『コンフィデンスマンJP』シリーズをはじめ数多のドラマ・映画・アニメの劇伴を担当し、『CDショップ大賞』『JAZZ JAPAN AWARD』を何度も受賞しているピアノトリオ、fox capture plan。そのドラムを務める井上司が、4月6日にソロアルバムをリリースする。
『EVOLVƎ』と名付けられたコンセプチュアルなアルバムで、井上は、fox capture planの音楽性やバンドでドラムを叩く姿とはまったく異なる一面を見せており、アルバムを手に取った人の多くは驚くだろう。コロナ禍に深まった考えから紡いだストーリーが、ヒップホップやブレイクビーツを軸にした繊細なサウンドで描かれる。また、今世界中からオファーが殺到しているCG作家・Mei Tamazawaが、6曲にそれぞれCGアートを制作。「音楽アルバム」の枠を超えた、音とCGによるデジタルアート作品が誕生した。
人間同士が知識も想いも温度もシェアすることの大切さを抱きしめながら、耳だけでなく五感すべてに刺激を与えようとする、井上司の思想とソロプロジェクトという行動。歌詞は書かずとも音に込めている、彼の他者やカルチャーへの想いを語ってもらった。
―まず、ソロアルバムを作ろうと思ったきっかけから聞かせていただけますか。
最初からバンドとかドラムとはまったく違うベクトルで考えていて。もともとヒップホップが大好きで、ライブハウスよりヒップホップのクラブ通いの方が先だったんです。そのときにトラックメイカーとかDJに興味を持って、エレクトロミュージックを好きになって、Prefuse 73とかスコット・ヘレンの音楽にハマって「これがやりたい」、でも当時は曲なんて作ったことなかったし「やり方がわからない」みたいな。
そんな中でちょっとずつ、どこにも発表しないものを作ってただ自分で聴く、ということをやりだしていて。今回のソロアルバムにつながったきっかけは、コロナ禍でfox capture planが所属するレーベル・Playwrightから、みんな(レーベルの所属アーティスト)がそれぞれ宅録で作った曲をまとめたオムニバス(『Playwright Library of Sounds -solo works at home- vol.1 / 2』)を出したときに、僕が持ってた曲を出したら思いのほか反響があったことで、そこから「何かやってみようかな」と。
―そのオムニバスに収録したのが“Startlight”ですよね。あの曲はいつから温めていたんですか?
2017年とかじゃないかな。最初は全然あんな感じではなくて、生ドラムで、思いっきりバンドサウンドでした。ピアノトリオサウンドというか、fox capture planに近いサウンドでしたね。
―それが、どういう経緯であのサウンドに変わっていったんですか?
ここで出てくるのが、今回のアルバムを一緒に作ったと言っても過言ではないくらいのMei(Tamazawa)ちゃんで。MeiちゃんのCGを見て感化されて、俺がやりたかったエレクトロミュージックに変換したら面白い感じになるんじゃないかなと思って、構成も変えてアレンジし直しました。だからあれはMeiちゃんのCGに感化されてできた曲です。
さらに、それに映像をつけてもらえたら絶対にやばいものができると思ってMeiちゃんにお願いしたら、とんでもないものつけてくれて。それが最初に二人で一緒にやったものだったんですけど、奇跡みたいにばっちりハマった感があったから、その時点でアルバムはジャケットも含めてクリエイティブディレクターはMeiちゃんにやってもらおうって自分の中で決めてました。
―そもそも、司さんが作曲に本腰を入れようと思ったきっかけやタイミングについて聞いていいですか。
やってみたいという気持ちはずっとあったんだけど、「いや無理だな」でずっと止まってて。fox capture planで最初にサントラをやったのが2015年のTBSドラマ(『ヤメゴク〜ヤクザやめて頂きます〜』)で、そこで俺はドラムしかやってないんだけど、その次のドラマ『カルテット』から急に「いや、やる」ってなって(笑)。ちゃんと本格的にやりだしたのはあのタイミングなんですよね。
―どういう想いが司さんの中にあって、「いや、やる」ってなったんですか。
いやもうね、2015年の最初の劇伴がめちゃくちゃストレスフルで。「ドラムしかできない自分」みたいな。ドラマだから何十曲も作って、しかもやり直しもあって。うちらはバンドだからツアーとかもあるし、二人(岸本亮、カワイヒデヒロ)がいつも眠そうな顔をしてレコスタに来るわけですよ。そこが、同じバンドのメンバーとして居心地の悪さもあったし、バンド名を使ってる以上「これどうなんだ?」みたいな自問自答がずっとあって。次にオファーがきたら、バンドとして受けたからには自分も何かやりたいな、と。
もともと、ドラムさえ叩ければいいし、バンド以外にスタジオミュージシャンとかサポートドラマーとしていっぱい仕事をやれたらいいんだろうな、みたいに思ってたんだけど、やってるうちに「いや違うな」と思ってきたんですよね。自分名義の何かをちゃんと発信できる作家じゃないと、自分で自分が許せない、という感じでした。
―初めてソロ名義で出した“Starlight”に反響があった後、アルバムの楽曲はすんなり生まれていったんですか?
オムニバスがリリースされた頃にはすでにアルバムの曲数が大体揃ってたんです。でも実は“Starlight”くらいしか残ってなくて。一回、10曲くらいをボツにして、全部一からやり直しました。そこからはいい感じにスムーズにできていったんですけど。そのときはエレクトロポップみたいなアルバムで、実際にできたアルバムとは全然違って、結局自分が一番やりたかったヒップホップとかブレイクビーツに自然と立ち返っていきましたね。
―エレクトロポップから方向転換するときに、具体的にはどういう点で意識を切り替えたんですか。
前はデジタルの音の組み合わせの曲ばっかりだったんだけど、結果、今のアルバムはデジタル的であっても、音やサンプリング、ループ、自分で弾いたピアノとか、生音っぽさもあって。それで肉厚感というか人間っぽさを付けられたのかなと思ってます。
―最初に作っていたものは、デジタルや機械っぽさが大きかったんですね。
もう本当、キラキラポップ(笑)。Kettelみたいなエレクトロポップですよね。「2000年代にこういうの流行ったな」みたいな。
―アルバムを初めて聴いたとき、あれだけのドラムを叩ける人のソロアルバムが、ドラムの生音主体ではないことにびっくりしたんですよね。ゴリゴリのドラムンベースとかでもなく、ポップ要素もあるサウンドになっているなと。
そう、そうなんです。そこは、俺がポップなものを好きだから。あと、とっかかりとしてキャッチーさは持っていたかったから。歌える何かがある、みたいな要素。それは、意識したわけではなくて、無意識でそうなってるんですよね。そうじゃないと自分があんまりいいとは思わなくて。聴く分にはアングラな感じとかも好きだけど、作っていくときはそういうものじゃないと自分でOKしないというふうになってるかも。
―ブレイクビーツと言われるジャンルの手法を取ってると思うんですけど、具体的にどういうふうにビートを組んでいったんですか?
鍵盤にドラムの音を入れて打ち込んだものもあるし、ループのサンプルビートを切り刻んでいじくり倒して貼り付け直して作るとか。それに部分的に自分の生ドラム重ねたり。
―電子ドラムに音を仕込んで叩いたりも?
いや、電子ドラムはほぼほぼ使ってない。全部鍵盤で。ドラムを叩くとあんまり思いつかない(笑)。と言うのもおかしいんだけど、やっぱりドラマーの脳みそと使ってるところが全然違うんですよね。だからソロの曲のリズムをドラムセットでは全然思い浮かばない。普通のドラマーは多分「叩いた方が早いじゃん」ってなる人が多いと思うんだけど、俺は全然ダメなんですよね。
―タイトル『EVOLVƎ』(=進化)は、どういう考えがあって付けたのでしょう。
まさに自分が次のステージへ行くきっかけの作品だから。さらにコロナ禍で色々止まって、今、金持ちの人も貧乏の人もみんな同じ状況じゃないですか。だから今は進化する打ってつけのタイミングだなと思って。1stアルバムで「え、foxのドラムをあんなふうに叩いてた井上司が出すソロがこれ?」みたいな(笑)、その進化も感じてもらえたらいいなと思って。自分の中の意気込みみたいな意味合いも入ってますね。
―第一印象、そうでした(笑)。foxで腕回してパワフルにドラムを叩いてる司さんが、こんなに繊細なビートミュージックを作るんだと思って。
ははははは(笑)。あと、『EVOLVƎ』の「Ǝ」を逆向きにしたのは、「E」と「Ǝ」で挟むという、その見た目のバランス感というかアート的センスが好きだから。
―アルバムのテーマとしても「人類の進化」「テクノロジーの進化」といったものがありますよね。
そう。そういうことは意識するかな。最近だとメタバース、Web3とか、そういうものはすごく興味があるので日々勉強したりしてます。コロナ禍になって、アルバム構想がまだちゃんとない頃に出したシングルが山崎円城さんと一緒にやった“20X2”で。円城さんにイメージを共有したら、まさにコロナ禍で人類の色々なものが止まって「これからの未来どうする?」みたいなテーマの詞を書いてくれて、それがばっちり合致してアルバムの方向性が見えました。あの曲は、できたときに自分で自分に鳥肌が立ちましたね。
―そのとき円城さんに、どういうイメージを伝えたんですか?
抽象的にしか伝えてないんだけど……コロナ禍でお互い止まったし、今までやってなかったけど今だからこそできる発信を何かやりたいということと、「なんでこうなっちゃってるんだ」「自分らが生きてるこの世界は一体今後どうなっていくのか」とか。時代の中でのストレスはあるけど、時代が変わっていくまさに過渡期を自分らが多感なときに過ごせていることは「すごい時代に生きてるな」とも思うし、そういうポジティブシンキングも入っていたりして。
―司さんは、どういう未来であってほしいと思いながらこのアルバムを作ったと言えますか。
未来って誰にもわからないから。「こうあってほしい」とかも持とうと思ってなくて。言い方的には投げやりかもしれないけど「なるようになる」。でも、個々に生きるんじゃなくて、周りの人とかいろんな人と共有して、今まで成し得なかったことが生まれるような、そういう時代がきたら面白いですよね。ただ、どんな未来がくるか、そんなに希望を持てるわけでもないから、とにかく何がきてもただ目の前の楽しそうなことをやっていこうかなって。
―いろんな人種の人たちが共存して、讃え合って、人間も文明もちゃんと発展・繁栄していくことの大切さを、このアルバムの楽曲やCGでは表現されていますよね。
そうそう、そうなんです。こちらの当たり前があなたの当たり前じゃないし、自分の知らないものって世界中にいっぱいあるから、それを一個でも多く知りたいという好奇心が強いかな。
―最後に、唐突ですが、司さんがヒップホップを好きな理由って何ですか?
入りは2PACなんだけど。精神とか、カルチャーとして大好きで。いわゆる「こういう音がしてたらロックだよね」「こういう音がしてたらパンクだよね」ということで音楽を好きになることはあんまりなくて。基本的に、その人たちの内面や精神性、脈々と受け継がれてきたカルチャーをその人たちの個性でやってる考えとかを知って好きになっていくタイプだから。音だけ聴いて「かっこいい」とももちろん思うけど、その先がないとどっぷりハマりはしないかな。しかもヒップホップって、クルー、ファミリーみたいな感じがあるじゃないですか。人と人との空気感がわかる感じ、ただ売るためだけじゃない肉厚感を感じるのがいいんですよね。
―司さんってインストミュージックを軸にやられているから言葉でダイレクトに表現する機会は少ないと思いますけど、やっぱり一番大事にされているのは、思想の部分や人と人の間にある温度感なんですね。
そうそう。そういうのが大好きなので。
―「it.by Tsukasa Inoue」(井上司によるソロプロジェクト全体の名義)で、音楽だけでなくいろんなジャンルのクリエイターといろんなもの作りをしていくことを掲げているのは、今話してくれたようなことが理由ですか。
そう、そうなんです。普段飲みに行ったり遊んだりする人って、ミュージシャンはあんまり多くなくて、一番多いのは飲食業界の人たちで。あの人たちもその場で「表現」をしてるというか。ものを表現するという意味ではうちら(ミュージシャン)と同じで、ただ出してるものや形が違うだけ。こっちは耳入るけど、あっちは口に入るというか。そこを混ぜてコラボとかをやりたいなと思っていて。
今回の映像を作ってくれたMeiちゃんもそう。人間、いろんな感覚があるから。同じところの感覚でコラボするのももちろん面白いんだけど、違う感覚の人とやったら「何だこれ」みたいなものができるかなと思って。そういうテーマを掲げながら、マイペースに色々やろうと思ってます。
RELEASE INFORMATION
EVOLVƎ
Tsukasa Inoue
2022.04.06 RELEASE
Playwright
- 1861122534
- A Way Out feat. 大神:OHGA , Kie Katagi
- Live side by side
- The variety of colors
- Let it vibe feat. 大神:OHGA , Kie Katagi
- Dark Lights
- Getting Better
- Starlight (Album mix)
- Face the music
- Get into deep water
- 20X2 feat. Madoki Yamasaki (Album mix)
- Catharsis
■ DVD/Blu-ray 収録映像
- 1861122534
- A Way Out feat. 大神:OHGA , Kie Katagi
- Live side by side
- The variety of colors
- Getting Better
- Starlight (Album mix)
- 20X2 feat. Madoki Yamasaki (Album mix)
and bonus movies..
All CG MOVIE: 玉澤芽衣(https://generativeartstudio.tokyo/)
PROFILE
Dave Grohl ( NIRVANA )に出会い、ドラマーを志す。EXORGRINDST(仙台)のドラマーとしてグラインドコアやハードコアシーンでの活動後上京。direction of the chordやnhhmbase等ロックシーンでの活動を経て、 2011年ピアノトリオfox capture plan結成。 数々の映画やドラマ、アニメ、CMの音楽を担当しながら、過去10枚のフルアルバムをリリース。平行して、ZIGZO高野哲率いるTHE JUNEJULYAUGUST のメンバーでもあり、サポートドラマーとしてjizueやフルカワユタカ はじめ数々のアーティストのライブやスタジオワーク等、オールジャンルにドラマーとして活動中。 更に、エレクトロニカ、ヒップホップなどのクラブミュージックに影響を受け、トラックメイカーとしての活動もしており、兼ねてより交流のあったCG映像作家”Mei Tamazawa( Generative Art Studio )”と共に、数々の映像音楽作品を不定期に発表し、ロッキングオンジャパン主催、”COUNTDOWN JAPAN”、”JAPAN ONLINE FES”等の大型ロックフェスのオープニングムービーやアーティスト紹介CGの音楽制作も担当中。 2022年春、満を持して初のソロフルアルバムを”Playwright”レーベルよりリリース予定。
【ソーシャル】
Tsukasa Inoue Twitter : https://twitter.com/tksdrum?s=20 (@tksdrum)
Tsukasa Inoue Instagram : https://www.instagram.com/tsukasa_inoue/ (@tsukasa_inoue)
-The gallery collection-
“EVOLVƎ”
Presented by Tsukasa Inoue
5月13日(金),14日(土)
@ JOINT HARAJUKU 2F
両日open 12時〜close 21時
※Charge free明治神宮前駅出口から徒歩2分
https://joint-harajuku.com
【ライブ情報】
■2022年4月29日下北沢SHELTER (fox capture plan)
新宿LOFT×下北沢SHELTER×渋谷LOFT HEAVEN×下北沢FLOWERS LOFT PRESENTS
『ATTACK FROM LIVEHOUSE』DAY12
■2022年6月12日福岡Gate’s 7 (fox capture plan) Party the Playwright 2022 -10th anniversary-
■2022年7月24日新宿LOFT(fox capture plan) Party the Playwright 2022 -10th anniversary-