大阪を拠点に活動する“クンビア忍者”ことROJO REGALO(=以下ロホレガロ)。クンビア、アフロ・キューバン、ラテンを中心とした本格派のサウンドと、昭和歌謡・ムード歌謡的メロディと歌声をクロスオーバーさせた唯一無二の音楽性、社会の矛盾や欺瞞に対してハードコアに声を上げるメッセージ性、それらを混在させ顕在化させる煽情的なライヴ・パフォーマンスでもって、根強いリスペクトと熱狂的なファンを獲得し続けている彼女ら彼らが、まとまった音源としては約10年ぶりとなるフル・アルバム『愛は永遠-AMOR ES PARA SIEMPRE』を完成させた。
3月25日(水)にLPレコードのリリースを予定しているバンドのオリジナル・メンバーであり、リーダーでもあるPICO 中島氏に話を聞いた。語られた内容は今作だけにとどまらず、ロホレガロの成り立ちから、思いがけず音楽人としてのPICO 氏の半生を振り返る大変貴重なインタビューとなった。
取材・校正:森崎昌太
◆Release Information◆

ARTIST:ROJO REGALO (ロホ・レガロ)
TITLE:愛は永遠 -AMOR ES PARA SIEMPRE
LABEL:ROJO REGALO
CAT No:RRLP-001
FORMAT:LP Vinyl
PRICE:¥4,840(Tax in)
・ROJO REGALO / Ai Wa Eien (Trailer)
●前作から10年ぶりということで、まずはおめでとうございます!この10年、どのような時間を過ごされていたのでしょうか。
PICOありがとうございます。10年ぶりではありますが、7インチをリリースしたりしていましたし、活動を止めていたわけではないんです。10年空いた理由は色々ありますが、まずはボーカルのキョウコさん(Kyoko Ogino)に子どもができて、育児が忙しかったこと。それから5年ほど前にメンバーがごそっと入れ替わったのが大きかったですね。
●メンバーの交代はサウンドにも影響しましたか?
PICOそうですね。もともとドラムはいなかったんですが、ティンバレスとベースのリズム隊が変わりました。昔の曲を今のメンバーでやるには一から練習し直す必要があって、「この際だから新メンバーで新曲を作ってやりたい」と。今のメンバーで固まってからは4〜5年になります。
●今回のアルバムでは、ホーン・セクションも非常に重厚で骨太な印象を受けます。
PICO前にCopa Salvo(コパ・サルーボ)が復活した時のライブを観て、その圧倒的なホーンの力に「やっぱりホーン・セクションが欲しい」と思ったんです。前まではトロンボーンが一管だったので。それで、カウピー(Cow’P /トロンボーン)とマーシー(Marcy / アルト・サックス)を誘って三管編成にしました。おかげでソロプレイ中心だった頃よりも、オーケストラ的な厚みが出せるようになりましたね。
●はじめましての読者もいるかと思うので、ROJO REGALO(ロホ・レガロ)というバンドの成り立ちについても教えてください。
PICO昔、大阪の十三(じゅうそう)の近くに住んでいた頃、「チャット・ハミングス」というバーに毎晩のように飲みに行っていたんですよ。そこには「チャット・ブラザーズ」というハウスバンドがあって、そこでギターを弾いていたマリノスケと出会ったのが始まりです。その時は「お前も太鼓叩くんなら一緒にやろうや」という感じだったんですが、みんな年上で、憂歌団とか大西ユカリのサポートをしてる大阪のブルースの、バカテクで怖い先輩ばかりだった(笑)。
●重鎮ばかりですね(笑)
PICO当時、僕はEGO-WRAPPIN’(エゴ・ラッピン)のサポートをしたり、コパ・サルーボで活動したりしていましたが、いろいろあって腰を据えることになりまして。アコースティックで、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのカバーなどをやりながら、だんだんとクンビア(CUMBIA)の方へと傾倒していった。その頃に生まれたのがロホ・レガロの『BAMBI』なんです。
●なるほど。『BAMBI』は相当初期からある大事な曲なんですね。
PICO本当に古い曲です。なかなかこれを超える曲が出せなくてだいぶ苦しみましたよ。ただ、今回のアルバムではだいぶ吹っ切れたところもあります。管楽器が三本入ったこともあってオーケストラ的な曲を作っていく中で、ちょっと吹っ切れましたね。
●バンド名の由来には、かなり強いメッセージが込められているとか。
PICO「ROJO(赤)」は情熱や僕のルーツ。「REGALO(贈り物)」はプレゼント。前作(CUMBIA NINJA RETURNS)の時は、世界情勢や震災の影響もあって、より憤りを込めた「レベル・ミュージック(Rebel Music)」を前面に打ち出して作りました。まあ、それがバンドの原点でもありますね。
●ピコさんがそのレベル・ミュージックというものを意識し始めたのはいつ頃からなのでしょうか?
PICO最初はボブ・マーリーでした。存在を知ったのは、高校に入ったとき。二つ上の先輩に尾山っていうサーファーの友達がいて、彼がバンドをやってたんですよ。ある日学校へ行くと、その尾山から「テープにダビングしてやるから持ってこいよ」って言われてダビングしてもらって。それがきっかけ。
●優しい先輩ですね。
PICO当時はまだレコード屋にはブラック・ミュージックのコーナーなんてほとんどなくて。1980年代前半、マドンナやシンディ・ローパーが流行っていた時代です。その隅っこに、ギリギリ置いてあったのがボブ・マーリーの『LEGEND』。レコードを買って、ライナーノーツを読んだんですよ。日本語訳を読んで、衝撃を受けました。
●どんな衝撃だったのでしょう?
PICO黒人差別の現実を真っ向から歌っていた。「ああ、これは俺がやらなあかんやつや」って直感したんです。まあ自分も、そこにいろいろ共感できる境遇でもあったので。そこからそれまでやっていたヘビメタをきっぱり辞めて、一気にのめり込んでいきました。
●じゃあそこからはレゲエ一直線に?
PICOいえ、そういうわけでもなく当時は「民族音楽」でしたね。高校を卒業してすぐに就職したんですけど、すぐに辞めてアジアを放浪しました。「バックパッカー」なんて言葉がまだない時代です。インド、インドネシア、タイ……アジアをずっと回って。インドの音楽にハマっちゃってね。NHKのドキュメンタリーで流れるような曲が作りたいなと思って、シタールを弾きながら歌ってみたり。その後はアフリカの打楽器にもハマって。ギターからパーカッションへと、僕の音楽の幅がどんどん広がっていった時期でした。
●なるほど。
PICO帰国後、知り合いのバーを手伝っていたときに、客として来たのが森くん(エゴ・ラッピンの森雅樹)だったんです。音楽の話で盛り上がって、「どこ住んでんの?」って聞いたら、町名が一緒。さらに「どのマンション?」って聞いたら、僕が昔住んでいたマンションだった。
●すごい。それは運命的ですね。
PICO翌日、我慢できなくなって電話して、「今から行っていい?」って彼の部屋を訪ねたのがきっかけです(笑)。その後、難波シティに新しくオープンするお店のレセプションで、オーナーが「エゴ・ラッピンを呼びたい」と言い出して。
●そこからサポートに入ることになったと。
PICO当時はまだ彼らもデビュー前。ツアーに行く時はバンド編成じゃなくて僕がパーカッションで入って。森くんやボーカルの中納良恵ちゃんと一緒に、あちこち回りました。1998年か99年頃、『色彩のブルース』が出る直前の、熱い時代でしたね。ただ、エゴ・ラッピンのみんなが東京へ拠点を移すことになった時に、僕は大阪に残りました。それからしばらくして、後にコパ・サルーボを組むメンバーたちが会いに来てくれたんです。
●コパのメンバーとは以前から繋がりがあったんですか?
PICOマネージャーが知り合いだったんです。ある日、「今日ライブやから入ってよ」って強引にステージに引っ張り出されて(笑)。コパ・サルーボは当時キメだらけのラテン・ジャズをやっていて、「アフロっぽい曲をやるなら参加する」って約束したんですけど、実際はオシャレなラテンばかりで「話が違うやん!」と思ったりもしましたね。
●なるほど(笑)。そこから今のロホ・レガロに繋がっていくんですね。
PICOアルゼンチンのクンビアを掘り下げていくうち、高校時代にボブ・マーリーに誓った「レベル・ミュージック(反抗の音楽)」を絶対に形にしなきゃいけないと思った。だから、バンド名は『ROJO(赤)』。赤い手錠をつけるような、赤いリボンをつけて贈り物(REGALO)として差し出す…。それぐらい強い決意を込めてアルバムを作り始めたんです。
●クンビアという音楽に惹かれたのはいつ頃ですか?
PICO自覚したのは2000年以降ですが、実は小学生の頃に親戚のおじさんが聴かせてくれた音楽の中にそのリズムがあったんです。後にアルゼンチンの”Damas Gratis”を知って、そのパンクで下品な歌詞と、マヌ・チャオのような反体制的な姿勢がリンクして、これだ!と思いました。
●今回のアルバムは一貫して”愛”がテーマになっていますね。
PICOこれも僕なりの「レベル・ミュージック」なんです。2011年3月11日の震災以降、みんなが政治の矛盾に気づき始めた。ただ、僕らとしてはもう直接的に批判する役割は半分終わったんじゃないかと。それはほかの人に任せよう、と(笑)。じゃあ、今一番足りないものは何かと考えたら、それが“愛”だったんです。
●逆に今、この時代にストレートに愛を歌うことが、最大のカウンターになる気がします。
PICOそうです。殺伐とした世の中ですが、喧嘩しそうになったら初心(愛)に戻る。特に自分に子供ができて、子供たちの将来を考えた時、認め合える世の中を残したいという思いが強くなりました。それをキョウコさんに伝えて、歌詞に落とし込んでもらったんです。
●”愛”をテーマにしようというのは前からあたためていたのですか?
PICO2、3年前ぐらいからでしょうか。次のアルバムを作るなら”愛”で作ろうというのはだいぶ考えましたね。ビートルズとかジョン・レノンの影響もどこかにあるんですよ。ラヴっていうのが。
●なるほど。ジョン・レノンとオノ・ヨーコにしても表現としてはラディカルだったりしますしね。歌っていることはラヴでも。
PICOそうなんです。言っていることはラヴ(=Love)でも、裏返すとレベル(=Rebel)なんですよね。
●アレンジはメンバー皆さんで進められたんですか?
PICOそうですね。だいたいの完成形にキョウコさんに歌詞を入れてもらって、スタジオで合わせて、Bメロはここに入れていこう、とか、テーマをもうちょっとセクションとして鳴りやすいようにやり直そうとか。それから、3分半から4分ある曲の中で一番の聴かせどころをどこに持ってくるかを2か所に分ける。一番のヤマ場はどこかっていう。そのヤマ場の手前にブレイクを入れたりとかしますね。Bメロで落として、その次のヤマを高く聴こえさせるとか。
●そこが聴きどころということでもあるわけですね。
PICOこの曲の一番の聴かせどころはどこか、と。それめがけて編曲したって感じですね。
●収録曲についても伺います。全10曲収録で、今のメンバーに固まってからできた曲ばかりということですが、ライヴでは演奏されていた曲も多いですか?
PICOそうですね。『CUMBIA BABY』が今のメンバーになって一番最初にできた曲で、次がティンパレスのセバスチャン(以下、セバ)が作った『ROMANTICA』です。
●特に思い入れの強い曲はありますか?
PICO個人的には『BALLAD(バラード)』ですね。ボブ・マーリーの『Turn Your Lights Down Low (邦題:そっと灯りを消して)』のような、壮大なイメージで作りました。ベース・ラインなんかはレゲエを意識していますね。あとはタイトル・トラックでもある『AMOR ES PARA SIEMPRE』。あとは初めての試みで作ったのが『SAME DREAM』。これはコード進行がとてもややこしいんですよ。覚えるのが大変なくらい。
●そうなんですか。
PICOクラシックとか、すごくよくできた歌謡曲ってAメロもBメロもサビも、全部がサビだったりするんですよね。メロディ的に。コードの並べ方や繋がり方がとても美しい。その美しさを追求して、コード進行を徹底的に練り上げました。自分でも「よくできたな」と感心した一曲です。
●『目覚めた完璧な日』のリズムも独特でかっこいいですよね。アフロっぽい印象もあります。個人的にはとても好きな曲です。歌詞も含めて。
PICO変拍子の曲が欲しくて。ベネズエラの民族音楽的な5拍子とか8分の6拍子を意識しました。でも、アフロっぽいって言われる(笑)。あとはセバの友人でチリから遊びに来ていたガラと一緒に作った『異邦人』。作曲はセバなんですが、イントロからAメロに入る時にコロッとページをめくったような展開になる。これは南米人ならではの発想の展開であって、なかなか日本人には思いつけない面白い曲になっています。
●なるほど。ガラさんの存在があったので『異邦人』というタイトルなんですね。
PICOそうです。歌詞はスペイン語で作られていて、それを日本語に訳して、キョウコさんがアレンジして作り直したんです。内容は、日本に来て大阪で好きな人ができた、ちょっとだけ付き合うことになったんだけど、ビザのこともあったりとか、次のところへ行くことも決まってたりして、「やっぱり私は行くわ」と。一緒に過ごした後の朝の歌というか。どこか艶っぽくて、どこか切なく、でもどこか力強い。
●きちんと物語があるんですね。
PICO先ほども言いましたが、『ROMANTICA』もセバが作った曲です。ルンバの進行を刷り込んで、Aマイナー、Dマイナー、Gって言ったらもう、マヌ・チャオがよく使うコード進行で、これも前回のアルバムではたくさん使ってますけど、セバがやっぱり馴染みのある進行なんかなって。
●『ROMANTICA』は今のロホさんとこれまでのロホさんをリンクするような曲に聴こえました。歌詞にも”ROJO REGALO”と出てきますし。先行配信もされています。
PICOよくクンビア・バンドって言われるんですけど、よく聴くとクンビアって少ししかないんですよね。大体は『ROMANTICA』っぽい曲が多かったと思うんです。
●そう考えるとピコさんのこれまでの音楽遍歴というか、流れもすべて重要だったということですよね。
PICO今はレディオヘッドとトム・ヨークにハマってます。彼のコードの並べ方は本当に勉強になる。「なんでここでこの音にいくの?」という違和感が、実は緻密に計算されている。今作の『SAME DREAM』などには、そのアプローチの影響が少し出ているかもしれません。
●最後に、このアルバムをどのような人に聴いてほしいですか。
PICO全国のクンビア・ラバーはもちろん、今の歌謡曲を聴いているような人たちにも届いてほしい。キョウコさんの歌声には昭和歌謡的な「節」がありますが、それが僕らのクンビアと混ざることで、唯一無二のサウンドになっている自負があります。クンビア・ニンジャはオリジナル・スタイル。
■PROFILE:
ROJO REGALO
2006年に大阪で結成したクンビアバンド。南米音楽に大きく影響を受けながらもメンバーの個性を活かし独自のリズムで構成されたオリジナルミクスチャーミュージックを展開。日本のアイデンティティやロック、レゲエなど他の音楽リソースを組み合わせた多様なサウンドは伝統音楽と現代音楽の両方を兼ね備えたオリジナルスタイルを生み出し発信している。これまでにアルバムを含めCDを5枚、7インチ3枚をリリース。海外にはヨーロッパ、タイにツアーを敢行。FUJI ROCK FESTIVAL、Down Beat Ruler、JAPAN CUMBIA FESTIVALなど出演。主催イベントELCHOCOLATEを年数回開催。

■MEMBER:
KYOKO OGINO
Vocal
PICO NAKAJIMA
Acoustic Guitar / Guiro
MARINOSUKE.W
Electric Guitar
YASUNORI KAKITA
Electric Bass
SEBA CORNEJO
Timbales
UME
Trumpet
COW’P
Trombone
MERCY
Alto Saxophone
●instagram:https://www.instagram.com/rojo_regalo/

