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【オブトロピーク対談連載】エキゾチカをめぐる冒険 #5 / エチオ・ジャズの残像、クンビアの果て。”実体のない”トロピカル・ミュージックの正体 / moe(民謡クルセイダーズ)× 近藤哲平(オブトロピーク)

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——哲平さんもジャズは聴いていたんですよね。

近藤哲平

普通に聴いているだけ。ジャズ・マニアとかではないですね。

moe

でも古いニューオーリンズのジャズとかめちゃくちゃ詳しい。私は全然分からないです。

近藤哲平

それはまた特殊なジャンルだからね。僕は演奏もしているので、その辺はちょっと詳しいかもしれない。一応ニューオーリンズも行っていたしね。

moe

どれくらいいたんですか?

近藤哲平

四年ですね。大学で。

moe

そんなにニューオーリンズでジャズが流行っている時期ではないですよね。

近藤哲平

全然流行っていないし、現地の人もそんなに詳しいわけじゃない。でも僕はニューオーリンズ音楽が好きだったんですよ。ドクター・ジョン(=Dr.John)とかミーターズ(=The Meters)とかプロフェッサー・ロングヘア(=Professor Longhair)とか、ああいうリズムの音楽ですね。クレオール的な。

moe

それは映画からの影響ですか?

近藤哲平

ドクター・ジョンの『GUMBO』と、細野晴臣の『トロピカル・ダンディー』がきっかけですね。それでニューオーリンズっていう場所を意識した。ブラックミュージックのリズムを突き詰めていくと、どこかでニューオーリンズって出てくるじゃないですか。そういう流れで。

——お二人の音楽を聴き始めるきっかけの共通点としては、映画っていう部分がありますね。

近藤哲平

僕も映画が好きでしたからね。ウッディ・アレンが好きで、彼が古い曲をいっぱい使っていたりするから、その影響もあると思います。

moe

それでクラリネットを始めたんですか?

近藤哲平

それは関係ないんだけどね(笑)。ウッディ・アレンもクラリネットを吹いているね。でも、それはたまたまですよ。

moe

そもそも、なんで楽器をクラリネットにしたんですか?

近藤哲平

それもね、明確な理由はないんだよ。最初はバンドをやっていて、ボンゾ・ドッグ・バンド(=The Bonzo Dog Band)みたいなことがやりたかった。曲によってサックス以外のいろんなアレンジも試したいじゃない? そんな時にクラリネットを借りて吹いてみたら、単純に楽しかったんだよね。

moe

借りたのが、たまたまクラリネットだったと。

近藤哲平

それだけ。やってみたら楽しかったから続けているだけで。

moe

珍しいですよね、身近にクラリネットがあったっていうのは。

近藤哲平

まあ、借り物だったんでね。その後もちろん買ったけど。管楽器って、吹奏楽部を辞めちゃった人が膨大にいるから、辿ると誰かが持っていたりして、けっこう貸し借りがあるんだよ。

——クラリネット奏者ってやっぱり珍しいのでしょうか?

近藤哲平

珍しいですね。サックスの持ち替えで吹く人はいるけど、クラリネットがメインの人は少ない。さらに「クラがメインで面白い人」となると、もっと少ないね(笑)。でもニューオーリンズに行けば今でもいっぱいいるし、すごくポピュラーな楽器なんですよ。

——moeさんは子供の頃にピアノをやっていて、再開したのはいつごろからなんですか?

moe

和光大学のジャズ研に入って再開しました。当時は「グリーン・キャタピラーズ」っていう、カウント・ベイシー(=Count Basie)を主にやる、しがないビッグバンドのサークルしかなくて。コンボ的なものはなかったんです。

近藤哲平

ビッグバンドだったんだ。いいですね。

moe

私が卒業した後にデジくん(藤野 ”デジ″俊雄)とかが入ってきたから、ジェントル・フォレスト・ジャズ・バンド(=Gentle Forest Jazz Band)の人たちの先輩になるのかな。全然交流はありませんでしたが。

近藤哲平

ジェントルも言ってみればビッグバンドだしね。誘われなかったの?

moe

全然! レベルが全く違いますよ。

近藤哲平

ジェントルにはピアノいなかったっけ?

moe

いたのかもしれないですけど、私は生まれてこのかた“ちゃんとしたことがない”んで。ちゃんとした人たちには誘われません(笑)。

近藤哲平

名言だ(笑)。”生まれてこのかたちゃんとしたことない”。見出しになっちゃいますよ。

——大学卒業後は、どんな活動を?

moe

自分でバンドを組んだりしていました。25、6歳の頃にmoss(=モス)っていうバンドで、当時10代だったムーちゃん(小林ムツミ/ムンビア・イ・スス・カンデロソスのリーダーであり、民謡クルセイダーズのメンバー。オブトロのLPにも参加)と一緒にやっていました。

近藤哲平

フリージャズっぽいインプロのバンド?昔、音源を聴いた気がする。

moe

そうです。人力ドラムンベースみたいなコンセプトで。マイルス・デイヴィス(=Miles Davis)のElectric Milesみたいなことをギターでやったりとか。私はいろいろピコピコしてましたね。

近藤哲平

プレイヤーとしてはジャズは通ってないんですね。

moe

ジャズはやっていなくて。

——民謡クルセイダーズ(以下、民クル)へはムーちゃんの繋がりで?

moe

それが違うんです。以前、Kidlat(=キドラット)っていうバンドをやっていた時に、福生でレコーディングしていた時のPAさんが、たまたま私のことを思い出してくれて。民クルがキーボードを探していた時に「moeちゃんがいいんじゃない」って推薦してくれたんです。

近藤哲平

たまたまなんだ。

moe

それで立川での練習に参加したら、メンバーの水野さん(DADDY-U /元民クルのベーシスト)が「今日遊びに来る人がいるから」って。なんかスタジオを覗いている人がいるなと思ったら、それがムーちゃんだった(笑)。

近藤哲平

面白い縁だね。

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