Text by HIGHLIFE HEAVEN
Edit by 宮本剛志 Takeshi Miyamoto
チャールズ・ジーン・スイート『スイート・ナイツ』
2023年1月11日発売
Paraphernalia Records
PAPH-6
CD
ライナーノーツ: 板谷曜子(mitokon)
南アフリカはヨハネスブルグを拠点とするミュージシャン・コレクティヴ、ザ・チャールズ・ジーン・スイート(以下CGS)のフルアルバムがこの度CD化された。もちろん全世界初である。これはとてもすごいことだ。
彼らが作り出すソウルやR&B、ジャズ、ベッドルーム・ポップやオルタナティヴ・ミュージックを内包したネオソウルの名曲たちが、これを機により幅広い層に聴かれることとなるのは一ファンとして本当に嬉しい限りである。
CGSは、ジャブロ・フェカニ(=Njabulo “ILLA N” Phekani)とノア・ベンバーガー(=Noah Bamberger)を中心に結成された。厳密にいうと結成されたというよりは、20年来の友人だった彼らの周りに自然発生的に有名無名問わず優秀なミュージシャンたちが集った、という方が正しいようだ。そのあたりの詳しい経緯は、DJであり南アフリカの音楽シーンにも精通するmitokon氏が、CDのライナーノーツでしっかりと書いてくれているので、ぜひそちらを参照して頂きたい。要約すれば、夜な夜な彼らのベッドルーム・スタジオに集まりセッションして遊んでいたところ、次第に今作で客演として参加しているミュージシャンたちを巻き込み、楽曲も続々と増えていき、今作のリリースに繋がっていったのだそうだ。
さて“ネオソウル”と簡単に要約してしまうには、アルバムを通しての彼らの音楽性はとても多岐にわたっていて、カテゴライズするのは野暮な気がしてくる。それほどまでに様々なジャンルの要素を巧みに咀嚼して血肉にしているわけだが、それもそのはずで、参加しているミュージシャンたちは皆、それぞれ多彩な才能に溢れた実力者ばかりなのである。友人というだけでこれだけの凄腕の人々が集うのだから、ヨハネスブルグの音楽シーン恐るべし、である。
例えば、冒頭1曲目で印象的なギターを爪弾くラリボイ(=Laliboi)は、シンガーソングライターであり、ギタリスト、トランペットも吹けてラップもできるマルチなミュージシャンだ。2019年にリリースしたアルバム『Siyangaphi』では、彼のルーツであるコーサ族由来の民族的なチャントとジャズやエレクトロを巧みに織り交ぜ、トライバル・ミュージックとダンス・ミュージックを見事に融合させた前衛的ともいえるヒップホップ、R&Bを披露している。そして、そのオルタナティヴなサウンド・プロダクションのセンスは、今作『Suite Nite』にもしっかりと反映されているように思う。
作中屈指にエモーティヴなネオソウル・ナンバーである7曲目で、ファルセットを用いた美しい歌声を聴きかせてくれるランガ・マヴーソ(=Langa Mavuso)は、2020年にリリースしたアルバム『LANGA』において、シンプルではあるが恍惚的と形容したくなるR&Bを作り上げ、その美しい歌唱力とソングライティング能力を鮮烈に印象づけたが、彼は南アフリカのダンス・ミュージック・シーンでは外して語ることのできない重要人物の一人、スポーク・マサンボ(=Spoek Mathambo)と17歳の時に共に仕事をし、その後、今や世界的なDJ・プロデューサーとして知られるブラック・コーヒー(=Black Coffee)に見出された経歴を持つ。
スポーク・マサンボといえば、デビュー・アルバム『Mshini Wam』にて、ムバカンガやタウンシップ・ジャイヴ、バブルガムからクワイトまでに連なる独特のビートと、UKのベース・ミュージックにも通じるエレクトロを融合させ世界に衝撃を与えたが、2017年に大勢の客演を迎えて制作された『Mzansi Beat Code』における多様なジャンルをブレンドする世界観は、CGSのメンバーも少なくない影響を受けているのではないだろうか。
そんなマサンボだが、彼の叔父であるヨナス・グワングワ(=Jonas Gwangwa)はヒュー・マセケラ(=Hugh Masekela)やダラー・ブランド(=Dollar Brand。現アブドゥーラ・イブラヒム)らが結成したソウェトの偉大なジャズ・バンド、ジャズ・エピッスルズ(=The Jazz Epistles)のトロンボニストだった。同じく南アフリカのジャズ・シーンを代表するアーティストのミリアム・マケバ(=Miriam Makeba)とも共演していたそうだ。
“Pata Pata”があまりにも有名なミリアム・マケバではあるが、ジョン・レノンやヴァン・モリソンの楽曲を多数カバーしたアルバム『Keep Me in Mind』で聴ける胸を打つようなソウルフルな歌声は、南アフリカにおけるソウルやR&Bシーンの系譜に属すると言っても良いだろう。
話をCGSの楽曲とその周辺に戻す。7曲目にギターで参加しているレラト・リチャバ(=Lerato Lichaba)は、ソウェトのバンド、アーバン・ヴィレッジ(=Urban Village)のメンバーだ。彼らは2021年のアルバム『Udondolo』で、フォークロアとともにモダンなアレンジのジャイヴ、ムバカンガや、洗練されたコーサ・ファンク、ズールー・ロックなどを録音している。時代背景も厳密なサウンド・プロダクションにも相違はあるが、多彩なジャンルをクロスオーヴァーしていくイメージは、1980年代に結成されたスティメラ(=Stimela)を彷彿とさせる。フュージョン・バンドとしてデビューしたスティメラだが、ヒット曲“Phinda Mzala (Whisper in The Deep)”を収録したアルバム『Look, Listen and Decide』にはソウルやファンクの要素も多分に盛り込まれている。もちろん、CGSの音楽性の中でもジャズやフュージョンは重要なジャンルの一つである。
このように、南アフリカはいつの時代もオリジナリティに溢れたダンス・ミュージックを輩出していて、その一つひとつを細かく語り出すと到底キリがない。それは現在のR&Bシーンも同様で、優れたアーティストは軽く検索をかけただけでも続々と出てくる。
まずは26歳の若きシンガーであるウーナ・ラムス(=Una Rams)。彼はSoundCloud上で聴ける“Testify (feat. Dr Jazz)”や“I Love You”といった曲が高く評価され、今や大きな注目を浴びるアーティストの一人だ。2021年にリリースされたアルバム『hold me when it’s cold: a mixtape』には、ランガ・マヴーソも一曲客演で参加している。
ウーナのこのアルバムには南アフリカの代表的なシンガーが多数フィーチャリングされていて、ここからでも当地のR&Bシーンの充実ぶりを伺うことができる。ルシル・スレイド(=Lucille Slade)とナネット(=Nanette)もそれぞれ代表的なシンガーだ。ルシルは2018年にアルバム『Scratch The Surface』を、ナネットは昨年2022年に『Bad Weather』をそれぞれリリースしている。
アフリカ大陸全体でみれば、古くはマヌ・ディバンゴ(=Manu Dibango)の『Soul Makossa』というディスコ・クラシックが存在し、ナイジェリアやガーナを中心に隆盛を誇るアフロビーツ、アフロポップのシーンでも、R&Bやネオソウルは欠かせないエッセンスの一つとなっている。
チャールズ・ジーン・スイートの作り出す音楽は、メロウで、メロディアスで、最新の機材を駆使してジャズにR&B、ソウルやポップスなどを呑み込んではいるが、ここに収められた13曲は、どこかで聴いたことがありそうで聴いたことがない、誰かに似ているようで誰にも似ていない。それは南アフリカという音楽大国が様々な歴史の中で連綿と繋いできたものを吸収し、彼ら彼女らが長く濃密な時間をかけて作り上げた圧倒的なオリジナリティだ。だからこそ、聴けば聴くほどに新しい発見と良さに気づくこととなるわけで、きっとこういう作品は息が長く聴かれていくことだろう。
チャールズ・ジーン・スイート『スイート・ナイツ』
衝撃的なメロウネスと洗練されたスウィートネス。南アフリカ産ネオソウルの超新星、ザ・チャールズ・ジーン・スイートのデビュー作を世界初CD化。全編を通して貫かれる美しいメロディとエレクトロと生音を融合させたサウンド・プロダクションは、ソウルやR&B、ヒップホップ、UKジャズやアフロポップなどあらゆるリスナーを虜にする1枚。
ムーンチャイルドやハイエイタス・カイヨーテ、FKJ、ヨウンなど、世界中で優れたミュージシャンが常に現れ進化している新世代のネオソウル・シーンに南アフリカからの超新星が登場。ジャブロ・フェカーニとノア・ベンバーガーという20年来の友人を中心に結成。ジャズやフュージョンを基調としアフリカン・パーカッションやフルートなども取り入れた7人のメンバーで演奏されるタイトなバンド・サウンドと、スムースでいてモダンなエレクトロを巧みに融合させたトラックの上で、ラームス、ラリボイ、サムセイフェディ、サム・ターピンやランガ・マヴーソ、ンコシ・ラディカルといった南アフリカの才気溢れる若手のシンガー、ラッパー総勢20名近くのゲストたちが、スウィートなソウル、硬めでいて時にエモーショナルなラップ、ソウルフルかつダンサブルなアフロポップ風のR&Bを多彩に展開する。全編を通して貫かれる極上のメロウネスは、一度聴けばジャンルを越えてあらゆるリスナーの琴線に触れるであろう。
ライナーノーツ:板谷曜子(mitokon)