トランペット/フルート奏者兼プロデューサーの島裕介が、自身のバンドであるSilent Jazz Caseの5作目『Silent Jazz Case 5』を7月24日にリリースした。Silent Jazz Caseは島裕介、河野佑亮(ピアノ)、杉浦睦(ベース)、大津惇(ドラムス)からなり、3年前の『Silent Jazz Case 4』はSpotifyにて160カ国以上で再生され、100万回を超える再生回数を記録。島のトラックメイカーとしてのサウンド作りに焦点を当てた別プロジェクト、Wind Loop Caseの初アルバムを間に挿み、新作『Silent Jazz Case 5』では熱量の高いアップテンポ・チューンから安らぎを感じさせるスロウテンポ・チューンまで多彩な楽曲をバランスよく収録している。このニューアルバムに込めた思いを聞いた。
取材・文:内本順一
――『Silent Jazz Case 5』は、「トラックメイカーとしてのサウンド作り」に焦点を当てたプロジェクトであるWind Loop Caseの初アルバム『Wind Loop Case 1』から10ヵ月ぶりの作品となります。『Wind Loop Case 1』の反響はいかがでしたか?
よかったですよ。ああいうトラックものはサブスクでよく聴かれるんだなということが改めてわかりました。Spotifyで33万回くらい、You Tube Musicでもタイトル曲のみで32万回再生を超えていたんです。海外でもよく聴かれていて、特にああいう音楽はアジアの南のほうで受けるようですね。暑いときに、チルだけどグルーブがあって、メロディの美しいああいう音楽が受けるみたいです。
――島さんのなかでは、トラックもの主体のWind Loop Caseを始めたことで、Silent Jazz Caseでは何をやるかが、より明確になったところもあったのでは?
そうですね。Silent Jazz Caseの名義でやるときは、演奏パフォーマンスを高いレベルでがっつりやるというところに絞りたい。そもそも、だからWind Loop Caseと分けたわけで。曲作りは『Wind Loop Case 1』と同時進行でやっていたんですけど、トラックっぽいものはWind Loop Case、バンドでがっつり演奏する曲はSilent Jazz Caseというふうに分けたんです。
――今回の『Silent Jazz Case 5』は“バンド・アルバムですよ”、“Silent Jazz Caseはバンドですよ”と、明確に打ち出したかった。
そう、今回はまずそこをアピールしたいなと。今のメンバーありきでデモを作ってますからね。
――Silent Jazz Caseの現メンバーは、島さん(トランペット、フルート、フリューゲルホーン、トロンボーン)、河野佑亮さん(ピアノ)、杉浦睦さん(ベース)、大津惇さん(ドラム)の4人。このメンバーになってどのくらい経ちましたか?
大津が加入したのがコロナ禍になる直前。アルバムをこのメンバーで作ったのは2021年夏にリリースした『Silent Jazz Case 4』が最初なので、そこから数えると3年くらいですね。
――それからライブを重なていくなかで、どんどんバンド感が強まっていった。
コロナ禍にも、うちはけっこう積極的にライブをやっていたほうなので。ほかのプロジェクトが動けなくなっていた分、メンバーもSilent Jazz Caseに集中してくれて、それで『Silent Jazz Case 4』もいい作品になったというのもありますね。
――3年前の『Silent Jazz Case 4』と今回の『Silent Jazz Case 5』は繋がっている感じがありますが、1作目から3作目までは作品毎にメンバーもやっていることもけっこう変わってましたよね。
メンバーを固めずにやっていましたからね。『3』まではライブパフォーマンスのイメージはなく、制作物として曲ごとにやりたい人とやってましたね。
――『Silent Jazz Case 3』(2017年)の頃は、今のような形になって続いていくとは思いもしなかった。
そうですね。
――今作『Silent Jazz Case 5』は、バンド感を打ち出すことがテーマだったんですか?
20年前の若い頃のようなバンド志向が復活してきたというのはありますね。曲としてやりたかったのは、昨今サブスクで受けている「Japan Beauty」(『Silent Jazz Case 4』収録)とか、re:plusくんとの『Prayer』の曲とか、ああいう耳馴染みのいいものを模範にしつつ。なおかつ、最近のライブはかなりアグレッシブになってきているので、パフォーマンスとしてインプロバイズの力強さというのも封じ込めたかった。その両方があるアルバムを目指しました。ライトに聴き流せる曲と、がっつりジャズ・パフォーマンスをやっている曲、その両方があるもの。
――なるほど。
Spotifyの傾向として、これまでは曲が短くて聴き流せるもののほうが再生回数が多いという印象があったんですけど、最近は少し変わってきたみたいで。濃い曲をがっつり向き合って聴きたい人も、サブスクを使うようになった。今回、先行で「夜桜甘雨」と「Twenty minutes、let me rest」と「Take the S Line」の3曲を出したんですけど、アッパーで、しかも6分半くらいある長尺の「Take the S Line」が一番再生回数が多いんですよ。それって、がっつり音楽を聴きたいリスナーがサブスクに増えてきたことの表れかなと思うんです。
――島さんのようなライブ・ミュージシャンにとっては、非常にいいことですね。
喜ばしい傾向ですね。「Take the S Line」のような曲でもしっかりバズるんだなと。だからまあ、そういう最近の傾向なんかも気にしながら作ったのが、今回の『Silent Jazz Case 5』ということで。
――スローな曲とアッパーな曲、ライトな曲とディープな曲、そのバランスがとてもいい。
Silent Jazz Caseの『1』とか『2』とかはアッパーな曲ばっかり入れて、「聴け!」みたいな感じになっていましたけど、『4』くらいからバランスを考えるようになりましたね。
――ほかに今作の特徴というと……。
今回もピアノの河野佑亮との共作が前作に続いて多いんですよ。
――ああ、そうですね。それだけ河野さんとは、Silent Jazz Caseで表現したい音楽のイメージが合っているということですかね。
彼にはハーモニーのアイデアが僕の100倍くらいあって、そこは頼りたいところで。僕の知っているピアニストのなかで、ハーモニー・センスに関して彼は図抜けている。ああいうピアニストはほかにいないですね。
――もともと、そこを見込んでSilent Jazz Caseに引き入れた。
そうです。『3』からですね。『3』の半分は彼が弾いています。
――今作で初めてトライした新しい試みみたいなことはありますか?
うーん、どうだろう。サウンド感は『4』とメンバーが一緒なので変わっていなくて。唯一、「Sunset like a persimmon」で管楽器奏者をゲストに招いたのが変わったところですね。今まで管楽器奏者を招いたことはなかったから。TSUUJII(辻本美博)ですけど、彼はライブも手伝ってくれていたし、カルメラ時代からよく知っているし、最近もアクティブに活動しているから。彼のクラリネットの音色が好きだったので、今回入ってほしかったんです。
――全体的には、何か新しいことをやろうというよりも、このバンドの一番いい演奏をそのまま封じ込めた作品ということですね。
そうです。最高値を出せたと思う。楽曲的にも、演奏的にもね。今回、録音スタジオを変えたんですよ。それによってメンバーのパフォーマンスもあがったように思うんです。
――新しいスタジオで、機材も変わったわけですか?
状態の良いNYスタインウェイのピアノがある。っていうことと、あと、アイコンタクトができる。今まではアイコンタクトのできない環境で作っていたから、その違いは大きいです。
――ライブの状態に近いってことですね。
そう。ライブで一緒にやってきた仲間なんでね。今まではダビング前提で作っていたけど、今回はライブに近い表現ができたかなと。
――それは聴いていて感じます。目の前で演奏している感覚がある。
うん。
――では、1曲ずつ話を聞かせてください。まず「Twenty minutes、let me rest」。
この曲はちょうど1年前、re:plusくんとの中国ツアーの最中に蘇州で書いたんです。ホテルからライブハウスまで40分くらいで行くはずのバス・タクシーがいきなり中央分離帯で止まって、運転手が“20分休ませてくれ”とか言い出して。“4時間運転したら20分休めと会社に言われている。自分は4時間運転してきたからここで20分休ませろ”と。“はあ?”ってなったんだけど、しょうがないから、その20分の休みの間にメロディを作って、それを膨らませてできたのがこの曲。面白いからそのまま曲名にしちゃえって思って。
――この曲名はそういう意味だったんですね(笑)
きっかけはそういうことなんですけど、アイデアとしてウェザー・リポートみたいな曲を作りたいというのもあったんです。ウェザー・リポートの「Teen Town」みたいに、ちょっと難しいパッセージでキメが多いAメロから、サビはキャッチーに行く曲。そういうイメージで書きました。
――2曲目「夜桜甘雨」。いつも思うんですけど、タイトル付けのセンスが素晴らしいですね。
ははは。ありがとうございます。まず、桜を見るのが好きなんですよ。特に雨の日にクルマで出かけて、濡れたフロントガラス越しに見る桜。それがいいんですよね。その絵画のような感じを深いディレイのかかったミュートトランペットで表しました。ドラムは8ビート指定にして、フルートでちょっと和風なイメージも入れて。
――このタイトルが実にしっくりきます。続いて3曲目は「天神be-bop」。
福岡でライブをする機会が多いんですけど、ビバップのスタイルを好むジャズリスナーが多いんですよ。40年代50年代のクリフォード・ブラウンとか、ああいう系統を愛しているリスナーがやけに多くて、スタンダードでもちょっとマニアックなジャズをやると喜ばれる。だからビバップにあるようなメロディのフレーズに高速ファンクビートを乗せて、リズムは現代的なんだけどメロディはオールドスクールっていうのを意識しながら作りました。
――4曲目「Museum in Green」。
世田谷美術館が好きで、たまに行くんです。砧公園の緑に囲まれていて、いい感じなんですよね。そこをイメージして作りました。で、前に行ったとき、聴いたことのある曲がロビーでかかっていて。よくよく聴いたら僕の「Never Die Miles」(『Silent Jazz Case 4』に収録)だったんです。それもあって、世田谷美術館に似合う曲を作りたいなと思って。オールドジャズをベースにした3拍子の心地いい曲にしました。
――5曲目は「雲仙霧中」。これも景色が浮かんでくる曲であり、タイトルですね。
長野県雲仙にある廃校でライブをしたんですが、霧がめちゃめちゃ濃くて。クルマで山を登ったときは霧で視界が悪かったんですよ。
――そのときの景色からイメージを膨らませて書いた。
といっても初めはAメロしか考えてなくて。Bメロを河野に丸投げしたんです。Aメロはポップでわかりやすいんですけど、河野の考えたBメロはコードが突然複雑な五拍子に変わるというもので、こういうアイデアは自分からは出てこないなと。まさに雲仙の深い霧のなかを行くような感じでね。ドラムもけっこう複雑なビートを刻んでいて、意外とループ感もあっていい曲になったなぁと思って。Aメロを自分で書いたときには、こうなるとは思ってなかったんですけどね。
――河野さんから出てきた予想外のBメロが思わぬ結果をもたらした。
うん。なかなか刺激のある曲になりました。
――6曲目は「Chillin’ 曽根崎」。
大阪の曽根崎新地にあった「ミスターケリーズ」という僕の好きな老舗のライブハウスが去年閉店しちゃったんです。いろんなプロジェクトでお世話になったハコだったんですよ。だからそこに捧げる曲を作ろうと思って。
――“Chillin’”と付けたのは?
関西のボーカリストのSOA を僕がプロデュースして、Silent Jazz Caseとコラボでライブをしたときに、みんな酒をしこたま吞みましてね。僕は弱いのでほどほどにしたんですけど、ベースの杉浦睦が調子にのってがんがん呑んで、翌日二日酔いになったんです。Chillinはまあ酩酊状態のことですね。酩酊している杉浦の曲(笑)。だからベースをフィーチャーしているんです。
――7曲目は「Sunset Like a persimmon」。Persimmonというのは……。
柿です。柿のような色したサンセット。シンガポールから横浜港まで、にっぽん丸で演奏の旅をするという仕事があったんですけど、寄港の際に奇跡的と言えるくらいに美しい夕陽を見たんですよ。その夕陽の色が目に焼き付いていて、曲にしました。で、この曲にはクラリネットが合うなと思ったので、TSUUJII(辻本美博)にオファーしたんです。
――8曲目は「Silent Dancer」。
Silent Jazz Caseは最近、ダンサーとコラボすることがちょくちょくあるんですよ。オフィシャルじゃなくても、ダンサーの人がふらっとライブに遊びに来て、踊ってくれたりとか。この前は長野県辰野町でライブをしたんですけど、そこでもダンサーの方が勝手に踊り出して、そのダンスがとてもよくて。そんなこともあって、この曲のこのタイトルを付けたんです。
――この曲もファンキーでダンサブルですもんね。
そうですね。この曲は踊りやすいと思いますよ。因みにこの曲も「雲仙霧中」と同じで、Aメロだけ自分で作ってから、河野に投げてBメロを作ってもらいました。
――島さんと河野さんのケミストリーによって、思わぬ曲が生まれる。
それは河野が入った『3』を作った頃から思っていて。僕はもうオリジナル作品をいっぱい出していて、正直、自分でゼロから完全に曲を作りきることは『3』を作っていた頃に一度限界を感じてしまった。なので、そこから共作をしたり、サンプリングを使うやり方をするようになって、それでまた復活した感じがあったんです。
――なるほど。次は9曲目「Whisper of Rain」。メロウなスロー曲ですね。
なんとなくフルートを吹いていてできた曲なんですけど。「夜桜甘雨」もそうですが、雨が好きなんですよ。雨音を聴くのも好きだし。ミュージシャンにはそういう人、多いと思いますよ。僕は旅でなかなか寝付けないときとかに、よくSpotifyのレイン・プレイリストを聴くんです。
――確かに雨の日に聴いて心が落ち着く曲ですね。そして10曲目は「Take the S line」
これは完全に河野佑亮が書き上げた曲。タイトルも彼が付けました。有名な「Take the A train(「A列車で行こう」)」はハーレムを通るラインの列車の曲ですが、S lineはグランドセントラルからタイムズスクエアへの短線で、河野なりのアンサーソングというわけです。彼はニューヨークに住んで、ニュースクール(大学)を卒業しましたからね。
――熱量の高い曲で、河野さんのピアノはもちろん、島さんも熱く気持ちよさそうにトランペットを吹いてますね。
いやいや、これ、けっこう難しいんですよ。このアルバムのなかで吹くのが一番難しい。高速7拍子とか出てきますから。
――11曲目は「Floating Ocean」。これは『Wind Loop Case 1』収録曲のセルフカバーですね。
ライブでやったときの感触がよかったので、バンド・バージョンも録りたいなと思って。テンポ感とかは変えてません。
――とはいえ、印象はけっこう変わりましたね。
即興演奏が全然違うからね。
――最後は「Sunrise on the Bell」。これもセルフカバー。
これは『Silent Jazz Case 4』でデュオでやっていたのを、バンドで録り直したもの。『Silent Jazz Case 4』のなかでこの曲が好きだという人が意外と多かったんですよ。書いたのはコロナ禍が始まってすぐの頃で、フリューゲルホーンのベルに陽があたっている様子をイメージして書いたんです。
――そんな12曲。流れも非常にいいですね。
緩急を付けつつ、バランスよく並べた感じはありますね。ミックスも自分でやっているので、何度も聴き返しては気持ちよく聴けるように並べ替えたりして。ドラムの大津がミックスに長けているので、いろいろアドバイスをもらいました。1曲目だけは彼がミックスしてくれたんです。
――ミックスに際して意識したことはありますか?
録り音(録音直後の生音)を殺さないようにすること。
――確かに目の前でライブが繰り広げられているような感じの曲が多い。バンドとして、今が最高の状態にあることが伝わってくる音になっています。
嬉しいですね。実際そうなんですよ。今、本当にいい状態で。
――ところで、今作のジャケットは今までの寒色系の色と違って、あたたかみがあるのがいいですね。
このデザイン、秀逸でしょ? 僕もこの感じは予想していなかったんだけど、桜の曲もあるし、こういう暖色系のジャケットってあんまりないから、すごくいいんじゃないかと思って。ジャケット・デザインは今回も吉田保さん。ジャケ買いしてほしいです。
――リリースライブも楽しみです。
9月27日に六本木クラップスでリリース記念ライブがあります。ぜひ観に来てください。
RELEASE
Silent Jazz Case 5
島裕介
2023.07.24 RELEASE
Playwright
Silent Jazz Case LIVE SCHEDULE
9月27日(金)六本木クラップス
Silent Jazz Case 5 リリース記念ライブ
島裕介(tp,fh,fl) 河野祐亮(p) 杉浦睦 (bass) 大津惇 (dr)
ゲスト 辻本美博(cl,as)
open 18:30 start 19:30 (2set)
チャージ5500円(税込) (当日500円UP)
10月5日(土)岡山ジャズフェスティバル
10月6日(日)福山Guns (with Alter Ego)
10月7日(月)浜松ハーミットドルフィン
他公演については、島裕介のスケジュールをご確認ください
https://yusukeshima-sche.tumblr.com/
【プロフィール】
島裕介
2002年から本格的にプロ活動を開始。これまでに800曲以上の楽曲に録音参加、CM録音は少なくとも100本は超える。
初期のリーダーユニット”Shima&ShikouDUO”では4作品をリリース。トランペットピアノDUO編成としては異例のFujiRockFes07、東京ジャズ08への出演、全国タワーレコードJ-JAZZチャート1位獲得、メジャーデビュー、などの快挙を果たし各種メディアで紹介される。現在のメインプロジェクト”SilentJazzCase”としてもアルバムを4作リリース。ジャズ回帰アルバム「名曲を吹く」シリーズ4部作では、国内・海外も含め数十都市のツアーを定期的に行い、ライフワークとなっている。各種配信サイトで大半の作品が試聴可能。
他には、Ego-Wrappin’初期バンドメンバー、津軽三味線 小山豊との”和ジャズ”2作、タイバンコクのピアノトリオとのコラボ作品、などをリリース。プロデューサーとしても「等々力ジャズレコーズ」を主宰し、ジャズ関連の他作品を手掛ける。2022年トラックメイカーとして活動も始動、Yahoo!ニュースにも掲載される。CM「そうだ京都行こう」2011年秋版での演奏、テニス世界大会「楽天オープン2019」決勝での国歌トランペット独奏(皇室観覧)、Spotifyにて160ヶ国以上から再生され、”SilentJazzCase4″100万回再生超、re:plusとの共作アルバム”Prayer”390万回再生超。
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