ジェイコブ・マン・ビッグ・バンドの全貌を紹介するアルバム『Greatest Hits』が、遂にリリースとなった。ネバダ州ラスベガス出身でロサンゼルスで活動するピアニスト、キーボーディスト、作編曲家のジェイコブ・マンが率いるビッグ・バンドは、2、3分台の短い楽曲が殆どで、その中で多彩な世界を展開する。ビッグ・バンド結成のきっかけとなったドラマーのルイス・コールをはじめ、アルバム『One Theme & Subsequent Improvisation』にジェイコブ・マンをフィーチャーしているベーシストのサム・ウィルクス、アンダーソン・パークやキーファーを支えるトロンボーン奏者のジョナ・レヴィーン、シカゴ出身のドラマーのクリスチャン・ユーマンなど、次世代のキーとなるミュージシャンが多数参加して、ビッグ・バンドというフォーマットの新たな可能性に挑んできた。
ジェイコブ・マンは、サム・ウィルクスやサム・ゲンデルと共に、ルイス・コールとジェネヴィーヴ・アルターディのノウアーのサポート・メンバーを務めたほか、ムーンチャイルドやジェイコブ・コリアーからスコットランド国立ジャズ・オーケストラまで様々な演奏に参加してきた。2016年にリリースされた『Greatest Hits Volume 1』からスタートしたジェイコブ・マン・ビッグ・バンドでの取り組みを中心に、彼に話を訊いた。
インタビュー・構成:原 雅明
インタビュー翻訳:木村 善太
編集:三河 真一朗(OTOTSU 編集担当)

ー まず、あなたの音楽的なバックグラウンドから教えてください。
Jacob Mann(ジェイコブ・マン)– 幼い頃、よく祖父母のピアノの前に座って、耳コピしたメロディーを指一本で弾いていたんだ。それを見た祖母が、僕にピアノを習わせるよう僕の両親に勧めてくれてね。レッスンを受け始めたら、とにかくピアノを弾くことに夢中になったよ。数年後、中学校のジャズバンドのオーディションを受けて、ビッグ・バンドの古典的なレパートリーと即興演奏の技術に触れたんだ。すぐにビッグ・バンドの音に触発されて、その場で即興で音楽を作り上げるということに魅了された。高校と大学では、ジャズだけじゃなく他のタイプの音楽についてもどんどん学んでいった。音楽的に学び、成長したいという思いはそれ以来、今も続いているよ。
ー 音楽を学ぶ過程で師事した人はいますか?
素晴らしいミュージシャンのもとで学べたことに、とても感謝しているよ。僕の最初のジャズピアノの先生であるデイヴィッド・ローブは、トランスクライブ、サイトリーディング、曲の暗譜の重要性を教えてくれた。USC (南カリフォルニア大学)のソーントン音楽学校では、アラン・パスクァ、ラッセル・フェランテ(イエロージャケッツ)、オトマロ・ルイースにピアノを習ったよ。あと、ボブ・ミンツァーとヴィンス・メンドーザからは、ビッグ・バンドのアレンジについてたくさん学ばせてもらったね。
ー これまで、どんな音楽に影響を受けてきたのでしょうか?
僕が一番最初に影響を受けたのは、フランク・シナトラ。僕が1歳にも満たない頃、祖父がシナトラのレコードをかけながら、僕を寝かしつけてくれたんだ。それ以来、今でもずっと大好きだよ。他にも影響を受けたものはたくさんありすぎて挙げきれないけど、長年にわたってジャズ、ファンク、R&B、そしてクラシック音楽からたくさん影響を受けているよ。

ー ジェイコブ・マン・ビッグ・バンドが結成された経緯を教えてください。
大学のビッグ・バンドで曲をアレンジするのが好きだったんだけど、卒業後はモチベーションが下がっちゃってね。このまま作曲を続けるには、仲間を集めてバンドを組んでやるしかないと思ったんだ。2014年頃にルイス・コールと出会ってから、そのアイデアが具体化し始めた。ボブ・ミンツァーのビッグ・バンドと一緒にギグをしたんだけど、その時すぐにルイスのドラムで自分のビッグ・バンドの音楽を録音したいと思ったんだ。
ー 結成当時はどんなヴィジョンがあったのですか?
ルイスはこの地球上で最も好きなドラマーの一人だから、バンド結成の当初の構想は彼のドラムを意識して曲を作ることだったね。

ー ジェイコブ・マン・ビッグ・バンドにはさまざまなミュージシャンが関わっていますね。ルイス・コール以外のメンバーはどのように選ばれたのでしょうか?
関わっているミュージシャンは皆、大学やロサンゼルスの音楽シーンを通じて知り合った友人たちだよ。音楽に対して良い姿勢で向き合える友人と、ちゃんと準備して時間通りにセッションに来てくれる友人を呼ぶようにしているかな。
ー メンバーはリリースによって入れ替わっていて、特に『Greatest Hits Volume 3』では2つのビッグ・バンド体制のようになってますね。
メンバーを変えることで、違うメンバーからの色んな視点を頭に入れて新しい曲を作ることが楽しいんだ。最新作では、まったく異なる2つのビッグ・バンドを1日で録音した日もあったんだ。どっちのバンドも、お互いに違いがありつつも、素晴らしいサウンドを奏でてくれたよ。
ー そもそも、ビッグ・バンドというスタイルを選んだ理由を教えてください。
昔からビッグ・バンドの音とエネルギーが大好きだったんだ。ビッグ・バンドの本来の目的は、電気音響システムが存在する前の時代に、大音量のダンス・ミュージックを提供することだった。今は音楽の音量を上げようと思えばいくらでも上げられるけど、やっぱり17人で演奏するのはDJセットよりも迫力があると思う。あと、僕はオーケストラも大好きなんだけど、ビッグ・バンドのために作曲していると、別のアレンジの可能性がたくさん生まれてくるんだ。
ー どんなビッグ・バンドからの影響を受けて来ましたか?
僕の音楽を聴けば、ボブ・ミンツァーやサド・ジョーンズのオーケストレーションや和声法に大きな影響を受けていることがわかると思う。カウント・ベイシーのビッグ・バンドは、僕が思うに史上最高のグルーヴ感を持っているね。僕の音楽のグルーヴはまったく違うけど、ベイシーのバンドの気持ち良さのエッセンスを取り込もうとはしているかな。あと、ジョン・デイバーザやレミー・ル・ブーフ、ジョン・ハタヤマ、カイル・アタイデら、割とモダンな作曲家からも影響を受けている。彼らの音楽は、作曲家がアンサンブルで本当に何でもできること、自分たちのものにできることを実感させてくれたんだ。

ー なぜ、“Greatest Hits”というシリーズ名を付けたのですか?
最初はよくある、グレイテスト・ヒッツもののコンピレーション・アルバムをバカにしてたんだけど、気付いたら僕の音楽にもリズミカルな「ヒッツ」がたくさんあるなと思ってね。だから、両方の意味で通じるかなと思って付けたんだ。
ー ジェイコブ・マン・ビッグ・バンドでの作曲には、どのように取り組んでいるのでしょうか?
ビッグ・バンドのために作曲するときは、いくつか意識していることがあるんだ。まず、曲はかなり短く、記憶に残りやすいようなテーマにするのが好きだ。そのテーマは、メロディックなこともあれば、リズミカルなこともある。曲によっては、ビッグ・バンドを17ピースのドラム・セットに見立てて、各セクションがそれぞれの打楽器で、その異なるグルーヴがパズルのピースみたいに組み合わさって巨大なリズムマシンを形成している、みたいなことをイメージして作ったりもしているよ。
あとは、特定のミュージシャンを念頭に入れて作曲に取り組むこともある。例えば、クリスチャン・ユーマンにドラムを叩いてもらうことが念頭にある曲なら、ルイス・コールに叩いてもらう場合とは全く違う音になるよね。特定のソロ奏者をフィーチャーしたい場合も同様かな。いろいろな人のために書くことで、いろいろなサウンドやムードを試すことができるんだ。
ー 『Greatest Hits』に収められた曲の内、特にあなたにとって印象深いいくつかの曲を挙げてもらえますか?
“Pete Wheeler”と“Kogi”は、自分のビッグ・バンドのプロジェクトをやろうと決めた時に最初に書いた曲だね。書き始めたばかりの時、興奮していてインスピレーションに満ち溢れていたのを覚えているよ。この2曲が、最初のリリースで一番印象に残っている曲だね。“Parking Ticket”は、駐禁を切られた直後に書いたよ。“Don’t Fly Spirit”は、スピリット航空で16時間遅れのフライトにあたった後に書いた。“Hold Music”は、ルイスがクレイジーなドラム・ソロをやるための曲。“The Soy Lentman Show”は、実在しない、架空の深夜のトーク番組のテーマソング。“Breaking News Shuffle”は、とにかく今まで書いた曲の中で一番難しい曲だった。“The Telemarketer”は、テレマーケターの一日を描いたインストゥルメンタル短編小説みたいなものだよ。
ー ビッグ・バンドでの録音は大変かと思いますが、具体的な録音プロセスを教えてください。
僕はだいたい、セッションの数週間前に楽譜とデモ音源をミュージシャンにメールで送るようにしている。そうすれば、みんな充分な練習時間が取れるからね。事前に送る楽譜とデモ音源や資料はできるだけ整理して見やすくして、混乱がないように心がけている。みんな自分の仕事はよく分かってるから、スタジオの日はたいていすぐに終わることができるよ。だいたい1曲につき3~4テイクやって、次の曲に移るんだ。
ー 『Greatest Hits Volume 1』を聴いたとき、リズム/グルーヴに、ヒップホップやビート・ミュージックからの影響も感じました。それは意識されたものだったのでしょうか?
意識して特定のジャンルで書こうとは思っていないかな。グルーヴを構想するときは、純粋に自分が楽しめるアイデアや、特定のドラマーが演奏したら良い音になりそうなものを探すようにしているよ。とはいえ、ヒップホップやビート・ミュージックは、特に“Bounce House”のように、僕の曲のいくつかに間違いなく影響を与えているね。
ー サム・ウィルクスやジョナ・レヴィーンとはどのように知り合ったのでしょうか?
サム・ウィルクスとは、ロサンゼルスに引っ越してすぐ、大学で出会ったんだ。すぐ意気投合して、それ以来ずっと一緒に音楽を作ってるよ。数年後、サムからルイスを紹介されて、地元のライブで一緒に演奏するようになった。僕のビッグ・バンドの楽曲やノウアーのツアー、サムのライブでもリズム・セクションとして演奏したんだ。僕ら3人の間には大きな音楽的な信頼関係があって、今回のレコーディングでそれが体現できて本当に嬉しいよ。
ジョナも同じく素晴らしいミュージシャンだね。共通の友人を通して知り合って、キーファーのバンドで一緒にツアーをしたこともあるよ。彼は素晴らしいトロンボーン奏者でありながら、素晴らしいピアニストであり、作曲家であり、プロデューサーでもあるんだ。

ー あなたとロサンゼルスの音楽シーンとの関係を教えてください。
ロサンゼルスは小さなシーンがたくさんあって、それが互いに交差しているから、素晴らしい音楽の街だと思う。僕がここで知っている人たちのほとんどは、かなり多才で、複数のシーンに属しているんだ。2010年から2011年にかけてロサンゼルスに来たばかりの頃、フライング・ロータス、サンダーキャット、ブランドン・コールマンといったBrainfeederのシーンにとても影響を受けたよ。彼らの音楽が当時大好きだったね。
ー ジェイコブ・マン・ビッグ・バンド以外の活動についても教えてください。
その他の仕事としては、ツアー、レコーディング、他のアーティストのアレンジメントなどを主にやっている。Roland Juno 106を使ったシンセサイザー音楽もソロで作ったりしてるんだ(https://jacobmann.bandcamp.com/album/106)。今は、取り組んでいるコラボレーション・アルバムがいくつかあるんだけど、どれもとても楽しみにしているよ。
ー あなたとロサンゼルスの音楽シーンとの関係を今回3つの作品がアルバムとしてまとめてリリースされたことで、新たな発見はありましたか?
この3つの作品を一枚のリリースにまとめることは、僕にとって本当に特別なことだ。24歳でこの作曲を始めて、29歳で完成させたものだから、僕の20代を一枚のスナップショットにしたようなものだね。サウンドは時代とともに変化していると思うけど、全体を通して普遍的な精神があると僕は思ってる。ジェイコブ・マン・ビッグ・バンドのアルバムは今後も発売される予定だけど、“Greatest Hits”シリーズはこれで終わりだ。だからこそ、一枚の作品として生まれ変わるのは嬉しいよ。
RELEASE INFORMATION

進化を続けるラージ・アンサンブルの突然変異!LAの新星が多数参加した、ヴェイパーウェイヴ以降のフューチャー・ビッグ・バンド!
Jacob Mann
『Greatest Hits』
2022年6月22日発売
品番:THCD607
レーベル : THINK! RECORDS
待望の世界初レコA在住のキーボーディスト、ジェイコブ・マン (Jacob Mann) によるビッグ・バンドが本邦デビュー!これまでも局所的に話題になっていた2枚のEPに加え、2022年4月にデジタルリリースされた新録作品8曲を加えた全16曲+CD版にはMIDIで作成されたボーナストラックを収録。エリントン、ギル・エヴァンス、マリア・シュナイダーと進化を続けるビッグ・バンド・ジャズに突如登場した、ヴェイパーウェイヴ以降のポップ&ユーモラス、タイト&ファンキーな近未来ジャズ・アンサンブル作品!
