんだけど、今は自分を証明しないといけないという気持ちが減ったと思う。即興をしている時に考えているのは、「リスナーとして私は何を聴きたいか?」ということ。多くの場合、曲の土台となる反復するベースのフレーズを私は聴きたい。今、それを自信を持って実践することができる。以前は、「こういう演奏をしなくちゃ」とか、「もっと何かを見せなきゃ」と考えてた。今は自分が何を聴きたいかというスタンスを信頼して、それを演奏に反映させることができる。自分が望んでいないサウンドに辿り着いたとしても、それは問題ではなくて、それを受け入れられる姿勢になっている。
——以前はもっと自分のテクニックを見せたいという意識がありましたか?
A – ジャズのバックグラウンドから来ているから、それはあったかもしれない。以前は自分がここで何をすべきかということを優先して、自分が何を聴きたいかということを優先できてなかった。今はもっと幅広い視点で演奏を見ることができて、もっと長いタイムスパンで曲を捉えることができる。または、今の社会情勢の中で、私の演奏はどうフィットするのかということも考えたりする。以前は、「このコードチェンジに自分の演奏をどうフィットさせるか」ということばかり考えてたと思う。
——『Mighty Vertebrate』でインスパイアされた音楽があれは教えてください。
A – ミシェル・ンデゲオチェロは大きなインスピレーションだったけど、私のベースラインを聴き返すと彼女の影響を感じる。制作当時フアナ・モリーナもよく聴いてた。トータスにも影響されていて、特にギターのパートは彼らをレファレンスにしていた。オーネット・コールマンの名前もさっき出したけど、彼にも影響されている。ジャンルというより、特定の曲からの影響が強かった。
エキサイティングなコミュニティだし、仲間がチャレンジしてくれて、新境地を開拓できる
——ETA IVtetやSMLなど、あなたの周りはいまとても興味深い活動をしていると思います。音楽的なコミュニティが生まれているのでしょうか?
A – 確かに素晴らしいコミュニティがあって、一つは私たちがよく出演していたETAという会場の存在が大きかった。ETAは昨年の終わりに残念ながら閉店してしまったけど、そこで多くの仲間のミュージシャンと出会った。私がLAに来る前から創造的な音楽を作っていて、そのコミュニティに入れてもらえた。残念ながら、今はライヴができる会場が減ったけど、作品を作ったり、新しいバンドを組んで、色々な方法で即興音楽に挑戦している人が多い。ETAでは制限がなく自由に演奏できた。そういう会場はなかなかないと思う。オーナーが「好きなだけ長く演奏してもいいし、どんなに奇抜な音楽でも、大音量でもOK」と言ってくれていた。SMLみたいな新しいバンドは、その会場があったから生まれた。とてもエキサイティングなコミュニティだし、仲間がチャレンジしてくれて、新境地を開拓できると思う。ETA IVtetとSMLは最近Zebulonという会場でライヴをやることが多くなっている。
——あなたはメジャー、インディ問わずポップスの世界でも活動していますね。そこから得られたことは何でしょうか?
A – 色々なアーティストと共演することで、彼らがどういうスタンスで音楽を聴いているかが参考になる。あるバンドで新曲を覚えようとしている時に、私はハーモニーが気になっていたけど、他のメンバーはギターの音色を意識していて、私はそれに気づかなかった。だから、そういう経験から音楽の聴き方が変わった。人によって音楽にフォーカスするポイントが違うということを学んだ。インストを作っている自分には、歌詞が大切にする素晴らしいソングライターと仕事をするのは勉強になって、自分の音楽への直接的な影響があるかわからないけど、メロディに対する考え方は変わった。今参加しているジェイソン・イズベルのバンド(ザ・400・ユニット)はアメリカーナ系で、メンバーはクラシック・ロックが好き。私はあまり知らないから、彼らから色々な曲を教えてもらって、そこから学ぶことも多い。直接的ではないけど、何らかの形で私の音楽にフィードバックしていると思う。
——トータスのジョン・ハーンドンが『Mighty Vertebrate』のアートワークを担当しているのは、あなたのアイデアですか?
A – ジョニーは何年も前から知っていて、一緒に演奏をしたこともある。彼の絵が大好きで、彼がデザインしたタトゥもいくつか体に入れてもらった。彼の絵も家に飾ってる。前作のミュージックビデオも制作してもらった。彼のアートにとても共感するところがあって、『Mighty Vertebrate』を絵として解釈してもらいたいと思った。ミュージシャンではないビジュアルアーティストとは捉え方が違う。彼はミュージシャンでもあるから、アルバムの全体像をすぐに理解してもらえたと思う。
——トータスも好きですか?
A – トータスを聴くようになったのは、2011、12年だったと思う。先にジェフ・パーカーの『Bright Light In Winter』からジェフのファンになって、その後にトータスを知った。トータスはさまざまな音楽スタイルを融合させながらも実験的なところが好き。『Mighty Vertebrate』はトータスにも影響されていて、特にギターのパートは彼らをレファレンスにしていた。
——確かにトータスの影響は感じましたね。
A – それは色々な人に言われた(笑)。

RELEASE INFORMATION

Artist : Anna Butterss
アンナ・バターズ
Title : Mighty Vertebrate
マイティ・バーテブレイト
レーベル : rings / International Anthem
フォーマット : CD, Digital
ライナーノーツ解説:原 雅明
価格 (CD) : 3,080円 (tax in)
JAN (CD): 4988044122659
品番 (CD):RINC125
*日本限定CD

