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 ハリー・アレン。そのサックスの音色、歌心に満ちた旋律は、多くのジャズ・ファンの心を鷲掴みにする。— HARRY ALLEN『My Reverie by Special Request』インタビュー

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 「テナーサックスのフランク・シナトラ、スタンダード解釈の達人」とも評される、歌もの名人ハリー・アレンのバラード集が寺島靖国氏による選曲のもと、寺島レコードから2022年1月19日にCD/デジタル配信リリースされた。(LPは、3月23日発売予定)

作品のリリースを記念し、今作の寺島レコードのディレクターを担当したディスクユニオンDIWに所属する吉田 綾 A&Rに、寺島氏のライナーノーツとハリー・アレンへのインタビューを交えながら、本作のリリース経緯について振り返ってもらった。

テキスト・構成:吉田 綾:(diskunion / DIW Products A&R)
編集:三河真一朗(OTOTSU 編集担当)

HARRY ALLEN(ハリー・アレン
『My Reverie by Special Request』

CD : 2022.01.19 Release
LP : 2022.03.23 Release
品番:TYR1102(CD)/ TYLP1102(LP)

レーベル : 寺島レコード


HARRY ALLEN /『My Reverie by Special Request』

今回、寺島レコードで彼の作品をリリースするに至った経緯を記したいと思う。

 それは昨年6月に発売した『For Jazz Ballad Fans Only Vol.2』の収録曲を寺島氏が選曲していた3月某日。グラント・スチュワートの「Estate」が選曲された。早速本人に連絡をしてみたものの、権利者の方がご高齢で連絡が取れず、契約が難しいとの返答があった。「ぜひこの1曲を入れたい!」という寺島氏のご希望もあったので残念だと伝えたところ、新作のリリースに興味があるとのことだった。しかし、なかなか折り合いがつかず次の機会にぜひ……というところで、彼からこんなメールをいただいた。

「友人であり、偉大なサックス奏者であるハリー・アレンと話していたら、日本で作品をリリースすることに興味があると言っていましたよ」。

この一言がきっかけで、ハリー・アレンのバラード集の企画が始まった。これまでも寺島レコードのコンピレーションでは、彼の楽曲が何度も取り上げられている。恐る恐る彼にメッセージを送ったところ、快諾をいただくことができた。それどころか、彼はこちらの様々な要望にもにっこりと頷くような返事と前向きな提案をしてくれるのだ。コロナ禍真っ只中、録音はリモートで行われることとなったが、寺島氏が選曲し、完全新録でハリーがカルテットでバラードを吹く。そんな素敵な作品を作ることとなった。

そして出来上がった作品について、ここからは寺島氏のライナーを交えながら読んでいただきたい。


Harry Allen(ハリー・アレン) photo by Ivana Falconi

今回ハリー・アレンのCDを発売するにあたり、彼にいくつかの質問をいたしました。その模様をまず、記してみたいと思います。寺島 靖国)

ー 今作はバラード集です。バラードを演奏する際の秘訣はありますか?

HARRY ALLEN(ハリー・アレン– バラードを演奏する際のアプローチは、穏やかでありながら穏やか過ぎないことです。気取らずに曲の美しさを引き出したいと思っています。もちろんバラードは音も大事ですし、音の入り方、出方も重要です。

ー あなたは良い意味で特にアレンジを施さず、作曲家が作曲した通りにサックスを吹いています。演奏家によっては空間を埋め尽くすようにアドリブやテーマをとることが多いですが、あなたは朗々と実に余裕を感じさせる演奏をしています。それが凄いところです。ご自分ではどのように思いますか?

コールマン・ホーキンスがそうであったように、私は録音する曲のオリジナルの楽譜を見るのが好きです。作曲家が何を書いたか、どのように演奏させたかったかを知るには、それしかないのです。これらの楽曲は、これまでに書かれた中で最も美しい曲の一つであり、私は単にメロディーを演奏し、曲の美しさを伝えることが最も効果的であると信じています。演奏の魅力は、演奏された音符だけではなく、演奏されずに残された空間にもあるのです。

ー あなたのテナー・サックスの音は独特で、いかにもテナーらしい音がすばらしいです。特に低く下がるところが魅力です。ご自分ではどのように演奏や音をお考えですか?

ありがとうございます。私は生涯をかけて自分の求める音を作り出そうとしてきましたし、この探求は私が演奏する限り続くでしょう。自分にとって最も完璧なテナー・サックスの音は、ベン・ウェブスターのものです。低音域が大きく、丸みを帯びていて、しかも非常に多才。彼は実に多くの異なるサウンドを使いこなすことができる演奏家でした。

ー ピアノ入りのカルテットを期待していたのですが、今回のギター入りの演奏はなかなか良いなと思いました。ギターと共演するようになった理由は?また、ピアノとの違いはどこにありますか?

素晴らしいピアニストと一緒に演奏するのは楽しいものですが、私はギターと一緒に演奏するのも同じように好きです。一つ違うのは、ギターとのカルテットでは、ギターが一度に弾ける音の数に制限があるため、音楽に空間ができることです。その余白が音楽に自由度を与え、ピアノ・カルテットとはまったく異なるものになります。また、ギターにはピアノよりもホルン的な性質があり、それがサックスとの見事な対位法につながることもあります。Dave Blenkhornとはパンデミックの発生当初からリモートでレコーディングしていますが、彼のギターと私のサックスの間には素晴らしい化学反応が起きていると思います。

ー 私はジョン・コルトレーンが苦手です。音楽性も時に難解で良いとは思えません。あなたは彼をどのように評価しますか?

私が最も好きなテナー・サックス奏者は、ジョン・コルトレーンよりも前のスタイルの人たちですが、彼にはとても敬意を抱いています。彼は新しい演奏方法を発明した数少ないミュージシャンの一人であり、今日演奏している多くのテナー奏者に影響を与えた人物でもあります。多くのサックス奏者が彼のスタイルをコピーしようとするため、互いに似たようなサウンドになるのはやむを得ないのです。しかし彼の影響を受けながらも、自分なりの音楽のあり方を見いだした優秀な演奏家の音楽は、聴いていて楽しいものです。輝くような例としてマイケル・ブレッカーが思い浮かびます。

ー 個人的な質問で申しわけないのですが、あなたの嬉しい時、辛い時はどんな時でしょうか?

私は幸いにもとても幸せな人間ですが、人生には浮き沈みがあり、時には辛いこともあります。ジャズの素晴らしいところは、人生やその日に起こったどんなことでも、音楽を始めると忘れてしまうことです。私のこの作品が、聴く方に同じような影響を与えることを願っています。

ー 今回、こちらからのオファーにどのように思われましたか?率直なところをお聞かせください。

このレコーディングの話が来た時、とても嬉しく、エキサイトしました。カルテットを遠隔で録音することは、パンデミック以前には考えられなかったことです。でも今は、その方法で録音するのをとても楽しんでいます。スタジオで全員が同時に録音するのとはまた違った、特別なチャレンジがあります。このレコーディングはとても楽しく、私たちが作り出した音楽を誇りに思っています。

ー 日本には、あなたの熱烈なファンが多いです。日本のファンに向けてメッセージをお願いします。

日本のジャズ・ファンのためにレコーディングするのは、私が最も好きなことのひとつです。世界で最も知識が豊富で、洗練されたジャズ・オーディエンスでしょう。皆さんのために録音することは喜びであり、名誉なことです。次の日本ツアーを楽しみにしています。

今回、ハリー・アレンのレコーディングを紹介してくれたのは同じテナーのグラント・スチュワートでした。彼の都合がつかず、「ハリーならやれるんじゃないかな」。そんな具合でハリー・アレンに照会すると、「ああ、いいですよ」と。「どんなパターンでやりますかね」。

 待ってました。オール・バラードでお願いします。バラードを演じるためにこの世に生まれてきたようなハリー・アレン。全曲、同じテンポ、バラード・テンポでやってください。1曲目からラストまで同一テンポの演奏はあまり例を見ません。しかし、人がやらないことをやってみたいのが昔からの癖。

 悪のり、します。CD一枚丸ごと、私が選ぶ曲をやってくれますか?

 「いいですよ」とハリー・アレンはなんとも心やさしい、おおらかな人なのでした。好人物ぶりは先の質問状に対する返答でもよくわかります。

 一曲目の「バラの刺青」は以前からフレディ・ハバードのプレイが好きでした。曲自体はそれほど好物というわけではないですがフレディのミュート・トランペットの味わいと音色にまいってしまって。ミュート・トランペットとハリーの低く下がるテナー、これいい勝負になるんじゃないか。

 予想は当たりました。10曲中、この曲のハリーがいちばん低い。見えるような低さです。インタビューの中で、ベン・ウェブスターの低さを見習ったとありますが、私はベンよりハリーが好きです。ベンはやや、しつこい。ハリーのよさはテナーの非常にニュートラルなところにある。

 世の中にはハリー・アレンをベンのイミテイターと見なす人がいます。イミテイターを聴くんなら大元のベンを聴け、とのたまう。もうこのいかにも原理主義的な考え、やめませんか。ベンは昔の人、ハリーは今の人。音のよくないベン盤より、本CDのような音のうるわしいハリー盤を聴く。これ、普通の人の普通の考え方で、少しも間違っていない。逆に「現代のベン・ウェブスター」と言って両者をほめてしまう手もあります。ジャズという音楽は昔から現代まで数珠つながりになっているのです。創始者が必ずしも偉いんではない。

 ハリーの発言でちょっとひっかかったのはコルトレーンの件でした。新しい演奏方法を発明したから敬意を抱いている、といいます。しかし、これってミュージシャン側からの意見なのです。あるいはマスコミ的な。我々一般のジャズ・ファンにとってはあまり関係ありません。どうも世間というのはコルトレーンのようなミュージシャンをグレイトに扱い過ぎる。そしてサックスという楽器一筋にその人特有の音色、歌心、楽曲の本来的追求などを追い求めたハリー・アレンのような人を下に見る傾向があります。悲しいことです。

 私はハリー・アレンのような人を好む人を本当のジャズ・ファンと信じてやみません。

 2曲目は、はて、どこかで聴いたことがあるような。そうです。カーティス・フラーとベニー・ゴルソンのサボイ盤『ブルースエット』に入っています。一曲目の「ファイブ・スポット・アフター・ダーク」より後ろのほうに入った「ラヴ・ユア・マジック・スペル・イズ・エヴリホエア」をよしとする人をバラード鑑賞にたけた好選曲家とみなします。

 演奏のいちばん最後の部分。ハリーがテナーでスススス……という音をだします。この曲に限らないんですが、この音、ハリーに特有の音です。ハリー系(あえてこう呼びます)以外のテナー奏者の出さない音。サブ・トーンというんでしょうか。別の曲でも聴き取ってみてください。

 3曲目は南国の香りのする一曲です。他の曲でもそうですが、ハリーの吹奏はコルトレーンのように強く一定不変ではないです。強弱感が絶妙に旨く、漂う。たくみに吹き分けています。そのバランスのよさがハリーの特長でしょう。

 4曲目は、ジャズではあまり演奏されたことはありません。一人テナーのウエストコースターでいました。誰だったか。失念しました。有名な人ではない。ハリーのほうが数段すぐれています。その人はテナーを吹いていました。ハリーは吹いているのではなく、歌っているのです。

 インタビューの中でオリジナルの楽譜を頭に入れているみたいな発言がありました。これは時に誤解を受けそうです。ジャズは「演奏」の音楽です。楽譜はそれとは別の分野のものでしょう。しかし私はハリーのこうした「演奏法」に賛成します。「サンセット大通り」という大昔の映画がありました。「サンセット・ブルバード」。そのブルバードです。大通りより小路、の感覚でしょう。

 5曲目の「カリオカ」はやや選曲ミスだったかもしれません。ハリーのプレイを聴いていて、もうちょっと深く掘って欲しいなと思ったからです。

 ちなみに今回、13曲提出、そのうち10曲をハリーは選びました。演奏されなかった曲は、ケニー・バレル作の「ロイエ」、ベニー・ゴルソン作の「サッド・トゥ・セイ」、ビクター・ヤング作の「デライラ」。

 6曲目、ハリーの美点の一つはソロを余り長くとらない。それでしょう。われわれ普通のジャズ・ファンは大抵のミュージシャンのソロ(つまりはアドリブ・パート)の長さに辟易としております。結婚式のオヤジの長広舌同様、早く終わってくれないかな、と。

 7曲目、「アイ・サレンダー・ディア」の邦題は「あなたに首ったけ」。この曲などはハリーのお手のものでしょう。演奏からそれが伝わってきます。

 言い忘れましたが、今回の曲、いずれもハリーはこれまでレコ―ディングしておりません。余り縁がなかったようです。それが吉と出るのがジャズの面白さ。

 アート・ペッパーのタンパ盤『カルテット』に入った、「アイ・サレンダー・ディア」が好物です。ミディアム・アップ・テンポ。しかしここでは別次元の曲あしらいになりました。スローがやはり本道でしょう。歌としての表現です。しかしペッパーは「演奏」と同時に「歌」も表出しています。そこが凄いです。

 8曲目。珍しい曲。作曲は「恋人よ我に帰れ」のシグムンド・ロンバーグです。

 トロンボーンのジミー・ネッパー『スインギング・イントロダクション・トゥ・ジミー・ネッパー』を聴いて好きになりました。その後、同じトロンボーンの若手、マーク・ナイチンゲールを聴き、気に入り、『ジャズ・バラード・ファンズ・オンリー Vol.2』に挿入いたしました。

 ハリーは曲をかき抱くようにして吹いています。私としてはもうちょっとちからを入れて欲しかったところですが。

 9曲目、ピーター・デ・ローズの作曲。ピーター・デ・ローズという名前が魅力的であるように「ライラックス・イン・ザ・レイン」もいかしています。ライラックスは花の種類で、カーメン・マクレーが若い頃に歌っています。

 10曲目「セント・ジェームス病院」はハリーに合うかな。少し危惧したのですが立派にやりとげてくれました。歌詞を頭に入れた演奏と思います。

 先述したフレーズの語尾に付けるスススス……が頻出します。

 この曲のみギターとのデュオになっている。そのせいか、テナーの音色が10曲中いちばん生に近いような。昔、東京公演で聴いた生音を思い出しました。

(著:寺島靖国氏のライナーより抜粋)


Harry Allen(ハリー・アレン) photo by Ivana Falconi

多くのジャズ・リスナーに触れていただきたい素晴らしい作品を作り終え、ハリー・アレンにお礼を伝えた。寺島氏も私自身も彼のあたたかな人柄にすっかり魅了されてしまった。そして、彼も日本で新作が注目されていることに、とても喜んでくれていた。最後に、ハリー・アレンへいくつか質問をしてみた。

●今後の音楽活動での目標や夢は何ですか?

 私の目標は大好きなミュージシャンと一緒に仕事をし、できるだけ多くの人に私の音楽を届けることです。そしてもちろん、常に学び続け、音楽に対する知識と理解を深めることです。近年は作曲や編曲をすることが多いです。演奏とレコーディングに生涯の情熱を注ぐことに加えて、これらの道を歩み続けたいと思っています。

●興味のあるアーティストや、今後一緒に演奏してみたいアーティストがいれば教えてください。

 私のキャリアを通じて、現役で活躍しているお気に入りのミュージシャンのほとんどと共演できたことは、とても幸運でした。私の最大のヒーローの多くはすでに亡くなってしまっているので、もしも彼らと一緒に演奏できたらどうだっただろうと夢見ることしかできません。でも、今も私が特別な才能を持つと考えるミュージシャンはたくさんいます。例えば、モンティ・アレキサンダー、セシル・マクロリン・サルヴァント、ヴェロニカ・スウィフトなどです。彼等と一緒に仕事をしたこともありますが、機会があればもっと一緒に演奏してみたいなと思います。

●日本での公演で印象に残っているものがあれば教えてください。また海外でも印象に残っている公演があれば、そのエピソードを教えてください。

 「富士通コンコード・ジャズ・フェスティバル」で、大きく美しいコンサートホールで、多くの有名なジャズミュージシャンと共演した素晴らしい経験は、私のキャリアの中でもハイライトとなりました。もうひとつは、ロサンゼルスのキャピタル・スタジオでジョン・ピザレリやジョニー・マンデルと共に、52人のオーケストラとレコーディングしたことです。ジョニー・マンデルは、私が大好きな作曲家、アレンジャーの一人でした。そのオーケストラでジョニーの素晴らしい楽曲を演奏するのは、まるで天国にいるような感覚でしたよ。

 ハリー・アレンは今も世界を飛び回り、自身の音楽を届けている。日本でもまたその音を聴ける日を願って。このバラード集を聴いて、現代最高峰のサックス奏者の生き様に触れていただきたい。

吉田 綾(diskunion / DIW Products A&R)


今回の記事にまつわる作品や、それに関わる楽曲を集めました。

PICK UP ITEM


「テナーサックスのフランク・シナトラ、スタンダード解釈の達人」とも評される、歌もの名人ハリー・アレンのバラード集。寺島靖国氏が選曲した至極のジャズ・バラード。

HARRY ALLEN(ハリー・アレン
『My Reverie by Special Request』

CD : 2022.01.19 Release
LP : 2022.03.23 Release
品番:TYR1102(CD)/ TYLP1102(LP)

レーベル : 寺島レコード

HARRY ALLEN /『My Reverie by Special Request』

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